この時期はどうしても
新しい事が始まる事が多くて
どうしても自分の中で、
劇的な変化を期待しちゃいます。
毎日過ごす中で
「これまでにないくらいの
衝撃的な出来事が起こるのではないか…?」
そんな淡い期待を抱いたりしています。
そんな僕ですから、
人が望む出来事を聞くのは嫌いではありません。
ただ
「人事を尽くして、天命を待つ」
という言葉があるように、
衝撃的な出来事が起こるには
これまでの中で何度も伏線というものではないかと思います。
いわゆる「フラグ」ってやつですね。
そのフラグを回収するのはいつなのか、
仕掛けた本人が気づかないのであれば
誰にもわからないような気がします。
今日、友達の悩みを聞いててそう思いました。
友「○○になりたいんだけど、どうしたらいいかな?」
私「○○になるには何をしたらなれると思う?」
友「それは▲▲▲することだと思うよー!」
私「じゃあ今夜から▲▲▲をはじめてみたら」
こんな感じのやりとりでした。
つまり友達のゴールは○○で
その為には▲▲▲をしていく必要がある。
だから単純に▲▲▲をはじめてみたら…という答えになりました。
もちろん、本来のやり取りはここまでドライではないとは思ってるんですが…
実際の所、
▲▲▲をやった後の質問ではなく
▲▲▲という行動する前の質問だったから
やるべき事をまずしてみて考えてみたらと思ったんです。
話をしながら自分自身にも当てはめて
まだできてないままの事があるのに悩んでるなーなんて考えていました。
つまり、
やるべき事が自分の中で思ってるなら
とにかくそれをやってみてから考えようって事です。
そのやるべき事がゴールへのフラグか
はたまたちょっとした回り道になるのかどうかは
わからないけど、
何もしないでいるよりはいいのかなと思います。
だからこそ、周りや環境に期待する事もいいけど
それは裏切られてしまう方が多くて
それなら自分自身の足で少しずつでも進んだ分の方が確実のように感じています。
周りからみる「自分」を演じてる日々の中で
自分自身の行動だけは嘘はつかないと思います。
だからこそ、
自分が思うしたい事
やりたい事を
やってみて、自分がどんな風に進んだか確認してもいいと思います。
だって自分自身でも
自分のこれからは想像することはできても
今すぐ体験できるものではないから。
それならいっそ
周りへの期待をするのではなくて
自分の行動を期待した方がよっぽどいいのかな?
なんて思います。
DAI