農作業が無い日は朝から、農作業がある日はそれが終わってから広場へ行き、子供達と過ごす、時々だが村の外の事も話してやった。
「デパート?」
「うん、色んな物が売ってるんだよ、ほら、あのボールとか」
「へー」
 子供達は目を輝かせなら聞いている。
 おそらく生まれてから一度も村の外に出た事のない子供達にとって、この村以外、外の生活に関する話は相当珍しいのだろう。
「じゃぁ私はデパートで農作業する!」
 そんなとんでもない事を言い出したのはシオンだ、シオンは手をあげながら嬉しそうにしている、俺はそんなシオンの頭を撫でながら言う。
「んー、デパートで農作業は無理かな、やるなら村で農作業をして作った野菜とかお米とかをデパートに持って行くのがいいと思うよ」
「ふーん、無理なんだ」
 シオンは残念そうに言う、見た事も無いデパートの事を理解させようとしても無理だろう。
 今ここに居る子供達は皆、デパートはおろか八百屋に野菜が並んでいるのすら見たことが無いのだ。
 俺は紙を持ち出してデパートの様子を描いてみたが、直ぐに止めて紙を丸めた、文字ならまだしも俺の描く絵はひどい物なのでそんな物を見せたところで余計に混乱させるだけだろう。
「じゃぁ今日は何して遊ぶ?」
「ボール鬼ごっこ!」
 そう言って子供達は広場の中央へ向って走って行く、ボール鬼ごっこ、とは子供達が考えた遊びでルールは単純、普通の鬼ごっこでタッチする代わりにボールをぶつけるという遊びだ。
 少し遅れて俺も広場の中央へ向って走り出す。
 そんな風に生活していたある日、午前中の仕事を終えて家に戻ると村の大人達が全員家の中に揃っていた。
 俺は軽くおじぎをしながら家の中に入る、村長さんが言った。
「ちょっと話があるはんでそこに座って」
 皆少し表情が険しい、あまり良い話では無さそうだ。
「なんでしょう?」
 俺は座ってから聞いた。
「最近、子供達に色々教えでくれでるみたいだけれども」
「はい」
「あれ、止めでくれないかな? いや、何も教えるなって言うわけじゃなくて」
「でも、普通あのくらいの歳なら」
 言いかけたところで別の男が声を上げた。
「外ど、この村の普通は違う!」
 そう大きな声で言ったのは悟さんだ、俺は思わず身を竦めた、その様子を見て村長さんはなだめる様に言う。
「まぁまぁ、話は最後まで聞いで、何も教えるなって事じゃなくて、なんて言うがな、村の外の事は子供達に言わないで欲しいのよ」
「はぁ」
 俺は釈然としない様子で答える。
「あと、森に入ったみたいだけれども」
「え?」
 いつの事だろう、森に入った記憶は無い。
「ほら、ボールを取りに」
「あー、ええ、少しだけですが」
 思い出した、ドッジボールをしていた時の事だ、あの時、確かに俺は畑を超えて飛び出したボールを取る為に少し森の中に入った。
「ボール取りに行く位なら別にいいとは思うんだけれども、あれも子供達が居る所では止めでくれないかな」
「ええ、わかりました、でも字は教えていいんですよね?」
「まぁそれならいいじゃろ、なあ? 悟さん」
 悟さんは何も言わずに頷いた。
 理由が分からず釈然としないが、別に逆らう理由も必要も無い、村には村の決まりがあるのだろう、俺はそう思った。
「はい、じゃぁ解散、だいちゃんも、子供達と遊んできて」
 村長がそう言うと皆立ち上がって歩き出す、俺も広場へ向おうと立ち上がった、入口の所で誰かが話し掛けてきた、敏子さんだ。
「ごめんなさいね、子供達と遊んでくれている事は皆感謝してるから」
「いえ、気にしないでください、村には村の決まりがあるんでしょうから」
「そう言ってくれると助かるわ」
 そんな事を話しながら2人で広場の方へ歩いて行く、敏子さんは畑に向うようだ、俺はおじぎをすると広場へ向った。
 広場では子供達はいつも通り遊んでいた、広場の入口に居る俺を見つけると駆け寄ってきて言った。
「今日は何教えてくれるのー?」
「んー、今日は、勉強は無しにして遊ぼう」
 俺は笑って頭を撫でてやりながらそう言った。
「うん、わかった!」
 そう言って子供達は広場の中に向って走って行く、俺はしばらくその様子を黙って眺めていた。
 子供達はいつか教えてやったドッジボールをしていた。
 カズキが広場の隅に落ちていた木の棒を拾って広場の真ん中に四角形に線を引いてゆく、俺も広場の中央へ行き、子供達に混ざってドッジボールをして遊んだ。
 俺は夕食の準備をする為早めに家に戻った、子供達はまだ遊び足りない様だ、カズキが地面に引いた線はもう殆んど消えていて、子供達がしている遊びはいつのまにかドッジボールでは無く、もうただのボールのぶつけ合いになっていた。
「夕飯の準備するからもう少ししたら帰るんだよ」
 広場の入口で振り返り子供達に向って言う。
「はーい!」
 子供達は元気に返事をした。
 家の間の道を抜け村長さんの家に戻る、家の中には村長さんが座っていた、俺は水瓶の前で手と足を洗い家の中に入る。
 村長さんの隣に座って言った。
「あの、昼間の事なんですけど」
 村長さんは何も言わずにこっちを向いた、俺は続けて言う。
「村の外の事、子供達に話しちゃいけないんですか?」
 村長さんは少し困ったようにして言った。
「話ちゃいけないって事もないんだけれども、子供達が村を出で行きたいって言い出すと困った事になるから」
「子供達が村から出ると困るんですか?」
「あの子達はこの村でしか生きていけないがら」
 そこまで言うと村長さんは黙ってしまった、俺は子供達が言っていた大蛇様の事を思い出した。
 あれはきっと子供達が勝手に森に入って危ない目に遭わない為に大人達が言っている噂話だろう。
 だが村の大人達、そして村長さんは子供達がこの村でしか生きていけないとまで言うという事は何かそれ以上の意味があるのだろうか。
「ただいまー!」
 入口の方で声がした、カズキだ、俺はしまったと思って立ち上がると慌てて夕食の準備を始める。
 カズキ、村長さん、そして自分の分の食事を用意すると家の中に運び3人揃って食事を始めた。
「いただきます」
 カズキはあっと言う間に食べ終わって部屋の隅の方に座って線消し遊びを始めた、俺は食事の後片付けをする。
 後片付けを済ませ家の中に戻ると村長さんは将棋盤の前に座っていた、俺もその反対側に座る。
 いつもの様に1局将棋を指す、途中カズキが線消し遊びをしようと誘ってきたが、また今度、と言うとつまらなそうに部屋の隅に戻って行った。
 将棋を指し終えると床に就いた、俺は眠る前に村の事を考える。
 村にとって大蛇様とは何なのだろう、子供達を森に入れない為の噂にしては大人達の信じ方、そして子供達の怖がる様子は少し異常に思えた。
 そんな事を考えていてもしょうがない、村には村の掟があるのだ、そう思うと俺は眠った。