どうも、非リアの方の副代表です。
題名は去年の三田期間、わかるひとにはわかる話です笑笑
ついに日吉での通しや本コマ、ホコマを全て終え、三田入りですねえ、、、
三田祭ADの動画見返して、半袖だなあって思ったりしてました。三田キャンはえぐ寒いので皆さん風邪ひかないようにしましょうね。
はい、改めまして、いっちゃんからバトンをいただきましたなぎです。-est 2018では、OPとpunking, girlsに出て、今年で3回目のアウトロ係をやっています。コマ生ですが、僭越ながら、こうしてコマ責ブログに何食わぬ顔で登場させていただいております。恐縮はしていません。
春パ 1年生lockではいっちゃんの斜め後ろで踊ってました。2列目。
いっちゃんは1年生の頃からgirlsコマで一緒です。-est 2016girlsのイントロではシンメでした。探してください。カミテ金髪ボブがいつき、シモテ黒髪ボブがなぎです。今年のガールズコマではさえさんピラでシンメです。かみてショートが私、しもてショートがいつきです。体型も似てるのでシンメになりがち
こんてんつ!
1、自己紹介、私がいまに至るまで。そして自分にとってダンスって何かを見つけるまで
🔺これは無駄に長くなっちゃったので私に興味がある人だけ読んでください。笑
2、伝えたいこと。好きなことと責任の話。
この2本立てでいこうと思います!よろしく!
1、自己紹介
池内汀(いけうちなぎさ)
神奈川県は相模湾沿い、辻堂に住んでます。海岸まで歩いて5分、江ノ島までチャリで20分のところに父母兄と住んでいます。誰もサーフィンはできません。が、ロングボードが家にあります。🏄♂️
Bruno Marsが大好き、あとはEd sheeran、サカナクションとかもよく聴いてます
みずたにと同じ 1998/03/05に生まれました
小1~小でバレエ、小3~5でリズムダンスを地元の公民館でゆるーく習ってました。ハイスクールミュージカル大好きマンでした。
中学時代。
地元の中学でした。本当はダンスしたくてお母さんにスタジオ通いたいって言ったのですが、受験のこととかお金のこととか考えると部活がいいんじゃない?といわれ、あっさり吹奏楽部に入りました(アルトサックス)。
中学生の頃はアメブロとMTVとyoutubeにハマり、自分の好きな洋楽をひたすらに記録するブログを書いてました。ブログ改造とかめっちゃしてました。MTVではUStop50と、America’s Best Dance Crew、モデルの卵がマウンティングしまくる番組をよく見ていました。
Brunoのファンになったのはこの頃からです。ファンっていうかオタク。
高校受験。
勉強も結構頑張っていた私は、神奈川県内レベルの模試ではよく無双していました。親と塾講師に勧められるがままに第一志望を地元のトップ校・県立湘南高校(まっさーの母校)に設定し、毎日塾通いしてました。受かる自信しかありませんでした。判定も常に一番上だったし。で、まあ、試験当日に大コケし、結果まっさーの母校には落ちて、私立山手学院という県立落ちが集まる横浜の中高一貫校にたどり着きました。
高校時代。
高校ではダンス部に入りました。ダンス部では副部長をやり、一個下のダンス上手いこ達と喧嘩もしながら、元気に踊ってました。ゴマアザラシに似てることから同期にごまちゃん、ごまたんと呼ばれながら、シャカリキなヒップホップを踊ったり作ったりしてました。
去年の連盟freestyle講師、Glamのあやかさん(ADL)は部活のOGです。永遠の憧れ。
高校時代はひたすらに、ADLのファンでした。あやか先輩いたし。あやか先輩を拝見しにいった公演で、かなり衝撃を受け、絶対にADLに入ることを誓いました。あと、菅原小春さんとか、WODとか、urban dance campとの動画をひたすらにみていたのはこの頃です
人生二度目の受験期。
ADLであやか先輩のfreestyleコマを受けることをモチベに受験勉強を頑張った私は、高校受験の雪辱を晴らすかの如く見事全勝し、もちろん第一志望の早稲田政経にも受かりました。あの学費の無駄遣い権現な校舎を使いたいっていう理由だけで第一志望にしてました。しかしながら、辻堂から高田馬場は遠すぎたので、比較的近い慶應経済への進学を選びました。馬場に比べれば日吉なんてちょろい
さあ、大学に入った!
ADLの体験1日であやか先輩のfreestyleコマを2回も受け、っしゃあADLerとしてバチコリやるぞっていう気持ちでいっぱいだった私ですが、そこで衝撃の事実を知ります
「後期の練習拠点、八王子だよ」
遠すぎわろつぁ、
「インカレだと学校に友達出来なくなるよ」
ないったーーーーーー
「慶應だったらesあるじゃん!あそこはまじで良い!」
ふむふむ
はいADL志望やめました、こればかりは結構悩みましたが
おすすめはesかあと思いつつ、リボルブの二個上に山手ダンス部の先輩がいたので、その先輩に毎日長文ラインで相談しながら、esとリボの体験コマをハシゴしてました
esを選んだ決め手は体験コマです、死ぬほど楽しかった
9期たいしさんに、体験コマ後に腕回しを教えてもらい、君はesだよって言われたのを今でも鮮明に覚えてます
コマの活気えげつないし、先輩超教えてくれるし、名前覚えてくれるし、私ここで踊ろうって気持ちでいっぱいになりました
てな感じで、途中からes一筋になり、ドキドキしながらメールを送ったわけです
今振り返ってみると、流れに身を任せまくる人生だな笑、
でもesへの入サーだけは、自分で本気で考えて決めたことでした。入れてほんと嬉しかった
大学1年生。
punkingの基礎練をメインにめちゃめちゃ練習する日々。しかし、相変わらずfreestyleは大好き。freestyleの外部ナンバーに出てみたりする。
大学2年生。
よしこの1年で相当練習して、punkingも上手くなってるはず!二年生も失速せずに頑張るぞ!!と思っていました。最初は。
二年春ぱ、クソ。見たくない。
二年クライベ、腕がクソ。見たくない。
二年矢上、同期のコマなのでのびのびしているが、下手すぎ
二年三田AD、死ぬほど下手!ぶん殴ってやりたい。
二年OPオーデ、フィードバックで、なぎの踊り方にはオールジャンルに必要なpunkingらしさが足りないと言われる。知ってる!
OPのフィードバックは図星すぎて辛かったです、今までの一年半の努力を正面から否定された気分になりました。初めてにして1番の挫折だったと思います。
と同時に、ここでは一途にpunkingらしいpunkingじゃないと認められないんだな、自分はやってけないわという思考に逃げ始めました。笑
1年生の春合宿でイキってた自分からは想像できないほどに、自信喪失してました。まじでes嫌い、振り見動画見たくない、構成が入ったり変わるたびに勘くぐって死にたくなる。
punking楽しくない。punking嫌い。ダンスツマンネ!(りょこさんあんゆりさん、根元腐った状態でコマ受けて本当にごめんなさい)
私はこのままesでpunkingを頑張るべきなのか、なんか最近ダンス楽しくないぞ。。。?ともやもやしているときに丁度よく、Hikariさんという(freestyle?かな?)方のWSがあったので参加しました。
そこで使った曲が、サヨナラColorという曲だったのですが、その歌詞も振りも刺さりすぎたんですね、グサグサに刺さってWS中に泣きそうになりました
歌詞です
そこから旅立つことは
とても力がいるよ
波風立てられること
嫌う人ばかりで
でも 君はそれでいいの?
楽がしたかっただけなの?
僕を騙していいけど
自分はもう 騙さないで
esにはない踊りだから、esで忙しいから、いろんな言い訳をして、自分を騙して、自分の好きなことに挑戦することから逃げている自分がいました。それだけでなく、自分はpunking一筋になれないから認めてもらえないんだ、苦しいわあとか、言い訳の塗り重ねみたいな考えまで持っちゃってました。だっさ。
このWSをきっかけに、ずっとやりたいって思ってたフリースタイルのレッスンに通ってみたりして、自分の好きを追い求めました。
その期間、自分の好きなスタイルと向き合ったことで、自分にとってダンスがどれだけ大切なものなのかを思い出しました。
私にとってダンスとは、自己表現・感情表現のツールだということを知りました。
小さい頃から遠慮がちな性格で、自分の思ってること、わたしはこうしたいんだっていうことを、言葉で伝えるのが本当に苦手だったんですね。わがままもあんまり言わないし喧嘩もしないし、お母さんにお悩み相談することも昔から全然ありません。
だけど、ダンスを通して、感情をビシバシ伝えてくるfreestyleのダンサーをみて、これだ!!これなら自己表現できる!!て思ったんですね
だからそれを大切に、踊ってました。
特に三田ガールズの振り見とかでも、私はこの音はこうだと思うから、この踊り方が私だと思うから、この服装がカッコいいと思うからって、多少崩れても気にせずに徹底的に自分を表現することにこだわってました。真似するだけじゃなくて、それで位置もらえなくてもいいやって
今考えると面倒なコマ生です。指定は守りなさい。笑
でもそれが楽しかったんです、自分に甘くて楽しい方が頑張れるタイプなので、結果オーライです。
自分にとってのダンス を見つけてからはダンスが本当に楽しかったです。おかげさまでこの1年くらいで急成長できたと思ってます。わーい
今年の三田パンの最初のコマで、自己紹介のときに三田祭の目標を言おうっていうのがあったんですね
とってもいいコマだよなあ
そこで、私は、「誰かの心に届く踊りをする」ことを目標にしているといいました
私はこの三田祭で、身内で完結する踊りではなく、全然知らないお客さんにも伝わる踊りをしたいと思ってます。私について何も知らない人にも伝わるような、自己表現・感情表現です。この1年間大切にしてきた自分にとってのダンスの意味を、体現できるように頑張ります(^o^)イェーイ
次!!!私に興味ないひとも読んでください!笑
2、伝えたいこと
私のesの好きなところの一つに、「esが組織である 」という点があります。
組織の定義付けの一つに、組織の三要素というものがあって、
・共通の目的をもっている(組織目的)
・お互いに協力する意思をもっている(貢献意欲)
・円滑なコミュニケーションがとれる(情報共有)
この3つが揃って始めて組織だよっていうことらしいです
esって集団じゃなくて、組織なんですよね
ダンスを目的に集まって、自分以外のためにダンスを教えたり係の仕事頑張ったりして、期・ジャンルを超えてコミュニケーションを取る機会がちゃんとある
これってなかなかすごいことだと思います。
特に、貢献意識については本当にesはすごいと思います。
これは私が1年生のとき、9期のはまだゆうさんが4年生スピーチかなにかでお話してくださった話を今でもよく思い出します
今自分がesでダンスできる環境は、施設係が施設取ってくれて、備品管理してくれる備品係がいるからあるんだな。あ企画部が企画した打ち上げのおかげで私この人と仲良くなれたな、とか、協賛金係が案件を繋いでくれるから今外部施設使えてるんだ。とか、(あげたらキリがないんですが、、、笑みんないつもありがとう)
こんな風に、私1人がいま、esでコマを受けて三田祭に出ようとしている、この足元は、数え切れないほどの貢献意欲が集まってできてるんです。
すげえ
しかも引き継ぎと試行錯誤を繰り返して、システム改善されてる
もっとすげえ
代表陣をやらせてもらえたから、この1年で余計強く感じました。みんなありがとう。係じゃなくても通し後に忘れ物確認してくれる子とか、いつもスピーカーを運んでくれる一年生とか、esを守り続けてきた先輩方、それ以外にももっと沢山、たくさん感謝です!
さて本題:好きなことと責任の話!どーん!
責任とか言っちゃってthe説教みたいなタイトルだけどよんでほすぃ
けいさんがesは今過渡期にあるって言っていましたが、私も、今いろんな変化がesで起きてると思います
その一つに、esの枠にはまらず、もっと広い視野を持って、自分の好きなダンスを追い求める潮流があると思ってます!
余談ですが、私13期の矢上hiphopに完全に惚れ惚れとしております
好きを追い求めて、それを持ち帰ってesのショーケースとして昇華させててすげえって思いました。ていうか単純に、ツボです。
他にもあーこの人こういうスタイルが好きなのかなーとか他ジャンながらに思うこともあったりします
外部ナンバーに出てみたり、レッスン行ってみたり、いろんな形で刺激を求める人がゴロゴロいるんですね、いまesには。これってひと昔とちょっと違うとこだと思ってます。すごいなあ
でもやっぱりその中で、esという組織の一員としての責任を忘れちゃいけないと思うんですよね
やると決めたなら、やりきる。振り練おろそかにしないとかね。これは当たり前。
今回もっと踏み込んで伝えたいことは、
自分がesのなかで果たすべき役割、責任を忘れないでほしい。ということです
あなたが今この三田祭に出る意味って何ですか?
踊ることが楽しいから、いつも取ってるコマだから三田祭もなんとなく。色々あると思います。
それはきっと自分にとっての意味。
実は、自分にとっての意味以外にも、対外的な意味があるんですね。
自分がいるだけで、コマ責がやりたいことの実現可能性が広がるかもしれない
来年運営代を迎える前に、一個上のコマ運営をしっかり見届けよう。
自分がこのショーケースでこの役割を果たすことで、このジャンルの来年の姿が変わるかもしれない。などなど。。。
よくよく考えてみればコマ生が持ってる影響力ってすごいんですよ
esが進化して行く過程で、コマ生による影響力は必要不可欠なものだし、esに所属している以上(微微たるものかもしれないけど)影響力を発揮する責任があると思うんですね。
今自分はやりたいことがあるから、esから距離を置きたい
その選択を否定してるわけじゃないです。むしろすごいなっておもいます。そういう選択に踏み切ることはとっても勇気がいることだし。
ただ、一度立ち止まって考えて欲しい
去年のクライベ、2年生がたくさん教えてくれてちょっとだけ上手くなったわ、
新歓の時のこの人が本当にかっこよくて、私このジャンル始めたんだ
今年の春パ出なかったら、来年どうやって作ればいいかわからないじゃん、
このジャンルの先輩とたくさんご飯行ったから、考えが変わったこともあるな
とかね
去年10期あゆみさんが、先輩から教わったものはただ下に伝えるだけじゃなくて、自分の分上乗せして下に伝えなきゃダメって話してましたね
要するに、そういうことです
当たり前のように日々起きている、このつながりの重なりで、esが成立してて、かつ進化している。
さっき言った係の仕事、貢献意欲の話と同じことです。
esの理念の1つである「面倒見の良さ」は突発的に出来上がったものではなく、この14年間で脈々と引き継がれ上塗りを重ねて出来上がった、熟成ものかつ成長過程のシステムです。
自分はその恩恵に浸っている。じゃあ今度は自分がそのつながりを作るんだ。という意識をもってもらいたい!
コマ責だけじゃなくて、コマ生も未来のesの土台を作ってるんです。コマ責はもちろん、コマ生が自分の役割・責任をしっかり果たすことは、遠かれ近かれ将来のesの幹となり枝となります。
なんでわざわざこんな話をするかって、過去の私がちゃんとわかっていなかったからです。
私は一年生の時クライベ矢上三田としっかりgirls/punkingを兼ジャンしてました。三田祭ではちゃっかり、なかみゆさんのOPgirlsにも出てました。
その頃の私は、どっちのコマも大好きで、「主ジャン・兼ジャン先」という概念を受け付けてませんでした。なぎは結局どっち主ジャンなの?と言われるたびに、どっちも!って思ってる子でした。なんなら1イベもどっちでるか相当悩みました。
私が変わったのは運営代が11期に移った時でした。
私がなんでgirls始めたかって、ひろさんにめちゃめちゃ憧れてたからなんですね。だから振付かわるし、ガールズ、いいや、お腹いっぱいって思っちゃったんです。だから2年に新歓は出なかったし、同期が作る矢上にも出ませんでした。
運営代になってからその傾向に拍車がかかり、新歓もクライベも出ませんでした。三田祭で初めてはるなとかすみんのコマ受けます。いつきのコマは受けたことありません。
Girlsの同期が少ないことはわかっていたし、なかみゆさんにOPgirlsで教えてもらったことは、12期では私しか知らないこともわかっていました。
でも、どうせ主ジャンじゃないし、コマせきやらないし、としか思っておらずあんまりes girlsの今後を考えてなかったんですね。浅はかだなあ
(ま、私いなくても12期girlsは立派に素敵なショーを作りあげていましたが)
もっとコマ生としてesのgirlsに貢献できたんじゃないかなって最近になってよく思います。(余計なお世話かも)
きっとコマ生が持つ影響力、先輩からいただいたものを受け継ぐ責任に早く気づいていればこんなことにはならなかったなあ!!て感じです!
esの既存枠にとらわれず色々挑戦することはとってもいいことでこれからももっと挑戦していってほしいです。これはesの進化に絶対必要なこと。だから12期の目標に掲げました。
だけど、自分が育った足元を忘れないでほしい
ちゃんと、将来世代のために土を耕す責任があるんです。当事者意識ですね。esの成長も じぶんごと として考えて欲しいです。
それはコマ責として、いい振り作ったりコマ生と向き合ってパートを任せるだけでなく、コマ生としてどんなに小さなことでもいいから、コマやジャンルでの自分の役割を真剣に考えて、それを果たすことに繋がるはずです。
------
いやあ本当に長い。誰かに要約してほしい。。。
文章書くのも苦手だし、伝わったかな。。。?
三田始まった頃は、私コマせき会議いていいんかな、コマせきやってない私はコマせきブログ書くのかなあ、とかぼんやり不安に思っていたくせに、図々しくも長々と書いてしまいました。。。
こんな図々しくなれたのは、サークル員の支えのおかげです。自分が、かっこよすぎるコマ責曲責に肩を並べても全然恥ずかしくない副代表である!という自信をつけることができたのは皆さんのおかげです!!ありがとうございます
特に同期はとっても暖かくて大好きです
同期にめちゃめちゃ甘やかされて生きてきました、たくさん褒めてくれてありがとう
普通に大好き、お互いに認め合いつつ心の中でたくさんメラメラしてる素敵なぬるま湯です♨︎
みんなが頑張ってるから私もダンス頑張りました、1イベで負けて、みんなでめちゃめちゃ悔しい思いしたのも懐かしいね、私はあの時から春パで絶対いいもの作る!ってメラメラしてました
コマセキ曲責のみなさん、ポンコツ運営に文句も言わず、しっかり最高の作品を作ってくだりありがとうございます。どのコマ生よりも、一番近い立場で、最高の-est 2018が出来上がっていく様子を見ることができて、私は幸せ者です。
はやおさん、けいさん、まなふぃーさん
11期代表陣にありえん支えられまくりました、11期代表陣が3人でよかった。。。たくさんありがとうございます!あとちょっとよろしくおねがいします!
さてさて、お次は!!!
1イベ総代、矢上係、代表陣と、大きい仕事するときは常に私の隣にいたあのお方!
隣に立つと、こいつの方が可愛い可愛い言われるので、私が不貞腐れることもしばしば
日本語不自由ながらも、常に12期の先頭に立ち、運営面でもダンス面でも私たちを引っ張る姿はやっぱりかっこいい◎
沢山のプレッシャーを跳ね除けてよく頑張ってくれました
サークル員の愛情を一身に浴び続ける我らが代表の登場です!!
題名は去年の三田期間、わかるひとにはわかる話です笑笑
ついに日吉での通しや本コマ、ホコマを全て終え、三田入りですねえ、、、
三田祭ADの動画見返して、半袖だなあって思ったりしてました。三田キャンはえぐ寒いので皆さん風邪ひかないようにしましょうね。
はい、改めまして、いっちゃんからバトンをいただきましたなぎです。-est 2018では、OPとpunking, girlsに出て、今年で3回目のアウトロ係をやっています。コマ生ですが、僭越ながら、こうしてコマ責ブログに何食わぬ顔で登場させていただいております。恐縮はしていません。
春パ 1年生lockではいっちゃんの斜め後ろで踊ってました。2列目。
いっちゃんは1年生の頃からgirlsコマで一緒です。-est 2016girlsのイントロではシンメでした。探してください。カミテ金髪ボブがいつき、シモテ黒髪ボブがなぎです。今年のガールズコマではさえさんピラでシンメです。かみてショートが私、しもてショートがいつきです。体型も似てるのでシンメになりがち
こんてんつ!
1、自己紹介、私がいまに至るまで。そして自分にとってダンスって何かを見つけるまで
🔺これは無駄に長くなっちゃったので私に興味がある人だけ読んでください。笑
2、伝えたいこと。好きなことと責任の話。
この2本立てでいこうと思います!よろしく!
1、自己紹介
池内汀(いけうちなぎさ)
神奈川県は相模湾沿い、辻堂に住んでます。海岸まで歩いて5分、江ノ島までチャリで20分のところに父母兄と住んでいます。誰もサーフィンはできません。が、ロングボードが家にあります。🏄♂️
Bruno Marsが大好き、あとはEd sheeran、サカナクションとかもよく聴いてます
みずたにと同じ 1998/03/05に生まれました
小1~小でバレエ、小3~5でリズムダンスを地元の公民館でゆるーく習ってました。ハイスクールミュージカル大好きマンでした。
中学時代。
地元の中学でした。本当はダンスしたくてお母さんにスタジオ通いたいって言ったのですが、受験のこととかお金のこととか考えると部活がいいんじゃない?といわれ、あっさり吹奏楽部に入りました(アルトサックス)。
中学生の頃はアメブロとMTVとyoutubeにハマり、自分の好きな洋楽をひたすらに記録するブログを書いてました。ブログ改造とかめっちゃしてました。MTVではUStop50と、America’s Best Dance Crew、モデルの卵がマウンティングしまくる番組をよく見ていました。
Brunoのファンになったのはこの頃からです。ファンっていうかオタク。
高校受験。
勉強も結構頑張っていた私は、神奈川県内レベルの模試ではよく無双していました。親と塾講師に勧められるがままに第一志望を地元のトップ校・県立湘南高校(まっさーの母校)に設定し、毎日塾通いしてました。受かる自信しかありませんでした。判定も常に一番上だったし。で、まあ、試験当日に大コケし、結果まっさーの母校には落ちて、私立山手学院という県立落ちが集まる横浜の中高一貫校にたどり着きました。
高校時代。
高校ではダンス部に入りました。ダンス部では副部長をやり、一個下のダンス上手いこ達と喧嘩もしながら、元気に踊ってました。ゴマアザラシに似てることから同期にごまちゃん、ごまたんと呼ばれながら、シャカリキなヒップホップを踊ったり作ったりしてました。
去年の連盟freestyle講師、Glamのあやかさん(ADL)は部活のOGです。永遠の憧れ。
高校時代はひたすらに、ADLのファンでした。あやか先輩いたし。あやか先輩を拝見しにいった公演で、かなり衝撃を受け、絶対にADLに入ることを誓いました。あと、菅原小春さんとか、WODとか、urban dance campとの動画をひたすらにみていたのはこの頃です
人生二度目の受験期。
ADLであやか先輩のfreestyleコマを受けることをモチベに受験勉強を頑張った私は、高校受験の雪辱を晴らすかの如く見事全勝し、もちろん第一志望の早稲田政経にも受かりました。あの学費の無駄遣い権現な校舎を使いたいっていう理由だけで第一志望にしてました。しかしながら、辻堂から高田馬場は遠すぎたので、比較的近い慶應経済への進学を選びました。馬場に比べれば日吉なんてちょろい
さあ、大学に入った!
ADLの体験1日であやか先輩のfreestyleコマを2回も受け、っしゃあADLerとしてバチコリやるぞっていう気持ちでいっぱいだった私ですが、そこで衝撃の事実を知ります
「後期の練習拠点、八王子だよ」
遠すぎわろつぁ、
「インカレだと学校に友達出来なくなるよ」
ないったーーーーーー
「慶應だったらesあるじゃん!あそこはまじで良い!」
ふむふむ
はいADL志望やめました、こればかりは結構悩みましたが
おすすめはesかあと思いつつ、リボルブの二個上に山手ダンス部の先輩がいたので、その先輩に毎日長文ラインで相談しながら、esとリボの体験コマをハシゴしてました
esを選んだ決め手は体験コマです、死ぬほど楽しかった
9期たいしさんに、体験コマ後に腕回しを教えてもらい、君はesだよって言われたのを今でも鮮明に覚えてます
コマの活気えげつないし、先輩超教えてくれるし、名前覚えてくれるし、私ここで踊ろうって気持ちでいっぱいになりました
てな感じで、途中からes一筋になり、ドキドキしながらメールを送ったわけです
今振り返ってみると、流れに身を任せまくる人生だな笑、
でもesへの入サーだけは、自分で本気で考えて決めたことでした。入れてほんと嬉しかった
大学1年生。
punkingの基礎練をメインにめちゃめちゃ練習する日々。しかし、相変わらずfreestyleは大好き。freestyleの外部ナンバーに出てみたりする。
大学2年生。
よしこの1年で相当練習して、punkingも上手くなってるはず!二年生も失速せずに頑張るぞ!!と思っていました。最初は。
二年春ぱ、クソ。見たくない。
二年クライベ、腕がクソ。見たくない。
二年矢上、同期のコマなのでのびのびしているが、下手すぎ
二年三田AD、死ぬほど下手!ぶん殴ってやりたい。
二年OPオーデ、フィードバックで、なぎの踊り方にはオールジャンルに必要なpunkingらしさが足りないと言われる。知ってる!
OPのフィードバックは図星すぎて辛かったです、今までの一年半の努力を正面から否定された気分になりました。初めてにして1番の挫折だったと思います。
と同時に、ここでは一途にpunkingらしいpunkingじゃないと認められないんだな、自分はやってけないわという思考に逃げ始めました。笑
1年生の春合宿でイキってた自分からは想像できないほどに、自信喪失してました。まじでes嫌い、振り見動画見たくない、構成が入ったり変わるたびに勘くぐって死にたくなる。
punking楽しくない。punking嫌い。ダンスツマンネ!(りょこさんあんゆりさん、根元腐った状態でコマ受けて本当にごめんなさい)
私はこのままesでpunkingを頑張るべきなのか、なんか最近ダンス楽しくないぞ。。。?ともやもやしているときに丁度よく、Hikariさんという(freestyle?かな?)方のWSがあったので参加しました。
そこで使った曲が、サヨナラColorという曲だったのですが、その歌詞も振りも刺さりすぎたんですね、グサグサに刺さってWS中に泣きそうになりました
歌詞です
そこから旅立つことは
とても力がいるよ
波風立てられること
嫌う人ばかりで
でも 君はそれでいいの?
楽がしたかっただけなの?
僕を騙していいけど
自分はもう 騙さないで
esにはない踊りだから、esで忙しいから、いろんな言い訳をして、自分を騙して、自分の好きなことに挑戦することから逃げている自分がいました。それだけでなく、自分はpunking一筋になれないから認めてもらえないんだ、苦しいわあとか、言い訳の塗り重ねみたいな考えまで持っちゃってました。だっさ。
このWSをきっかけに、ずっとやりたいって思ってたフリースタイルのレッスンに通ってみたりして、自分の好きを追い求めました。
その期間、自分の好きなスタイルと向き合ったことで、自分にとってダンスがどれだけ大切なものなのかを思い出しました。
私にとってダンスとは、自己表現・感情表現のツールだということを知りました。
小さい頃から遠慮がちな性格で、自分の思ってること、わたしはこうしたいんだっていうことを、言葉で伝えるのが本当に苦手だったんですね。わがままもあんまり言わないし喧嘩もしないし、お母さんにお悩み相談することも昔から全然ありません。
だけど、ダンスを通して、感情をビシバシ伝えてくるfreestyleのダンサーをみて、これだ!!これなら自己表現できる!!て思ったんですね
だからそれを大切に、踊ってました。
特に三田ガールズの振り見とかでも、私はこの音はこうだと思うから、この踊り方が私だと思うから、この服装がカッコいいと思うからって、多少崩れても気にせずに徹底的に自分を表現することにこだわってました。真似するだけじゃなくて、それで位置もらえなくてもいいやって
今考えると面倒なコマ生です。指定は守りなさい。笑
でもそれが楽しかったんです、自分に甘くて楽しい方が頑張れるタイプなので、結果オーライです。
自分にとってのダンス を見つけてからはダンスが本当に楽しかったです。おかげさまでこの1年くらいで急成長できたと思ってます。わーい
今年の三田パンの最初のコマで、自己紹介のときに三田祭の目標を言おうっていうのがあったんですね
とってもいいコマだよなあ
そこで、私は、「誰かの心に届く踊りをする」ことを目標にしているといいました
私はこの三田祭で、身内で完結する踊りではなく、全然知らないお客さんにも伝わる踊りをしたいと思ってます。私について何も知らない人にも伝わるような、自己表現・感情表現です。この1年間大切にしてきた自分にとってのダンスの意味を、体現できるように頑張ります(^o^)イェーイ
次!!!私に興味ないひとも読んでください!笑
2、伝えたいこと
私のesの好きなところの一つに、「esが組織である 」という点があります。
組織の定義付けの一つに、組織の三要素というものがあって、
・共通の目的をもっている(組織目的)
・お互いに協力する意思をもっている(貢献意欲)
・円滑なコミュニケーションがとれる(情報共有)
この3つが揃って始めて組織だよっていうことらしいです
esって集団じゃなくて、組織なんですよね
ダンスを目的に集まって、自分以外のためにダンスを教えたり係の仕事頑張ったりして、期・ジャンルを超えてコミュニケーションを取る機会がちゃんとある
これってなかなかすごいことだと思います。
特に、貢献意識については本当にesはすごいと思います。
これは私が1年生のとき、9期のはまだゆうさんが4年生スピーチかなにかでお話してくださった話を今でもよく思い出します
今自分がesでダンスできる環境は、施設係が施設取ってくれて、備品管理してくれる備品係がいるからあるんだな。あ企画部が企画した打ち上げのおかげで私この人と仲良くなれたな、とか、協賛金係が案件を繋いでくれるから今外部施設使えてるんだ。とか、(あげたらキリがないんですが、、、笑みんないつもありがとう)
こんな風に、私1人がいま、esでコマを受けて三田祭に出ようとしている、この足元は、数え切れないほどの貢献意欲が集まってできてるんです。
すげえ
しかも引き継ぎと試行錯誤を繰り返して、システム改善されてる
もっとすげえ
代表陣をやらせてもらえたから、この1年で余計強く感じました。みんなありがとう。係じゃなくても通し後に忘れ物確認してくれる子とか、いつもスピーカーを運んでくれる一年生とか、esを守り続けてきた先輩方、それ以外にももっと沢山、たくさん感謝です!
さて本題:好きなことと責任の話!どーん!
責任とか言っちゃってthe説教みたいなタイトルだけどよんでほすぃ
けいさんがesは今過渡期にあるって言っていましたが、私も、今いろんな変化がesで起きてると思います
その一つに、esの枠にはまらず、もっと広い視野を持って、自分の好きなダンスを追い求める潮流があると思ってます!
余談ですが、私13期の矢上hiphopに完全に惚れ惚れとしております
好きを追い求めて、それを持ち帰ってesのショーケースとして昇華させててすげえって思いました。ていうか単純に、ツボです。
他にもあーこの人こういうスタイルが好きなのかなーとか他ジャンながらに思うこともあったりします
外部ナンバーに出てみたり、レッスン行ってみたり、いろんな形で刺激を求める人がゴロゴロいるんですね、いまesには。これってひと昔とちょっと違うとこだと思ってます。すごいなあ
でもやっぱりその中で、esという組織の一員としての責任を忘れちゃいけないと思うんですよね
やると決めたなら、やりきる。振り練おろそかにしないとかね。これは当たり前。
今回もっと踏み込んで伝えたいことは、
自分がesのなかで果たすべき役割、責任を忘れないでほしい。ということです
あなたが今この三田祭に出る意味って何ですか?
踊ることが楽しいから、いつも取ってるコマだから三田祭もなんとなく。色々あると思います。
それはきっと自分にとっての意味。
実は、自分にとっての意味以外にも、対外的な意味があるんですね。
自分がいるだけで、コマ責がやりたいことの実現可能性が広がるかもしれない
来年運営代を迎える前に、一個上のコマ運営をしっかり見届けよう。
自分がこのショーケースでこの役割を果たすことで、このジャンルの来年の姿が変わるかもしれない。などなど。。。
よくよく考えてみればコマ生が持ってる影響力ってすごいんですよ
esが進化して行く過程で、コマ生による影響力は必要不可欠なものだし、esに所属している以上(微微たるものかもしれないけど)影響力を発揮する責任があると思うんですね。
今自分はやりたいことがあるから、esから距離を置きたい
その選択を否定してるわけじゃないです。むしろすごいなっておもいます。そういう選択に踏み切ることはとっても勇気がいることだし。
ただ、一度立ち止まって考えて欲しい
去年のクライベ、2年生がたくさん教えてくれてちょっとだけ上手くなったわ、
新歓の時のこの人が本当にかっこよくて、私このジャンル始めたんだ
今年の春パ出なかったら、来年どうやって作ればいいかわからないじゃん、
このジャンルの先輩とたくさんご飯行ったから、考えが変わったこともあるな
とかね
去年10期あゆみさんが、先輩から教わったものはただ下に伝えるだけじゃなくて、自分の分上乗せして下に伝えなきゃダメって話してましたね
要するに、そういうことです
当たり前のように日々起きている、このつながりの重なりで、esが成立してて、かつ進化している。
さっき言った係の仕事、貢献意欲の話と同じことです。
esの理念の1つである「面倒見の良さ」は突発的に出来上がったものではなく、この14年間で脈々と引き継がれ上塗りを重ねて出来上がった、熟成ものかつ成長過程のシステムです。
自分はその恩恵に浸っている。じゃあ今度は自分がそのつながりを作るんだ。という意識をもってもらいたい!
コマ責だけじゃなくて、コマ生も未来のesの土台を作ってるんです。コマ責はもちろん、コマ生が自分の役割・責任をしっかり果たすことは、遠かれ近かれ将来のesの幹となり枝となります。
なんでわざわざこんな話をするかって、過去の私がちゃんとわかっていなかったからです。
私は一年生の時クライベ矢上三田としっかりgirls/punkingを兼ジャンしてました。三田祭ではちゃっかり、なかみゆさんのOPgirlsにも出てました。
その頃の私は、どっちのコマも大好きで、「主ジャン・兼ジャン先」という概念を受け付けてませんでした。なぎは結局どっち主ジャンなの?と言われるたびに、どっちも!って思ってる子でした。なんなら1イベもどっちでるか相当悩みました。
私が変わったのは運営代が11期に移った時でした。
私がなんでgirls始めたかって、ひろさんにめちゃめちゃ憧れてたからなんですね。だから振付かわるし、ガールズ、いいや、お腹いっぱいって思っちゃったんです。だから2年に新歓は出なかったし、同期が作る矢上にも出ませんでした。
運営代になってからその傾向に拍車がかかり、新歓もクライベも出ませんでした。三田祭で初めてはるなとかすみんのコマ受けます。いつきのコマは受けたことありません。
Girlsの同期が少ないことはわかっていたし、なかみゆさんにOPgirlsで教えてもらったことは、12期では私しか知らないこともわかっていました。
でも、どうせ主ジャンじゃないし、コマせきやらないし、としか思っておらずあんまりes girlsの今後を考えてなかったんですね。浅はかだなあ
(ま、私いなくても12期girlsは立派に素敵なショーを作りあげていましたが)
もっとコマ生としてesのgirlsに貢献できたんじゃないかなって最近になってよく思います。(余計なお世話かも)
きっとコマ生が持つ影響力、先輩からいただいたものを受け継ぐ責任に早く気づいていればこんなことにはならなかったなあ!!て感じです!
esの既存枠にとらわれず色々挑戦することはとってもいいことでこれからももっと挑戦していってほしいです。これはesの進化に絶対必要なこと。だから12期の目標に掲げました。
だけど、自分が育った足元を忘れないでほしい
ちゃんと、将来世代のために土を耕す責任があるんです。当事者意識ですね。esの成長も じぶんごと として考えて欲しいです。
それはコマ責として、いい振り作ったりコマ生と向き合ってパートを任せるだけでなく、コマ生としてどんなに小さなことでもいいから、コマやジャンルでの自分の役割を真剣に考えて、それを果たすことに繋がるはずです。
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いやあ本当に長い。誰かに要約してほしい。。。
文章書くのも苦手だし、伝わったかな。。。?
三田始まった頃は、私コマせき会議いていいんかな、コマせきやってない私はコマせきブログ書くのかなあ、とかぼんやり不安に思っていたくせに、図々しくも長々と書いてしまいました。。。
こんな図々しくなれたのは、サークル員の支えのおかげです。自分が、かっこよすぎるコマ責曲責に肩を並べても全然恥ずかしくない副代表である!という自信をつけることができたのは皆さんのおかげです!!ありがとうございます
特に同期はとっても暖かくて大好きです
同期にめちゃめちゃ甘やかされて生きてきました、たくさん褒めてくれてありがとう
普通に大好き、お互いに認め合いつつ心の中でたくさんメラメラしてる素敵なぬるま湯です♨︎
みんなが頑張ってるから私もダンス頑張りました、1イベで負けて、みんなでめちゃめちゃ悔しい思いしたのも懐かしいね、私はあの時から春パで絶対いいもの作る!ってメラメラしてました
コマセキ曲責のみなさん、ポンコツ運営に文句も言わず、しっかり最高の作品を作ってくだりありがとうございます。どのコマ生よりも、一番近い立場で、最高の-est 2018が出来上がっていく様子を見ることができて、私は幸せ者です。
はやおさん、けいさん、まなふぃーさん
11期代表陣にありえん支えられまくりました、11期代表陣が3人でよかった。。。たくさんありがとうございます!あとちょっとよろしくおねがいします!
さてさて、お次は!!!
1イベ総代、矢上係、代表陣と、大きい仕事するときは常に私の隣にいたあのお方!
隣に立つと、こいつの方が可愛い可愛い言われるので、私が不貞腐れることもしばしば
日本語不自由ながらも、常に12期の先頭に立ち、運営面でもダンス面でも私たちを引っ張る姿はやっぱりかっこいい◎
沢山のプレッシャーを跳ね除けてよく頑張ってくれました
サークル員の愛情を一身に浴び続ける我らが代表の登場です!!