一方の志村も自身のブログで「好きな人の腕枕で寝る 好きな仕事の後で色々な事にはまっています 結婚したいな さすがにこの年で起きてご飯作るの 少し面倒 いい夢見て寝たいね」と意味深なコメント。"結婚騒動"は今後も拡大する可能性が高い。
だが、真相を知る関係者はこう断言する。
得意のベース投げの方がま だ良かっただろう。内野手5人シフトの奇策がこれ以上ない失敗。広島ベンチに大爆笑され、古巣相手に赤っ恥をかかされたブラウン監督は「絶体絶命の時、そ して本来ならビジターゲームの時にしかやらない作戦。テストとしてやってみたが、シーズン中はこれをしたくないね」。そう苦笑いを浮かべると、「そもそも そういう状況にしたのがいけない」と怒りの矛先を守護神モリーヨに向けた。
1点リードの9回。公式戦での入場曲を「まつり」(北島三郎)に 決めたモリーヨが“血祭り”に上げられる。無死満塁とピンチを招き、押し出し四球で同点に追いつかれると、指揮官はベンチを飛び出した。投手交代ではな く、左翼の牧田をベンチを下げ、内野手の塩川をグラウンドに送り込む。その塩川を二塁ベース手前に守らせ、内野手5人で前進守備を敷いた。打席に左の喜田 を迎え、中堅の聖沢が左翼、右翼の鉄平が中堅へ回り、右翼をガラ空きにした。1点もやれない場面で広島監督時代にオープン戦も含めて5度使った捨て身の一 手だ。
引っ張られたらすべてが終わり。最速167キロの触れ込みを持つモリーヨの球威があればこその作戦だ。もちろん投げるコースも外角一 辺倒の指示だったが、2球目が内に入り、喜田の打球は狭い一、二塁間を真っ二つ。白球は無人の右翼を転々とし、フェンスまで到達した。鉄平が慌てて追い掛 けたものの、ランニング本塁打を食い止めるのが精いっぱい。本来ならただの右前打が三塁打となった。
指揮官は「投手と野手の共同作業ができなかった」と悔いたが、一方で殊勲打の喜田は「自分があれをやられるとは思わなかった。変な気分ですよ。でも、オレって引っ張り専門(プルヒッター)ですよ」。前監督の裏技を強烈なうっちゃりで返し、自然と笑みもこぼれた。
だ が、さらなるオチが待っていた。9回裏に楽天が2点を返し、なおも1死満塁という場面で降雨が激しくなり、コールドゲームに。広島の9回の6得点は記録か ら削除され、一転して勝利チームは楽天。ブラウン監督は「両チームあきらめずに一生懸命プレーした。複雑な思いもあるけど良かったのでは」と照れ笑い。記 録には残らない。でも、記憶には残る奇策失敗だった。
▼楽天塩川 ショートを守っているから違和感はなかった。引っ張れられたらしようがない。
≪ 公認野球規則で9回の得点無効≫今回のようなケースは公認野球規則4・11(d)の注2「ビジティングチームがその回の表でリードを奪う得点を記録したが <中略>裏の攻撃が始まってもホームチームが同点またはリードを奪い返す得点を記録しないうちにコールドゲームが宣せられた場合」に該当する。この場合、 日本では両チームがイニングを完了した最終均等回(今回なら8回)の総得点で勝敗を決めるため、9回の得点および記録は無効になる。
日本サッカー協会・松崎康弘審判委員長は、横浜FM×名古屋戦のストイコビッチ監督の退席処分について「ゴールに拍手を送るくらいの度量があってもよかった」と語る。
ス トイコビッチ監督がピッチ外に蹴り出されたボールを蹴り返しゴールを決めて退席処分になった件について、松崎審判委員長は「彼はこの行為で退席処分を受け たのだが、主審はその素晴らしいゴールに拍手を送るくらいの度量があってもよかったのではないか、と思う」と自身のコラムの中で語った。
決められたルール通りの対応は間違ったものではないが、他の選択肢もあった。素晴らしいゴールに拍手を送る度量を示すことで、ストイコビッチ監督との対立関係を解消することができれば、 主審は結果的にゲームを手中に収めることができたのではないか。
もしそういった対応を取っていれば、今後もストイコビッチ監督は審判に対してこれまで以上の敬意をもって接してくれるようになるだろう。度量を示して、信頼を得る手もあったのではないか、と松崎審判委員長は語っている。
なお、YOUTUBEにアップされたストイコビッチ監督のゴールシーンの動画はすでに280万再生を超え、世界の注目を集めている。
棺の枕元には笑顔の遺影と、自殺したホテルの部 屋で見つかった遺書がパネルになって飾られていた。「一生懸命音楽をやってきたが、音楽そのものが世の中に必要なものなのか、自分がやってきたことが本当 に必要なのか疑問を感じた。もう生きていたくない。これ以上探さないで、詮索しないでほしい。私は消えゆくだけ」。死を選択するに至った加藤さんの悲痛な 叫びが丁寧な文字でしたためられていた。
出棺前の最後のあいさつに立ったのは、フォークル時代の盟友の北山さんだった。「本当にバカヤ ロー。加藤君は先に逝っちゃったけど、残された私たちはコイツの分まで長生きして『オラは生きちまっただ』と言いたい」。亡くなったその日から遺体のそば に駆けつけ、何度も泣いたという北山さんの目にもう涙はなかった。
「加藤君には2人の人間がいた。1人は楽しく明るく前向き。もう1人は 厳しく完全主義で怒ると怖い人。今回はそのもう1人が自分を殺してしまったんだと思う。曲を制作する時は人の意見も聞いてくれたんだけど、最後の幕引きで みんなの意見を聞いてくれなかった」。うつ病に悩んでいた親友を救えなかった無念さをあらわにした。
加藤さんの生前の希望通り、無宗教の 葬儀には読経も音楽も祭壇もなかった。式場の中央に加藤さんの棺が置かれ、約100人の参列者が足元の献花台に白いカーネーションを静かにささげた。棺に は愛用のメガネや犬のぬいぐるみも納められたが、脳こうそくの影響で長く舞台を遠ざかっている猿之助も駆けつけ、メッセージを書いた色紙を棺に入れた。出 棺時は高橋や坂崎のほか、つのだ☆ひろら音楽仲間が棺を担いだ。日本のポップスをさっそうとリードした天才らしい、シンプルな旅立ちだった。
●盛り上がりゼロだが…
だれも注目しない自民党総裁選だが、唯一盛り上がっているのが河野太郎の言いたい放題だ。
「派 閥解消」と「世代交代」を主張して立候補した河野は、古い自民党政治の象徴として「森喜朗」を名指しし、「総選挙でまったく懲りていない」「出処進退を考 えるべきだ」と引退を勧告。森喜朗の子分の町村信孝に対しても、「比例復活しかできなかった派閥ボスは引退して若手に議席を譲るべきだ」「腐ったリンゴが 良いリンゴまで腐らせてしまう」とボロクソだ。
さすがに自民党の議員たちは森に遠慮して、河野を異端児扱いだが、世間は拍手喝采。マスコミの評判もいい。
「嫌 われ方が半端じゃなく、支持率がひとケタにまで落ちた元不人気首相ですからね。よくぞ言ってくれたと、政治部記者たちも内心喜んでいますよ。総選挙の最 中、マスコミが石川2区の取材に殺到したのは森が落選しそうだったから。当選した時はガッカリしたものです。その後、森に敗れた民主党新人の田中美絵子議 員のヌード騒ぎが起きたけど、記者たちは森を追い詰めた田中に好意的ですよ」(自民党担当記者)
それだけに、若造に引退まで勧告された森の怒りは半端じゃなく、「河野だけは許せん」と息巻いているそうで、党内では“河野潰し”がひどいらしい。
「森 と袂(たもと)を分かった中川秀直と菅義偉が河野の支持に回っていたが、森に遠慮してか、最近は手を引き始めています。山本一太とか世耕弘成、大村秀章と いった若手もビビり始めている。河野の地方票はギュウギュウに締めつけられ、この調子だと総裁選に立候補している西村康稔にも負け、ビリになりそうで す」(永田町関係者)
自民党が生まれ変わるには、河野太郎のような異端の若者がいい勝負をして、森喜朗は引退することが不可欠だが、28日投票の総裁選は逆の方向に進んでいる。森喜朗が安泰でいる限り、民主党政権は不滅といえそうだ。