翌朝、携帯電話が鳴る音で目を覚ました、発信元を見ると東京の会社だった、俺はそれを無視して軽く背伸びをすると病院に向った。
病院に着くと俺は昨日店で購入したDVDプレイヤーの箱とDVDを抱えて由紀が居る病室に向う。
病室に入ると昨日と同じ由紀は微笑んだ、俺が何か抱えている事に気付き不思議そうにそれを見つめる。
俺が箱からDVDプレイヤーを取り出して棚の上に置くと、由紀は嬉しそうに声をあげた。
「これ、映画観れるの?」
「そうだよ、何か観たい映画あった? 適当に買ってきたけど」
「ううん、なんでもいい、うれしい」
俺は買ってきたDVDをケースから取り出し、DVDプレイヤーに入れて再生ボタンを押す、映画が再生され始めたのを確認すると、DVDプレイヤーを由紀の膝の上辺りに置いてやり、俺もベッドの上に腰掛ける。
高校生の頃、度々新作映画のポスターを見かけては、由紀と映画を観に行きたいという話はしていたのだが、互いに遊ぶ為のお金など持っているはずも無く、今の今までTVで放送されるような物以外は、映画など観た事は無かったのだ。
「画面、小さいけどね」
「十分、十分だよ」
そんな事を話しながら二人で初めての映画を観る、観終わった後は、あのシーンはどうだったとか、昔あの映画が見たかっただとか話していた。
ちょうどDVDプレイヤーを片付けたところで看護婦が昼食を運んできた、棚の一部を引き出しその上にお盆を置く。
「座ったままじゃ食べにくいだろ」
そう言って俺は由紀に一口ずつ食べさせた、由紀は少し恥ずかしそうにしたが、ありがとう、と言って口元まで運ばれた食事を食べる。
「少し貰っていい?」
俺がそう言うと由紀は軽く頷いた、由紀にそうしていたのと同じ様に自分の口元に食事を運んで食べる。
「味、薄いね」
「病院食だからね、それに私、しょっぱい物食べれないから」
「そっか、ごめん」
「ううん」
食事を終えると、さっき見た映画の事や、最近の映画の事なんかを話す、夕食も同じ様に食べさせてやった。
そんな事をしているうちにあっという間に面会時間の終わりが来る、俺は時計を見ながら言った。
「じゃぁ明日はその映画のDVD買ってこようか?」
「うーん、それよりも明日は本がみたいかも、服とかが載ってる雑誌」
由紀は少し考えてから言った。
「わかった、明日持ってくるよ」
「ごめんね、わがままで」
「いいよ、じゃぁまた明日」
そう言って病室を後にする、病院から出て本屋に向ったが定休日らしく営業していなかった。
明日の朝に買っていけばいいだろう、そう思って車に戻り昨日と同じ様に、河川敷に車を停めて眠った。
翌日、目を覚まして直ぐに財布の中を見て現金を殆んど持っていない事に気付くと銀行に向った。
銀行でお金を下ろすと、本屋に向い由紀に頼まれていたファッション雑誌を適当に見繕って買い込む、病院に着いたのは12時を少し過ぎた頃になってしまった。
たったさっき購入した雑誌が入っているビニール袋を抱えて車を降りると由紀が居る病室に向う。
「ごめんね、遅くなって」
そう言いながら病室に入る、すると見慣れない男の後姿が目に入った、大きい背中だ、由紀のベッドの脇に座っている、男は立ち上がって振り向くと言った。
「おおー、大樹君か久しぶり」
「あ、お久しぶりです」
俺は慌てて応えた、佐々木さんだ、この間電話で聞いた通り、相変わらず太くて優しい声だ。
そのまま佐々木さんと少し立ち話をする、施設に居た頃はこうして3人で居る事が多かった為、その時の事を思い出し楽しい気持ちになった、しばらくしてから佐々木さんは言った。
「そろそろ行くかな、お邪魔しても悪いし、じゃぁまたな」
そう言うと佐々木さんは病室から出て行った、病室の入口の所で振り返って手を振る、俺もそれに手を振って応えた。
佐々木さんを見送ると俺は買ってきた雑誌を、ビニール袋の中から取り出して棚の上に並べる、それを見てまた由紀は嬉しそうに声をあげた。
「色々買ってきてくれたんだ、ありがとう」
昨日と同じ様に俺はベッドに腰掛けて一緒に雑誌を見る、由紀は楽しそうにペラペラと雑誌のページをめくりながら、この服は似合うだろうか、この帽子はどうだろうか、この靴が欲しい、等と時々俺の肩を叩いたりしながら嬉しそうに言っていた、その様子を見ながら俺は言う。
「じゃぁ今度買ってこようか?」
「ううん、いいの、女の子はね、こういう風にみてるだけでも幸せになれるの、ウィンドウショッピングとかあるでしょ? いつかこれを着てみたいなとか、いつかここに行きたいなとか、そう思ってるだけで十分幸せなんだよ」
ファッション雑誌の所々に掲載されている遊園地の広告なんかも見ながら由紀は言っていた。
「男の子にはわからない感覚かもね、どうしても見てると欲しくなっちゃうし」
俺は笑いながら答える、そんな事を話しているうちに今日もあっという間に面会時間は過ぎてゆく。
「また明日ね」
そう言って病室から出た、病院を出て車に乗ったところで思い出した、そういえば由紀に何か欲しい物は無いか聞くのを忘れていた、明日早く行って聞けばいいか、そう思って病院の駐車場に停めた車の中で眠った。
翌日、病院が開くと同時に由紀の病室へ向う、同じ様に由紀は微笑んで迎えてくれる。
「おはよう」
窓から差し込む光に照らされながら、そう言って微笑む姿を見ているだけで幸せになれた、由紀が昨日言っていた気持ちが少し分かる気がする、俺はベッドの脇に立ち、座る前に由紀に聞く。
「何か欲しいものある? 買ってくるけど」
「ううん、あ、林檎を買ってきて欲しいかな、多分病院の売店にあると思う」
「わかった、待っててね」
そう言って病室を出る、売店は病院の1階、入口の直ぐ近くにあった、林檎を3個買って病室に戻る。
「お待たせ」
そう言ってパイプ椅子を広げてベッドの脇に座る。
「ありがとう、紙皿とナイフ取って」
俺は言われた通り棚から紙皿を取り出して棚の上に置き、ナイフと林檎を由紀に渡す、由紀は林檎を切りながら楽しそうに言う。
「朝にね、果物を食べるのは体にいいんだよ、ちゃんと食べてる? 朝食」
「いやー朝は時間が無くてね、滅多に食べないよ」
「だめだよーちゃんと食べなきゃ、はい」
由紀は切った林檎を紙皿に乗せて差し出す、俺はその林檎を食べる、由紀は嬉しそうにその様子を見ながら笑っている、話す事は無くても、ただこうしているだけで楽しく、幸せだった。
「毎日こうしていると一緒に暮してるみたいだね」
由紀は言った。
「ん? ああ、そうだね、朝起きて、一緒に朝食を食べて、話したりして、一緒に暮してるのと何も違わないかもしれない」
俺は答える、それを聞いて由紀は嬉しそうにシーツの端で口元を隠して笑った、その様子を見て俺も笑う。
夕方頃になると看護婦が病室に入ってきた、窓から外を見るがまだ明るい、まだ面会時間が終わる時間ではないはずだ、そう思って看護婦を見ると手には洗面器とタオルを抱えていた。
「体お拭きしますね」
そう言うと看護婦は俺の方を見て、ちょっと席を外してくれと頼むような仕草をした、その様子を見て俺は慌てて立ち上がろうとしたが、由紀が手を掴んで止め、俺の方へ視線を移しながら言った。
「あの、今日はこの人にお願いしたいんですけど」
看護婦は少し困ったような顔をして考え込んでいたが、やがて軽く溜め息をついて俺の方を見ながら言った。
「しょうがないわね、じゃぁお願いできるかしら? お湯は病室を出て直ぐ右側の給湯室にあるから」
看護婦は俺に洗面器とタオルを渡して病室から出て行った、由紀は恐る恐る俺の方を見ながら言う。
「迷惑、だった?」
「全然、そんな事無いよ、むしろうれしいくらい、ちょっと待っててね」
俺は立ち上がると洗面器を持って病室から出る、看護婦が言っていた給湯室に向かい、洗面器にお湯を入れて病室に戻った、棚の上の紙皿を片付けると、そこに洗面器を置いて言った。
「お待たせ、えっと」
「カーテン、閉めて」
俺は由紀に言われるままカーテンを閉める、窓から差し込む夕日の光がカーテンに遮られ均一に由紀の体を照らす、まるで包み込むような薄く赤い光の中、由紀はゆっくりと服を脱ぎ始めた。
俺は由紀が服を脱ぐ様子を黙って見ている、やがて夕日に赤く染められた由紀の上半身が露になる。
俺はタオルをお湯に浸して硬く絞った、由紀の手を持ち上げ、丁寧にタオルで拭いてゆく、細い手だ、多分高校生の頃より細くなっているだろう、よく見ると手の甲も骨と血管がはっきりと見えるほど浮き出ている。
それを見て病気の事を改めて実感し、胸の中から何かが込上げて来そうになるのを必死で堪える。
反対側の手も拭き、首、胸、お腹、腰を拭いてゆく、抱きかかえる様にして背中を拭く、シーツをめくり太ももから足の先まで丁寧に拭いた。
体を拭き終わると、服を着せ、俺は立ち上がって言った。
「お湯、かえてくるね」
病室を出て給湯室に向う、洗面器のお湯を捨てて俺は自分の顔を洗った、タオルを洗って、少し熱めのお湯に浸すと固く絞り病室に戻った。
「顔は自分で拭く?」
そう言って由紀にタオルを渡す、由紀はうなずいてタオルを受け取る、顔を拭き終わってタオルを棚の上に置きながら由紀は言った。
「ありがとう」
「いいよ、役得って言うのかな? むしろうれしいくらい」
「そうじゃなくて……色々と、ありがとう」
「うん」
俺は小さく応えた、由紀も軽く頷く、その日はそのままカーテンも開けず、黙って手を繋いで過ごした。
季節は初夏に入っており、繋いだ手は温かく、汗が滲んでいたが、それでも構わず黙って手を繋いでいた。
何も話さなくても面会時間の終わりは来る、俺はカーテンを開けて、パイプ椅子を片付ける。
「また明日」
そう言って病室を後にした。
病院に着くと俺は昨日店で購入したDVDプレイヤーの箱とDVDを抱えて由紀が居る病室に向う。
病室に入ると昨日と同じ由紀は微笑んだ、俺が何か抱えている事に気付き不思議そうにそれを見つめる。
俺が箱からDVDプレイヤーを取り出して棚の上に置くと、由紀は嬉しそうに声をあげた。
「これ、映画観れるの?」
「そうだよ、何か観たい映画あった? 適当に買ってきたけど」
「ううん、なんでもいい、うれしい」
俺は買ってきたDVDをケースから取り出し、DVDプレイヤーに入れて再生ボタンを押す、映画が再生され始めたのを確認すると、DVDプレイヤーを由紀の膝の上辺りに置いてやり、俺もベッドの上に腰掛ける。
高校生の頃、度々新作映画のポスターを見かけては、由紀と映画を観に行きたいという話はしていたのだが、互いに遊ぶ為のお金など持っているはずも無く、今の今までTVで放送されるような物以外は、映画など観た事は無かったのだ。
「画面、小さいけどね」
「十分、十分だよ」
そんな事を話しながら二人で初めての映画を観る、観終わった後は、あのシーンはどうだったとか、昔あの映画が見たかっただとか話していた。
ちょうどDVDプレイヤーを片付けたところで看護婦が昼食を運んできた、棚の一部を引き出しその上にお盆を置く。
「座ったままじゃ食べにくいだろ」
そう言って俺は由紀に一口ずつ食べさせた、由紀は少し恥ずかしそうにしたが、ありがとう、と言って口元まで運ばれた食事を食べる。
「少し貰っていい?」
俺がそう言うと由紀は軽く頷いた、由紀にそうしていたのと同じ様に自分の口元に食事を運んで食べる。
「味、薄いね」
「病院食だからね、それに私、しょっぱい物食べれないから」
「そっか、ごめん」
「ううん」
食事を終えると、さっき見た映画の事や、最近の映画の事なんかを話す、夕食も同じ様に食べさせてやった。
そんな事をしているうちにあっという間に面会時間の終わりが来る、俺は時計を見ながら言った。
「じゃぁ明日はその映画のDVD買ってこようか?」
「うーん、それよりも明日は本がみたいかも、服とかが載ってる雑誌」
由紀は少し考えてから言った。
「わかった、明日持ってくるよ」
「ごめんね、わがままで」
「いいよ、じゃぁまた明日」
そう言って病室を後にする、病院から出て本屋に向ったが定休日らしく営業していなかった。
明日の朝に買っていけばいいだろう、そう思って車に戻り昨日と同じ様に、河川敷に車を停めて眠った。
翌日、目を覚まして直ぐに財布の中を見て現金を殆んど持っていない事に気付くと銀行に向った。
銀行でお金を下ろすと、本屋に向い由紀に頼まれていたファッション雑誌を適当に見繕って買い込む、病院に着いたのは12時を少し過ぎた頃になってしまった。
たったさっき購入した雑誌が入っているビニール袋を抱えて車を降りると由紀が居る病室に向う。
「ごめんね、遅くなって」
そう言いながら病室に入る、すると見慣れない男の後姿が目に入った、大きい背中だ、由紀のベッドの脇に座っている、男は立ち上がって振り向くと言った。
「おおー、大樹君か久しぶり」
「あ、お久しぶりです」
俺は慌てて応えた、佐々木さんだ、この間電話で聞いた通り、相変わらず太くて優しい声だ。
そのまま佐々木さんと少し立ち話をする、施設に居た頃はこうして3人で居る事が多かった為、その時の事を思い出し楽しい気持ちになった、しばらくしてから佐々木さんは言った。
「そろそろ行くかな、お邪魔しても悪いし、じゃぁまたな」
そう言うと佐々木さんは病室から出て行った、病室の入口の所で振り返って手を振る、俺もそれに手を振って応えた。
佐々木さんを見送ると俺は買ってきた雑誌を、ビニール袋の中から取り出して棚の上に並べる、それを見てまた由紀は嬉しそうに声をあげた。
「色々買ってきてくれたんだ、ありがとう」
昨日と同じ様に俺はベッドに腰掛けて一緒に雑誌を見る、由紀は楽しそうにペラペラと雑誌のページをめくりながら、この服は似合うだろうか、この帽子はどうだろうか、この靴が欲しい、等と時々俺の肩を叩いたりしながら嬉しそうに言っていた、その様子を見ながら俺は言う。
「じゃぁ今度買ってこようか?」
「ううん、いいの、女の子はね、こういう風にみてるだけでも幸せになれるの、ウィンドウショッピングとかあるでしょ? いつかこれを着てみたいなとか、いつかここに行きたいなとか、そう思ってるだけで十分幸せなんだよ」
ファッション雑誌の所々に掲載されている遊園地の広告なんかも見ながら由紀は言っていた。
「男の子にはわからない感覚かもね、どうしても見てると欲しくなっちゃうし」
俺は笑いながら答える、そんな事を話しているうちに今日もあっという間に面会時間は過ぎてゆく。
「また明日ね」
そう言って病室から出た、病院を出て車に乗ったところで思い出した、そういえば由紀に何か欲しい物は無いか聞くのを忘れていた、明日早く行って聞けばいいか、そう思って病院の駐車場に停めた車の中で眠った。
翌日、病院が開くと同時に由紀の病室へ向う、同じ様に由紀は微笑んで迎えてくれる。
「おはよう」
窓から差し込む光に照らされながら、そう言って微笑む姿を見ているだけで幸せになれた、由紀が昨日言っていた気持ちが少し分かる気がする、俺はベッドの脇に立ち、座る前に由紀に聞く。
「何か欲しいものある? 買ってくるけど」
「ううん、あ、林檎を買ってきて欲しいかな、多分病院の売店にあると思う」
「わかった、待っててね」
そう言って病室を出る、売店は病院の1階、入口の直ぐ近くにあった、林檎を3個買って病室に戻る。
「お待たせ」
そう言ってパイプ椅子を広げてベッドの脇に座る。
「ありがとう、紙皿とナイフ取って」
俺は言われた通り棚から紙皿を取り出して棚の上に置き、ナイフと林檎を由紀に渡す、由紀は林檎を切りながら楽しそうに言う。
「朝にね、果物を食べるのは体にいいんだよ、ちゃんと食べてる? 朝食」
「いやー朝は時間が無くてね、滅多に食べないよ」
「だめだよーちゃんと食べなきゃ、はい」
由紀は切った林檎を紙皿に乗せて差し出す、俺はその林檎を食べる、由紀は嬉しそうにその様子を見ながら笑っている、話す事は無くても、ただこうしているだけで楽しく、幸せだった。
「毎日こうしていると一緒に暮してるみたいだね」
由紀は言った。
「ん? ああ、そうだね、朝起きて、一緒に朝食を食べて、話したりして、一緒に暮してるのと何も違わないかもしれない」
俺は答える、それを聞いて由紀は嬉しそうにシーツの端で口元を隠して笑った、その様子を見て俺も笑う。
夕方頃になると看護婦が病室に入ってきた、窓から外を見るがまだ明るい、まだ面会時間が終わる時間ではないはずだ、そう思って看護婦を見ると手には洗面器とタオルを抱えていた。
「体お拭きしますね」
そう言うと看護婦は俺の方を見て、ちょっと席を外してくれと頼むような仕草をした、その様子を見て俺は慌てて立ち上がろうとしたが、由紀が手を掴んで止め、俺の方へ視線を移しながら言った。
「あの、今日はこの人にお願いしたいんですけど」
看護婦は少し困ったような顔をして考え込んでいたが、やがて軽く溜め息をついて俺の方を見ながら言った。
「しょうがないわね、じゃぁお願いできるかしら? お湯は病室を出て直ぐ右側の給湯室にあるから」
看護婦は俺に洗面器とタオルを渡して病室から出て行った、由紀は恐る恐る俺の方を見ながら言う。
「迷惑、だった?」
「全然、そんな事無いよ、むしろうれしいくらい、ちょっと待っててね」
俺は立ち上がると洗面器を持って病室から出る、看護婦が言っていた給湯室に向かい、洗面器にお湯を入れて病室に戻った、棚の上の紙皿を片付けると、そこに洗面器を置いて言った。
「お待たせ、えっと」
「カーテン、閉めて」
俺は由紀に言われるままカーテンを閉める、窓から差し込む夕日の光がカーテンに遮られ均一に由紀の体を照らす、まるで包み込むような薄く赤い光の中、由紀はゆっくりと服を脱ぎ始めた。
俺は由紀が服を脱ぐ様子を黙って見ている、やがて夕日に赤く染められた由紀の上半身が露になる。
俺はタオルをお湯に浸して硬く絞った、由紀の手を持ち上げ、丁寧にタオルで拭いてゆく、細い手だ、多分高校生の頃より細くなっているだろう、よく見ると手の甲も骨と血管がはっきりと見えるほど浮き出ている。
それを見て病気の事を改めて実感し、胸の中から何かが込上げて来そうになるのを必死で堪える。
反対側の手も拭き、首、胸、お腹、腰を拭いてゆく、抱きかかえる様にして背中を拭く、シーツをめくり太ももから足の先まで丁寧に拭いた。
体を拭き終わると、服を着せ、俺は立ち上がって言った。
「お湯、かえてくるね」
病室を出て給湯室に向う、洗面器のお湯を捨てて俺は自分の顔を洗った、タオルを洗って、少し熱めのお湯に浸すと固く絞り病室に戻った。
「顔は自分で拭く?」
そう言って由紀にタオルを渡す、由紀はうなずいてタオルを受け取る、顔を拭き終わってタオルを棚の上に置きながら由紀は言った。
「ありがとう」
「いいよ、役得って言うのかな? むしろうれしいくらい」
「そうじゃなくて……色々と、ありがとう」
「うん」
俺は小さく応えた、由紀も軽く頷く、その日はそのままカーテンも開けず、黙って手を繋いで過ごした。
季節は初夏に入っており、繋いだ手は温かく、汗が滲んでいたが、それでも構わず黙って手を繋いでいた。
何も話さなくても面会時間の終わりは来る、俺はカーテンを開けて、パイプ椅子を片付ける。
「また明日」
そう言って病室を後にした。