「貴様、裏切ったからにはとうなるか、わかっているな。」
 キャリオットはタワーの一言で我に返っていた。と同時に、タワーへの煮えくり返った怒りも蘇った。
「私の大切なカードはどうした。あれは君が持っていても何の役にも立たないと言っただろう。いい加減に強情を言わないで返してくれたまえ。」
 ルイは優しく囁くよう、しかし威圧感を込めてキャリオットに言って聞かせた。

「ああ、まったく役立たずな代物だったぜ。あれのお陰で死に損なった。」
「どういう意味だ。」
「あのカード、俺を助けると豪語して、何をするかと思ったら、いきなり地面を割って俺を地下水脈に叩きこみやがった。」
 いままで取り澄ましていたルイの表情が変わった。疑念、不快の相である。ムーンはルイの顔色がみるみる青ざめていくのが判った。取り繕った偽善者の笑顔が消え、憤りと焦りが入り交じった生の心が浮かび上がっているのだ。何が彼をそうさせたのかムーンには判らなかった。

「カードの声を聞いたのか。」
 ルイは玉座から腰を浮かせた。今にも食いつきそうな勢いでキャリオットをにらみつけていた。ルイは部外者のムーンでさえ鳥肌が立つ位の敵意がむき出しにされている。しかし、とうのキャリオットはなにも感じていないらしい。なにしろ話しはじめると止まらない男なのだ。
「何の役に立つんだかわけもわからんカード一枚で死に掛けたんじゃ割りが合わないぜ、腹が立ったから用を足したついでに捨ててやった。」ルイはもう爆発寸前だった、そしてキャリオットがとどめを刺した。「欲しけりゃ肥え壷さらってこい。」

 ルイの中で何かが壊れた。そのカードは伝説のカードだ。手にしたものは世界を支配するといわれる、神の力の宿った至宝なのだ。
 見渡す限りの土地を支配し、何万を数える兵を統轄し、剣技知力をもっても並ぶものが無いこの私をして、手に触れることもできない宝が、教養の無い、半人前の腕しか持ち合わせないごろつきに語り掛けただと。
「見え透いた嘘をつくな!本当のことを言え!」
 ルイは激怒して、玉座の肘掛けを叩いた。ムーンは驚いて首をすくめた。キャリオットは逆に、仮面の剥がれたルイを更に挑発した。
「カードの一枚や二枚で目くじら立てるなんざ肝の細いやつだな、あんたも。」
「黙れ!」ついにルイは立ち上がった。戦意を持っていきり立つルイは軍神のような貫禄がある。
「あれを何だと思っている!神のカードだぞ!貴様ごとき下賎な輩に声が聞こえるはずがないのだ!」
「貴様ひょっとして、カードの声を聞いたことがないのか。」
 キャリオットがあえて琴線に触れた。挑発させたら彼の右に出る者はいない。謁見の間での二人の関係は逆転していた。

 キャリオットは鼻で笑った。そしてルイを見つめ、ゆっくり、はっきりと言った。
「貴様、器じゃないんだよ。」
 ルイは玉座を飛び出した。大またでキャリオットの前に立ちふさがり、胸ぐらを掴んでぐいと引き上げ、握り締めたこぶしをキャリオットのあごにたたき込んだ。両手を縛られて受け身も取れないキャリオットは壁にたたきつけられ、床に転がった。ルイは無言でその後を追い、キャリオットに息をつく暇も与えず、二発目、三発目のこぶしを腹に、続け様に撃ち込み、肘で横っ面を打った。キャリオットはまた床に転がった。

「立ち上がれるうちに、許して下さいと言いなさい。」
 タワーが他人事のように呟いた。
 ルイは転がったキャリオットに更に追い打ちをかけんと近づいた。キャリオットは床に転がった姿勢から壁を蹴ってルイに突っ込んだ。大またで不用意に近づくルイは足元をすくわれて転倒した。ルイにダメージはなく、かえって怒りの炎に油を注いだだけだった。ルイはなりふり構わず靴のかかとでキャリオットの背中を踏みつけた。

「許して下さい。」

 呟いたのはムーンだった。僅かな希望に賭けたムーンの読みが的中した。ムーンの腕を締めつけていた綱が、彼女の言葉を聞いて力をなくし、床に落ちた。
 ムーンは悟られないようにこっそりルイを覗き見た。ルイはキャリオットを責め立てる事に気を取られてムーンが自由を取り戻したことには全く気がついていない。ムーンは眠りに入った。
 キャリオットを攻め立てる為に足を振り上げたルイが体のバランスを崩した。ルイが体験した事の無い異様な感覚であった。手足が鉛のように重くなる。悟るより早くルイは転倒した。体が床に張りついて動かない。鉛のように重い首を無理やりねじ曲げて周りを見渡すと、捕虜の娘の縛られていた筈の両手が自由になっている。夢を使ったな。ルイはやっと気がついた。
 もともと転がっていたキャリオットのダメージは少なかった。しかし、同じ超重力に襲われて身動き出来ないことに変わりない。

「”許して下さい”よ。コマンドワードは”許して下さい”なのよ。」ムーンはか細い声帯を振り絞って叫んだ。
「嫌味な奴だ。」キャリオットは苦しんだ。彼にとっては動脈から血を吹き出すより辛い言葉だった。
「許して・・・下さい。」
 キャリオットが苦々しく合い言葉を唱えると、緊縛が解けた。自由になった両手が超重力で床に張りつく。「もういい、止めろ!」キャリオットは高飛車に命じた。ムーンは少し躊躇した。このまま超重力に縛りつけておけば恐ろしいことは起こらない。解けばルイとキャリオット、どちらかが死ぬことになる。しかし、ムーンは夢を戻した。これからはキャリオットの管轄だ。
「許さない。」

 始まりと同じように、一瞬にして超重力が消えた。キャリオットとルイはほとんど同時に跳ね起きた。
「コンクリエーター!」キャリオットが両手を高々と差しあげて叫ぶ。
「白銀の槍、白銀の鎧!」ルイもまた命じる。
 奥の扉をつきやぶって銀色の塊が飛込んで来た。それはルイの手前でばらばらになって生き物のように体を包んだ。時を同じく窓のよろい戸をぶち抜き、シルクのカーテンを引き裂いてキャリオットの愛刀コンクリエーターが飛んできた。コンクリエーターがキャリオットの手の中に納まった時、ルイは鎧を追って飛んできた鉾槍を構えていた。

「タワーに細工させたか。だが、互角だな。」
「腕の勝負だ。」
 キャリオットは有無を言わさずルイの懐に飛込んだ。ルイは一歩下り、石突きで切っ先を払った。キャリオットは返す刀でルイのわき腹へ剣を降り下ろす、しかし、太刀は脇ぎりぎりで寸留めされた。
 コンクリエーターは研ぎ澄まされた剃刀のような刃を持つ剣である。それは生身の肉を裂き、骨まで断つほどの切れ味を持っているが、その分脆さがある。下手に鎧の金具に刃を合わせたら一撃で使いものにならなくなってしまうだろう。キャリオットは愛刀の長所だけでなく欠点も熟知していた。
 コンクリエーターで全身を覆う白銀の鎧に身を包んだルイにダメージを与えるためには鎧の継ぎ目を正確に抜かなければならないのだ。

 しかし、ルイがじっとしているわけではない。武器で致命的なハンデがある事を瞬時に見抜いたルイは鎧の優位を誇って小刻みに動きながら隙を伺った。ルイの鉾槍は握りから刃先までの長さがあるため身の丈程の距離を置かなければ決定的な攻撃が出来ない。お互いの引くタイミングが合ったとき、丸裸に等しいキャリオットは致命的なダメージを受けることになる。
 キャリオットが剣の峰を返し、ルイの小手を殴りつけた。腕のパーツがうわんと唸りを上げ、しびれが体に伝わる。キャリオットは怯んだ隙を見逃さず、再度ヘルメットに一撃を与えた。ルイが頭を抱えてあとずさる。キャリオットは正眼に構えてとどめの場所を探す。首か、腕か、腹か。
 ルイが壁に手をつく。ねじれた腹部の継ぎ目にすき間が出来る。あそこだ。キャリオットが剣を降りかぶる。

 それはルイの狡猾な罠だった。ダメージを受けてよろけた風に見せて間合いを取ったルイの鉾槍が一閃した。キャリオットの肩の肉が削げ、青いマントが真っ二つになって宙に舞った。
 キャリオットの刃は腹部のすき間に僅かに食い込んだだけで、ルイの体まで届いていなかった。キャリオットは腹に足を掛けて蹴り飛ばし、切っ先を引き抜いた。距離を取って正眼に構え、牽制しながら刃の状態を確認すると、コンクリエーターの真ん中辺り、一番切れる部分の刃が欠けてしまっていた。
 二人の間に距離が出来た。ルイに有利である。キャリオットが再び有効な攻撃をしかけるためにはまた鉾槍の刃をくぐり抜けて懐に飛込まなければならない。

 ルイの息が荒い。歳の差もさることながら、鎧の重量が体力を削る。長期戦になればルイは不利になる。長年の実戦経験がルイに忠告する。次の一撃でしとめろと。
 一方のキャリオットは、経験より主義主張で戦闘スタイルを決める。長々戦うのは性に合わない。一気にかたを付けてやると決めていた。

 ルイが鉾槍を頭上に掲げ、突いてきた。キャリオットは身軽にそれを避けた。鉾槍には突く刃となぎ払う刃の2種類がついている。ルイは流れるように連続して二つの刃を使い分けてきた。二撃目もキャリオットは難なくかわした。続けて懐に飛込む。刃は返されていない。
 欠けてしまってかえって諦めがついた。この場でコンクリエーターが再起不能になっても構わない。キャリオットはルイの肩口から袈裟掛けに斬り下ろした。肩のパーツが二つに割れて、肩からけい動脈がむき出しになるが、この一撃ではダメージは与えられていなかった。
 これで次に狙うところが決まった。ルイの命にも王手がかかったのだ。

 コンクリエーターが小さく振られた。もう満身の力を込める必要はない、細い一本の線さえ断ち切ればこの勝負にもけりがつく。キャリオットの腕が伸びる。コンクリエーターの刃は鋭い。けい動脈を断ち切るためには剣の切っ先が触れればいいのだ。

 ルイもまた勝利を確信していた。キャリオットと言う男、身の軽さ、攻撃の正確さでは確かに素質がある。しかし、若い。ぎりぎりの勝負を左右するのは力でも技でもない、勝負強さだということが判っていない。狙う場所が限定されればすなわち攻撃に出る動きを見切るのもたやすいということに気がつかないのがキャリオットの敗因なのだ。

 とにかく狙った場所に剣を当てようとする焦りが不自然な動きを呼ぶ。ほらみたことか、無理をして伸び上がったものだから背中が隙だらけだ。ルイが身を翻す。キャリオットの剣が空を斬り、がら空きの背中がルイの目の前に奉じられた。
 鉾槍の握りを背中に当てると、キャリオットの体が後ろに押されてよろめく、立ち直ろうとするが遅い。剣のすき間を縫って鉾槍が突っ込まれた。確かな手ごたえ、鉾槍の突く刃がろっ骨に触れる。キャリオットが苦痛の唸りを上げた。

「これまでだ。」

 ルイは鉾槍の先端をかき回す。キャリオットは既に悶絶している。とどめを刺す為に鉾槍を一度引き抜いた。
 キャリオットは足元に転がっている。深手を負ったキャリオットにはもうルイを幻惑するような激しい動きは出来ない。ルイは心臓の位置を確認し、両手で鉾槍を構えた。


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うん、たぶんここら辺はもったいない

描写増やして倍くらいの文章量にしてもいい…はず