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Dのサレ妻日記

幸せだと信じ四半世紀。
ところが一変、夫の10年近くの不貞に気づきどん底へ。

再構築目指すものの、始めて僅か数日で「無理そ」と思ってしまいました。頑張ります


万博のフランス館🇫🇷の展示品より。



        宝石ブルー宝石赤宝石紫宝石緑



私の伯父にあたる方。


この方は起業し、一代で結構な財を築き、伯母は最後まで片腕として経営に貢献していました。




最初は夫婦のみで。

少しずつ経営が軌道に乗り、みるみる生活が向上していきました。




別荘を何軒も所有し、中でもバブルの頃に人気の高かった苗場プリンス前のゲレンデ近くにある別荘は豪華で、私達も毎年冬休みに親族で招待され休みを過ごしていたのですが、その間に何度もホテルと間違えて来る人がいた程でした。




外国のプロスキーヤー⛷️の友人達が来て集まっていたりとにかく華やか✨




夏は伊豆で従兄弟の操縦するクルーザーに乗せて貰ったり、蓼科に避暑に行ったり。




子どもの頃は恒例行事だった為何とも思いませんでしたが、今思えば、育児放棄した父を持つ我が家のみではおよそ享受出来ない贅沢をさせて頂いてました。




伯父一家はいつ見てもリッチで仲良く、伯母はいつもニコニコして優しい印象でしたが、ある日知ってしまったのです。





実は伯父に愛人がいて、伯母は散々泣かされていたと。




いつ会っても豪快にお金を使ってる印象の伯母でしたが、あれは自棄になった伯母の気分転換でした。




伯父の不倫はある日突然終わりました。




なんと、愛人を助手席に乗せたまま交通事故を起こしたそうです。




怪我人はいなかったものの、死ぬ思いをした伯父は、目が覚めた様です。





そこから苦労して再構築し、子ども達も結婚し、孫が出来たり新たな幸せを築いている様に見えましたが、長寿の家系のはずの伯父は60歳で癌が判明し、3か月後には亡くなってしまいました。





伯父は生きる希望はあり、割と最後まで元気に見えましたが、あっけなく亡くなりました。




伯母は最後まで伯父を愛していたのでしょう、出来る治療は全て施し、子ども達でさえこれ以上は..,,と止めても治療法を探すほどで、伯父が亡くなった時は号泣でした。





家族仲良く完璧に見えていましたが、ここからも大変でした。





元々仕事が減っていた中、社長を亡くした会社はすぐに経営悪化。相続税の問題もあり、別荘や自社ビルを手放したのを始めとし、転落していきます。




伯母が社長となり努力するも、時代も変わりビジネスモデルが通用しなくなったのか?




その上、子ども達はそれぞれ生活を伯父に依存しており、何人もいる孫の私立の学費の捻出も負担になってきた。




そんな折に、60過ぎた伯母がなんと若い芸人に入れ込んでしまいました。




今で言う推し活?に家の財産を次々と注ぎ込み、従姉妹は大慌て。




伯母は久々の恋にのめり込んでしまった様です。




結局最後には自宅も手放し、財産を全て失いました。



ただ、伯父夫婦は築いた物を消費して亡くなったと言えるので、ある意味“Die with Zero“なのかな?




このケースでは、浮気した伯父は好きな事して幸せな内に亡くなりました。




伯母は誠心誠意献身し、裏切られた。





最後には伯父は戻って来たけれど、赦せたのでしょうか?




昔の方が今より浮気許容文化だったと思うので、赦せたのでしょうか?




今はホワイト社会。男女平等ですので浮気など不潔で汚らわしく赦せないものと言う共通認識が優勢になりつつあると思います。




これからの女性はしっかり婚前契約を結び、結婚後10年以上経ち夫が色ボケた場合に自分と子ども(いれば...)が窮地に立たされない様にしっかり防衛しておく事、



また、年に一度は色ボケが与える影響を夫に教えておいてあげる時間を持つ様にする事をお勧めしますニコニコ