聞こえない私が恐れている事、それは『周りの人たちの心に余裕がなくなった時』だ。


社会的弱者に対して手を差し伸べてくれる人はどういう人だろう?

人に対して気を遣える人はどういう人だろう?


そのような人は心に余裕があり、かつ強い人かもしれない。



 また、映画『福田村事件』というのが上映されたのをご存知だろうか?

あらすじは、まとめてみるとイメージとしては、関東大震災の時に恐慌状態に陥った自警団が、地方から来た集団の話す方言を勘違いし、手をかけた事件。


もしも、ろうあ者がその場面にいたら被害に遭う可能性が高いと思わざるをえない。この時代のろうあ者のほとんどは明瞭に喋れず、誤解されやすいからだ。

その場に自分がいたとしても、相手の言う事がわからなければ怪しまれ、同じ運命を辿るはず。


スムーズにコミュニケーションのやり取りが出来るのは、お互いに心に余裕があるからだと思う。気が付いたり、受け止めやすくなるのでスムーズになっていく。




 もしも、心に余裕が無くなれば、どうなるか?

まず、自分のことで精一杯になり、自分本位で行動を決めやすくなってしまう。


この状態の人たちが増加し、雰囲気がギスギスしてきたら助けを求めるのもためらわれると思う。

人々の善意に助けられている方々には、善意の有り難みを痛感しているだけに不安が増すだろう。



 今、物価が高くなり人々の生活が苦しくなっている印象がある。それでも人々の良心の強さを信じたい。勿論、その優しさに縋ろうとはせず、自力で出来るところまでは出来るようにした方がいいのは言うまでもない。