翌朝、目を覚ますと俺はいつも通り朝食を食べ農作業に向う、水田の間を通っている時に声を掛けられる。
「おーい、おはよう」
 シゲさんだ、いつも通り農作業をしている、だがダイゴがいなくなった事について何か隠している、そう思うとどうしても緊張してしまう。
「おはようございます」
 俺もいつも通り応える、村の人が俺に何か隠しているという事に気付いた事は知られない方がいい。
 水田の奥の畑に着くと農作業を始める、もう日差しは大分強くなっていた、外に居るだけで汗が噴出してくる。
 俺は汗を拭くと鍬を持ち上げて地面に向って振り下ろした、ざくっ、という音を鳴らして鍬は地面に突き刺さる。
 汗で手を滑らせ無い様に気を付けながらその作業を繰り返す、ちょうど半分位耕し終わったところで空を見る、太陽はほぼ真上に来ていた。
 もうそろそろお昼だろうか、滝の所に行って水を浴びる、冷たくて気持ち良い、俺は鍬を担ぐと水田の間の道を通り家の方へ戻って行った。
 家に戻って鍬を小屋に入れる、水瓶の前に行って手と足を洗い終わると昼食の準備を始めた。
 釜戸の前で食事を作っていると子供が入って来た、フタバだ。
 俺は少し驚いたが直ぐに思い出した、今日から面倒を見る子供を交代する予定だったのだ。
「よろしく、フタバちゃん」
 そう言って頭を撫でてやる、フタバは黙って頷いた。
 村長さん、自分、フタバ、3人分の食事を持って家の中に入る、フタバは自主的に食事の準備を手伝ってくれた。
「いただきます」
 そう言って昼食を食べ始めたがフタバの様子がおかしい、食事に手を付けようとしないのだ。
「どうしたの?」
 俺は自分のお椀を床に置いて心配そうにフタバに聞く、村長さんが慌てて何か気付いたように言った。
「おお、すまん、だいちゃん、悪いけんど鍋さお湯作ってきて」
 俺は言われた通り俺は釜戸の前に行ってお湯を沸かした。
 お湯が入った鍋を持って家の中に戻る、鍋を村長さんの隣に置くと村長さんはフタバのお椀にお湯を移しながら言った。
「この子、あんまりしょっぱいもの食えながら、食事の時はこうやって薄めでやってくれないかな」
 そうして薄めてやったお椀をフタバに渡す、フタバはおじぎをしながら受け取るとゆっくり食べ始めた。
 俺もその様子を見て食事を食べ始める、食べ終わって食器を片付ける、フタバは後片付けも手伝ってくれた。
「じゃぁ子供達と遊んできます」
 俺は家の中に居る村長さんに声を掛ける。
「気を付けでいってらっしゃい」
 村長さんは手を振りながら応えた。
 フタバと一緒に家の間の道を歩いて広場へ向う、広場に着くと他の子供達は皆揃っていた。
 俺は広場の脇の草が生えている所に腰を下ろす、フタバは他の子供達が居る広場の中央の方へ歩いて行った。
 子供達は広場で遊んでいる、俺はそれを眺めながら考えた。
 どんな理由があったとしてもこの子供達を生贄にするような事はしたく無い、村の人達は何故平気なのだろうか。
 いや、平気じゃないからこそあまり子供達には関わらないようにしているのかも知れない、子供達に関われば関わるほど辛くなるのだ。
 ただ辛くなると言う事はそれだけ大蛇様に連れて行かれると言う事の意味は子供達にとってよくない事なのだろう。
「どうしたのー?」
 気付くと子供達が座っている俺の周りに立って心配そうに見ていた。
「ごめんごめん」
 そう言いながら立ち上り服に付いていた草を払う、ふと、敏子さんが言っていた事を思い出した。
 今回はダイゴを連れて行ってしまった、俺がこの村に来る以前もあったのだろうか、あったとしても村の人に聞いても教えてはくれないだろう、だが子供達なら何か教えてくれるかもしれない。
「ちょっといいかな?」
 そう言って広場の中央へ向っていた子供達を呼び止める、何と言って聞けばいいだろう、子供達は大蛇様の事を信じていて怖がっている。
「なにー?」
 子供達は戻って来て聞く。
「んー、俺がこの村に来る前から大蛇様は居たのかな?」
 子供達の顔が険しくなる、やはり大蛇様の事はあまり話しはしたく無いのだ、それに最近ダイゴの事があったばかりだ。
「居たよ」
 シオンが言った。
「ちょうどだいちゃんが来る前、ショウゾウ君も居たんだけど」
「ショウゾウ君?」
 俺は聞き返した、初めて聞く名前だ。
「でも、でもショウゾウ君は大蛇様に、ダイゴ君も」
 そこまで言うと泣き出してしまった、辛くて、怖いのだろう。
「ごめん、ごめんね変な事聞いて、もういいから」
 俺はそう言いながらシオンの頭を撫でてやる、他の子供達も俺にしがみつく様にして泣いていた。
 なんということだ、やはりダイゴの前にも、大蛇様に連れて行かれてしまった子供がいたのだ。
 俺は子供達が泣き止むのを待って、それからしばらく一緒に広場で遊んだ、空を見上げると曇ってきた、今夜は雨が降りそうだ。
「雨が降るから帰ろう」
「はーい」
 子供達と一緒に家の方へ戻る、子供達はそれぞれの家へ駆け足で帰っていった、俺もフタバと一緒に村長さんの家に向う。
 手と足を洗い、釜戸の前に立って夕食の準備を始める、フタバも同じ様にして手と足を洗うと準備を手伝ってくれた。
 準備ができると家の中に食事を持って行く、そういえばと思って俺はお湯を沸かした、お湯の入った鍋を持って家の中に入る。
「いただきます」
 そう言って食事を始める、俺はフタバのお椀にお湯を入れて薄めてやった、フタバもゆっくりと食べ始める。
 食べ終わって食器を片付けていると雨が降り出してきた、雨音を聞くだけで結構強く降っているのが分かる、これは明日の農作業は休みかな、そんな事を考えながら食器を片付ける。
 片付け終わると久しぶりに村長さんと将棋を指した、明日は農作業できないだろう、今日は多少遅く眠っても構わない。
 将棋を指し終わり床に就く、家の中に雨音が響いている、俺はその音を聞きながらダイゴの事、いや、この村の事を考える。
 村の大人達は大蛇様が連れて行ってしまった、そう言ってダイゴがいなくなった本当の理由を隠している事は確かだ。
 それに子供達が言っていたショウゾウ君、ちょうど俺がこの村に来る前らしいが、子供達が言うにはその子もダイゴと同じ様に大蛇様が連れて行ってしまった事になっているらしい。
 理由が分からない、この村は親が居ない子供達の為の養護施設だとして、大蛇様に連れて行かれた子供は引き取り手が見つかって施設から出て行ったのだとすれば隠す必要は無い、むしろ喜ぶべき事だろう。
 それに子供達は教育を受けている様子は無い、外の社会の事も全く知らされていない、つまり子供達の将来は考慮されていないのだ。
 そう考えると一刻の猶予も無い様に思えた、いつまた次の生贄が選ばれるか分からない、だがその時はなんとしてでも止める、そう思って眠った。
 翌朝、雨が降っていたのは夜中だけのようで今はすっかり止んでいた、いつも通り朝食の準備をする、フタバは何も言わずに手伝ってくれる。
 朝食を済ませ食器を片付けていると子供達が来た、フタバを迎えに来たのだ、フタバはお手伝いの手を止めるとこっちを見た。
「あとはいいよ、いってらっしゃい」
 そう言ってやるとフタバは他の子供達と一緒に広場へ向った。
 食器を片付け終わると俺は小屋から鍬を持ち出し、農作業をしに畑に向う、道には水溜りが出来ている。
 この様子だと農作業は出来なそうだ、そう思いながらも水田の間の道を抜けて畑に向った。
 畑に着くと案の定農作業が出来るような状態ではなかった、作りかけの畑には所々水が溜まっていて歩く事も出来ない。
 俺は軽く溜め息を付くと家の方に戻って行った、道には相変わらず水溜りが出来ているが、小さな物はもう乾き始めている。
 家の前に着くと俺は小屋に鍬を戻し家の中に入る、村長さんは家の中で黙って座っていた。
「水が溜まっていて仕事できないので子供達を見てきます」
 そう言って広場へ向う、広場に着くと子供達は相変わらずボールで遊んでいた。
 だが広場にも水溜りが出来ていて、ボールが跳ねずに遊び辛そうだ、その様子を見て俺は立ち上がった。
 家の方へ戻り、小屋からノコギリを持ち出す、それから信夫さんが住んでいる家に向う、信夫さんは家の中に居た。
 いつもなら農作業で家には居ないはずだが、俺と同じ様に昨日の雨で農作業が出来ないのだろう。
「すみません、鉈とキリを借りたいんですが」
 俺は家の中の信夫さんに向って言った、信夫さんは驚いたようにしてこっちを向き、立ち上がって入口の方へ来た。
「おー、いいけども、何に使うんだ」
 信夫さんは草履を履きながら言った。
「ああ、子供達にちょっと竹トンボでも作ってやろうかと思って」
「あー、なるほど、どれ、確か小屋にあったはずだ」
 そう言って小屋に向う、俺もその後を付いて行った。
「確かこの辺に」
 信夫さんはそう言いながら小屋の奥を漁っている、他の家の小屋に入るのはこれが初めてだ。
 小屋の中には農作業の道具や、ロウソク、懐中電灯なんかが置いてある、あまり村長さんの家の小屋と変わった様子は無い。
「おー、あったあった」
 そう言って奥の方から鉈とキリを持って信夫さんが出てくる。
「ありがとうございます」
 俺は信夫さんにお礼を言って鉈とキリを受け取ると広場へ向った、道には水溜りがあってそれを避けるようにして進んで行く。
 広場に着くと子供達は相変わらず水溜りだらけの広場で遊んでいた、俺は子供達に向って言う。
「おーい、ちょっとこっちに来て」
 子供達が駆け寄ってくる、全員集まったのを見ると俺は言った。
「面白い物作ってあげるから手伝って」
「面白い物ってー?」
「それは出来てからのお楽しみ、出発―」
 そう言って広場を出て畑の方に歩いて行く、子供達も後から付いて来た。
 広場から道を挟んで正面にある畑と家の間辺りに小さな竹薮が在った、そこに入って竹を一本、ノコギリで切り倒す。
「じゃぁこれ持って広場に戻ろう」
 そう言うと子供達は竹の周り集まって皆で竹を持ち上げた、水溜りに気を付けながら広場へ戻って行く。
 広場に着くと水溜りの少なそうな所を探してそこに竹を置かせた、子供達は竹を置くと何が始まるのかと楽しそうに見ていた。
 竹を切り、削って竹トンボを作ってやる、出来上がった物を見せても何なのか分からないといった様子だ。
 俺は竹トンボを飛ばしてやった。
「それ!」
 そう言って竹トンボを飛ばす、子供達は驚いた様子でそれを見ていた、やがて落ちてきた竹トンボを追いかけて行って拾う。
「どうやって飛ばすの?」
 子供達は竹トンボを拾って戻ってきて言う、俺は飛ばし方を教えてやった、子供達は嬉しそうに順番に竹トンボを飛ばしてやる。
「ねー、もっと作って!」
 シオンが言った。
「ん? ああ、作るよ」
 そう言って俺は竹トンボを作ってやる、子供達全員分、子供達は竹トンボを受け取ると嬉しそうにそれを飛ばしていた。
 そろそろお昼だろうか、俺はそう思って立ち上がって言った。
「そろそろお昼ご飯だから帰るよー!」
「はーい」
 子供達は元気に返事をして集まってくる、集まってきた子供達を見ると、手足はおろか服まで泥だらけだった。
 雨が降って水溜りだらけの広場で遊んでいれば当然だ、このままでは家の中には入れないな、そう思って俺は言った。
「今日は汚れちゃったから洗ってから行こう」
 そう言うと俺は滝に向って歩き出した、子供達も後から付いて来る。
 滝に着くと俺は子供達に服を洗うように言った、子供達は服を脱いで楽しそうに滝の水を浴びるようにして服を洗っていた。
 俺も手と足を洗う、よく見たら自分の服もかなり泥で汚れていた為、服を脱いで滝で洗った。
 自分の服を洗い終わると俺は子供達に言った。
「服絞ってあげるからもってきて」
「はーい」
 子供達は返事をするとそれぞれ自分の服を持ったまま俺の前に並ぶ、俺は子供達から服を受け取って絞ってやった、カズキ、シオン、ロクスケ、そしてフタバの順番になったが様子がおかしい。
 フタバは濡れたままの服を抱えて体を隠すようにしていた。
「どうしたの?」
 フタバは答えない、その様子を見てカズキが言った。
「フタバちゃんはね、大蛇様にかじられた痕があって」
 かじられた痕、何の事だろう、体に大きな傷があるのだろうか。
「大丈夫だよ、気にしないから、ね?」
 そう言ってやるとフタバは俺に服を渡した、体を見ると確かに傷があった、胸の下からから下に伸びてお腹の下あたりで曲がっている、ちょうどアルファベットのLの様な形の傷だ。
 これはかじられた痕なんかじゃない、手術の痕だ、そう思いながら俺はフタバの服を絞ってやった。
 子供達が皆服を着たのを確認すると俺は言った。
「じゃぁ戻ってお昼ご飯にしよう」
 まだ水溜りが残っている道を歩いて家に戻る、子供達は作ってやった竹トンボを嬉しそうに振り回しながら歩いていた。
 家の前に着くと子供達は皆、駆け足でそれぞれの家に入っていく、俺もフタバと一緒に村長の家に入った。
 釜戸の前に立って昼食を作る、フタバは家の入口に竹トンボをそっと置くと、いつも通り手伝ってくれた。
 フタバの為に鍋にお湯を沸かして昼食を家の中に持っていく、村長さんは座って待っていた。
「いただきます」
 フタバの食事をお湯で薄めてやり食べ始める、ちょうど食べ終わって直ぐに家の入口の方から声がした。
「フタバちゃん、行こう」
 カズキだ、フタバを迎えに来たのだろう、相変わらず食べるのが早い。
「お手伝いはいいから行ってきな」
 そう言ってやるとフタバは頷いて自分の食器を片付けると広場の方へ行った。
 それからしばらくして俺と村長さんも昼食を食べ終わる、食器を片付けると俺は広場へは向わず村長さんの隣に座って聞いた。
「あの、フタバちゃんの事で聞きたいんですが」
「ああ、なのかの?」
「フタバちゃんの体に傷があって、子供達は大蛇様にかじられたと言ってたんですが」
 それを聞くと村長さんは困った様な顔をした、俺は続けて言う。
「あれは、手術の痕ですよね、フタバちゃん病気だったんですか?」
 村長さんは黙ったままだ。
「腎臓、ですか?」
 村長さんは驚いた様にして顔を上げて言った。
「わかっとったのか?」
 俺は少し躊躇ったが大きく深呼吸をしてから言った。
「フタバちゃん、あまりしょっぱい物食べれないって言ってましたよね? 私の大切な人も同じだったので」
「そうじゃったのか、それで」
「それで?」
「いんや、何でもない」
「でも、子供達は大蛇様のせいだって」
「それは、わし等が大蛇様の呪いだって言っだがら」
「大蛇様の呪い?」
 きっと子供達には病気の事を説明するよりその方がよかったのだろう、しかし、手術が必要なくらいの病気ならば、ちゃんと大きな病院で診てもらうべきなのではないだろうか、それに教育だって。
「けど、ちゃんとした病院で診てもらった方がいいんじゃないですか」
「あの子達はこの村でしか生きていけないから」
「私だって両親は居ませんでした、でも、」
「外どこの村は違う!」
 村長さんは大きな声で言った、そして黙ってしまった、しばらくそのまま座っていたが俺は立ち上がって言った。
「子供達の様子、見てきます」
 これ以上聞いても何も話してくれはしないだろう。
「だいちゃん」
 村長さんが声を掛けてきた、俺は立ったまま振り返る。
「さっき、大切な人も同じだって言ってだけれども」
「ええ」
 俺は答える。
「もし、もしもその人が助かるどしたら、」
「何だってしますよ、もう、遅いですが」
「そうか、そんだよな」
 村長さんはそう言って俯いた。
「じゃぁ子供達の様子見てきます」
「変な事聞いで悪がった、気を付けていってらっしゃい」