私には娘が居る。
そう、母子家庭である。
なので、常に働いていた。
ゆえに、娘には私の様な苦労しない様に自立して
選択肢の多い人生を選んで欲しかったので
学歴だけでも、何が何でも手に入れて上げたかった。
やりたい事を、させて上げたかった。
だって、初任給から数万円も違うんだよ。大卒っていいよね。
それに、私が死んだら天涯孤独、兄弟姉妹も居ない。
私が果たせる責任と強く思っていた。
慰謝料は少し貰ったけど、養育費なんて物は払ってもらわなかったよ。
ヘタレな父親だ!産ませっぱなしかよ!
世の中、そんなもんだよ。日本はね。
アメリカが羨ましいよ(笑)
話がそれた(苦笑)
で、そして、娘は大学に入ったのを期に
家を出て以来、玉には帰って来て、ユックリと泊まり
親子らしい会話を弾ませる事など一切無くなって
今年で17年目である。
娘が大学に入った頃は、仕事に親の介護と
忙しく、とにかく稼がなければ成らなかった時期で
命一杯であった。
そして、娘が成人式を迎えた後、父は亡くなり
それでも、自分の生活と、娘の学費を稼ぐ日々に追われていた。
まぁ、葬式代を借金したので今まで以上に、
更に稼がなくては行けなくなった訳でもある(苦笑)
今から思えば、小さい頃から娘は私のことを、あまり好きでは無かったように思う。
大学に入って家を出られたことは彼女にとっては嬉しかった出来事かもしれない。
実は私にもそうであった。大学には行かなかったけどね。
それでも、親は親。
盆正月には、実家に帰り細やかな親孝行的な事もあったわけで
娘のように、一切娘から連絡が来ることも無い。等と言うことは
人生の中で考えられなかった、
父が亡なって、しばらくはドタバタ日々。
寂しさも強かったけれど、体は少しは休むことが出来て
疲れは軽減されたかもしれない。
ゆえに、その分、働く時間も増えたから、ほんの少し収入は増え
気持ち楽に成ったような感じもあったね。
それでも、一人を実感するたびに、生きる意味が無いように思え
絶望感を15年ぐらいは味わっただろうか。
娘が結婚して数年目、子供が出来たんだけれど
娘のお産にさえ呼んで貰っていないのだ。
生まれてからの報告。
それってあり!?と落胆したのだよ。
母たるものは、皆そうではないだろうか?
そんなこんな辛い思いをしながら、地べたを這いずって泣いた所で、誰も居ない訳で
いっそのこと、もういいや死んじゃう?なんて思ったり、
人間って、色々考えちゃうから厄介極まりない生き物だよ。本当に。
しかし、借金は返さないといけないし、とりあえず生きてるから食べなきゃいけない。
序に、病の犬も居たりして、これがまた大変だし、とにかく、なんとかしなくてはいけない事ばかり。
なんでこんな貧乏で不幸なんだろう?私何かしたってーの?はぁ~?と疲れると愚痴ってる、もう一人の自分。
色んな事に一喜一憂したところで大して変わりなく孤独だと、気が付いた所で何の意味もない
。
慣れてしまったのか、今や「孤独死」自体も怖くなくなった。
人はいつか死ぬんだし、どこでどうなるかわかりゃしないよ。
ただ、苦しかったり痛かったりするのだけは勘弁して欲しい(笑)
多くの日数を「愛犬達」と寝起きするから、その辺りは緩和されて居るのかもしれない。
今朝も、ちょっと精神的に心配な「晶」(ネぐレスト・虐待で殺処分予定だった)でさえ、
私に甘え体を預け寝息をたて
姉犬のピンシャー「さくら」と私を挟んで、まるで猫のようにすり寄り
こんな一時で、孤独などブッ飛ぶのであるから、人間とは単純な動物かもしれない。
昨夜からの雨で、少しひんやりする日。
あれ?
何を話したかったというと、孤独はつらいけれど
慣れると意外と幸せかもしれない。かもね。ってことかな(笑)
