部屋の掃除をした。久しぶりだった。
部屋の状況は気持ちの表れではないかなと思う。
ずいぶん汚い部屋だった。異臭すらしてた。
いろいろあった。
ここに書き込んでいない間、それはもういろいろあった。
とりあえず一番大きな出来事を書こう。
結婚するようです。自分。
五月に私の両親に挨拶をすると。そういうわけです。
挨拶を一通り済ませた後は、今後のことをじっくり考えていかなきゃいけないのかなと思う。
むしろそこからが大変ですね。
本当に沢山のことがあった相手。
ここに散々悪口を書き綴ってきた相手。
もう無理だと何度も何度も思った相手。
そんな相手と、私は結婚するようです。w
人生はどうなるか分からないものですね。
それでいいのかと自分に問いかけてみても、なぜだか答えが出ないのです。
もちろん不安だらけです。
喧嘩が絶えないんではないか。
やっぱり嫌だと思ってももう後戻りが難しい。
子どもができれば、その狭間で苦しむのではないか。
そう思うけれど
そりゃあ楽しく仲良く幸せになれればと思います普通に。
賭けて見ようかなって、一種の博打的な気分です。
そんなんでいいのかと言われればよくないし
それもアリなんじゃんと言われればアリだし。
例え失敗だったとしても
まぁそういう結果になったのか、しょうがないって
すんなり思えるくらいに、あまり後悔を残さないように
ちょっと頑張ってみようと思う。
けれどまぁ、一緒になるのはまだまだとうぶん先ではあるし
挨拶をしたらもう引き返せないけれど、
この調子を保っていければ、たぶんなるようになるんでしょう。
なんとまぁ楽観的かもしれないけれど
もし本当に選んではいけない相手だったら、
きっと天国のおばあちゃんがそうならないようにしてくれるんじゃないかなって
そう思うんです。
仕事が決まったときも
仕事が変わるときも
きっとおばあちゃんがそういう風にしてくれたんだから
きっと意味のあることだろう、と。
これが正解だからとこうなったんだろうって、
そう思うんですよね。
結果的に例えば仕事が変わってよかったと思うし、
今の環境は悪くないし。
馬鹿みたいに、そっかだからこうなったんだ、おばあちゃんありがとうって
勝手に思い込むんですよね。
現に、いまの今まで、大きな失敗ってのはない気がする。
けれど、どうかな。
もう大人だし、成人したし、社会人だし、
もうおばあちゃんは手を貸してくれないかもしれない。
そう思うときもあります。
ちょっと哀しいけど。
それでもきっとそれにも意味があるんじゃないかなって
あばあちゃんの意思なら信じようって
これまたアホみたいに考えてるんです。
この考え方はどうなんだろう。
結局精神的な問題だろうけど、まぁこう思っても思わなくても
いろいろ良い方向にいくならOKじゃないかな。
話はそれたけど
まぁこんな感じで、今後、どんな展開を見せるか
怖いけど待つのみです。