信頼される人間になろう。
出会いに感謝し、相手が幸せになるよう心から祈る。

自分と相手と第三者のメリットを同時に考えて事を進める事。

人を大切にする。

偉い人には偉くない人に接するように(横柄とは違う。卑屈なならず礼を尽くして対等に)、偉くない人には偉い人に接するように振る舞う。
それぞれがそういう扱いをされたいもの。

対等に礼儀正しく接する。
自分の尊厳を守って付き合う。
へりくだってセールスマンのようになってはいけない。
人によって態度を変えない人との評価を得、ひとかどの人間だと思われる。

利害関係のない第三者への接し方で、裏表のある人間か、そうでないかが分かる。
例)レストランのウエイターに対する態度。店員に対する態度。
ギャンブルやゲームは専ら無駄なことではない。
ギャンブルやゲームは、決断力を養うのに寄与する。
人生に生きる時、気取ったり、ぶったりしなければ、どれだけ心に余裕ができるかわからない。
いづれも柄でもないのに、他人を意識して、自分を良く見せようとしてかっこをつけること。(いい子ちゃん主義)
他人を意識する限り、自分の心の視点は自分にあるのではなく、他人の側にある。
ところが他人は自分ではない。
自分ではない他人が何を考え、どう動くかは分からない。
だから、いつもいつも他人の言動が気になってしまう。
また、他人の心は覗けない。
だから、いつもいつも他人の心の中を推測することになる。
推測はどんどん広がっていくものだ。
推測と柄でもない自分作りが追いかけっこする。
その時その時、一時の満足は、実は虚しい自己満足だ。
行けども行けども、心が満たされることはない。それでも気になることばかり。
その度に自分の神経は、自分でない者のために、或いは、幻の自分を追いかけて、いつも張り詰めていくことになる。
それは、気がつくとか、気配りとは別のものだ。
全ては自分にとってマイナスと感じ、それを補うために、知らなくていいことまで知ろうとして焦りとなる。
ついには神経過敏となる。
神経過敏となれば、ちょっとしたことが自分の負い目と映り、不利なことばかりが拡大されて大問題となり、心の負担は益々大きい。
やがて深い穴ぐらに落ち込んで、何も見えず、何も聞こえず、一人ぼっちを全身に受けて、必要以上に自己防衛的となる。心がグルグルと回って、手も足も出ないと感じた時、病気となる。
全ては、必要以上に自分を装おうとして自分の心をせわしくしてしまうことからくる。
自分の人生は、どうあっても一回限りの自分の人生だ。自分は自分以外では
在り得ない。
それならば、自分の心は、不安定な他人の中でなく、自分自身の中に、しっかりと自分自身の心のイカリを下ろしておくことだ。
どんな形、境遇であろうと、自分は自分なんだ。
どっしりと開き直れ!
よそ事に自分を染めるのでなく、視点を自分に見据えた時、自分のまわり360度がぐるりと見えてくる。

中村天風