dance company REASONの「稽古場」ブログ -28ページ目

淺越葉菜

 
振付・出演者の紹介の次は、
敏腕アシスタントの二人を紹介致しますダンスカンパニーREASONのブログ-ファイル0172.gif
 
 
 

 
 
 
淺越 葉菜(アシスタント・出演)
 
 
 
 
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6歳からクラシックバレエを始める。
バレエ協会公演などに出演。
その後コンテンポラリーダンス、ジャズダンスを学ぶ。
日本ジャズダンス芸術協会主催 JDAダンスコンクール入賞。
西島千博主宰NEO BALLETに参加。
西島千博・青木尚哉・松崎えり・遠藤康行振付「春の祭典」出演。
ニューヨーク留学を経て、現在はテーマパークダンサーとして活躍。
 
 
 

 
 
 
 
※写真は後日、バッチリ載せます…ダンスカンパニーREASONのブログ-ファイル0246.gif
 

浅沼圭

 
浅沼 圭(振付・出演)
 
 
 
 
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母親が新体操の先生ということで
生まれたときから新体操
そして体育館がお友達。
わからないときからレオタードをきさせられ
母親の5分の1ぐらいのサイズだった自分はセミのように母にくっつきオモチャのように扱う母親。歩いてる母親に常にランニングな自分。
この時からもうすでに野生児。足腰強くなりました。ありがとう
 
 
ちゃんと新体操をやり始めたのは5歳 
小学生の頃はやんちゃ、ドッチボール大好き、男の子泣かせちゃう。とりあえず元気もりもり100% よく男の子に間違えられました。むしろ今も。
母親が新体操の先生でなければサッカー、野球選手になりたかったかなとか。
競技間違えたと今でも想ったり思わなかったり。
 
3年生までは母親のもとで新体操を教わりつつ、ピアノ、習字、水泳、おえかき、ほんの少し野球カジッタ。(笑)
1週間の予定は詰めつめ小学生。
 
 
4年生から新体操一筋になる。
言うことを聞かない自分に困ったのか、母親の先輩が教えている全国でも有名な強豪のクラブチームに入り、素晴らしいく尊敬する恩師に教わる。
仲間のすばらしさ
努力する素晴らしさ
人としてあるべき姿
新体操の楽しさを学びながら、その中で日本代表選手や国体、インター杯、海外試合など貴重な経験させてもらう 
 
 
 
大学までやるかギリギリまで迷ったが…
全国で有名な東京女子体育大学に入学し
新体操部に入部。
波乱万丈な大学生活を過ごす。
高校まではほとんど団体でしか勝ち取ったことがなかったが
大学に入り個人デビュー。
野生児Kと言われるように。
そしてメダルや賞状を頂けるようになる。
トップとは何かを肌で感じ、大学の上下関係を学び、揉まれ、ヘルニアや疲労骨折やらなんやら細々怪我もし、気持ちの揺れやらなんやらにふらふらし、普通の大学生になりたいと何度も思ったが、たくさんの仲間や先生やFUNや家族に助けられなんとか4年間を過ごす。
そして、まだまだ観客の喜ぶ歓声をもう一度あびたかったのと、自分の新体操をたくさんの人に喜んでもらいたく社会人で1年間踊り続けたが、迷いに迷って今年の11月の試合で競技は引退。
 
が、しかし
落ち着きがなく踊るのが大好きな自分はまだまだ動き続ける。
今は新体操の指導をしつつ
動けるうちに動きまくってー
今までの経験を活かし
たくさんの人に新体操の素晴らしさが伝わるといいなーと思い…
野生児Kはまだまだ場外…
いやフロアー外で、暴れまくります。
 
 
 
どーぞーKです。よろしくー(゜_゜)
 
 
 
 
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泉智也



泉 智也(振付・出演)








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小4~中学卒業まで野球に打ち込む。


進路に悩んでた時に地元のある高校の男子新体操部に勧誘される。


スポーツ推薦で楽して高校入学。

当時アクロバットはなにも出来なかったのに入部前からの地獄の特訓で即団体メンバーに入りさらに地獄をみる。
卒業までに賞状やらメダルやら何個かもらう。



特待生で楽して大学入学。

大学生活で上下関係の厳しさを学ぶ。


1年生 奴隷
2年生 農民
3年生 武士
4年生 神様


卒業までに賞状やらメダルやら何個かもらう。


大学卒業後に韓国に初の男子新体操海外派遣コーチとして1人で旅立つ。

ゼロから頑張ってチームを作る。


任務完了し帰国してからアルバイト生活しながら男子新体操のパフォーマンスチーム「samurai」の一員として全国各地に普及活動や演技会に行く。アメリカにも行く。


アメリカから帰国して携帯受信メールを見たら2週間後にオーストラリアに行ってくれと日本体操協会から無茶ぶりを受ける。


2004~2006年
オーストラリアに海外派遣コーチとして行く。もちろん1人で。
日本との行ったり来たりの生活の中ニュージーランドに行って演技会に出たりワークショップを開いたりする。

ここでも0からのスタートだったので色々なジムを回って生徒集めの為のパフォーマンスをしたり体操関係の大会でエキシビションを数多くこなす。

調子にのり過ぎて引っ張りだこになり苦労する。



最後と決めていた渡航の最大のエキシビション中最後の最後にアキレス腱断裂。

帰国後入院。

退院後地元でアルバイト生活。


2008~現在
テーマパークではしゃいでます。






twitter
tomoyaizumi