あなたには、
かけがえのない大切な人はいますか?
ここで言う大切な人とは、
『死んでしまったら悲しいと思える人』
と考えて下さい。
僕の母親は数年前、ガンに侵され闘病生活を
送っていました。
当時は類を稀に見ぬ反抗期真っ只中。1ミリも言うことを聞かず反抗ばかり。
そんなある日、母親から「ガンになった」と告げられ「あっそう。」とだけ答えました。
しかし、子供とは言えガンの恐ろしさは知っていたので、
ふと我にかえり「もし死んでしまったら…」と
風呂場で一人泣いたのを覚えています。
いくら最強の反抗ヤロー期とは言え、
僕にとって母親は大切な人だったと実感した
瞬間でした。
このように、
大切な人の存在は誰もが浮かぶはずです。
たとえどんな悪党であれ、その背後には大切な何かを抱えていると僕は思います。
戦争は、互いに歪み合い、殺し合いますが、
その背後には「大切なモノ」国や家族を守るという『正義』が存在します。
その大切なモノを守りたいという「愛」があるから「憎しみ」が生まれる。
自分の大切なモノを犯され、怒りの感情が芽生えた経験は誰もが経験していると思います。
「アイツは俺の大切なモノを傷つけた」
だから「アイツの大切なモノも壊してやる」
この「憎しみの連鎖」が戦争です。
このような『正義』のぶつかり合いには終わりがありません。
例え国同士が和解をしても、国民の「憎しみ」が全て消えるわけではない。
その小さな「憎しみ」の火種がやがて大きくなり、戦争へと発展する。
ガンダムの中でこんなセリフがあります。
「殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのかよ」
当時小学3年生の僕には、全く意味が分かりませんでしたが、20年近くたった今ようやく理解できます。
戦争は、結局は人対人のぶつかり合いであり、言うならば喧嘩の延長戦上に戦争があると言っても、なんらおかしな話ではありません。
そう考えると、僕達の日常に戦争の火種が潜んでいることになる。
誰でも喧嘩をしたことがありますよね。
街中で、肩がぶつかり「ふざけるな」と言いたくなることや、理不尽に責められぶん殴りたくなることもある。
終いには「殺してやる」と考えたこともあるかもしれません。
しかし、国同士の戦争と同じで「やられたらやり返す精神」には終わりがないんです。
ここで、
ONE PIECE コビーのセリフを紹介しましょう。
エースを巡って勃発した、マリンフォード頂上戦争でのシーンです。
目的を達成したにも関わらず、一向に戦争の
士気が下がらず、殺し合いが止まりません。
まさに「憎しみという名の正義」の押し付け
合いです。
そこでのコビーのセリフには、考えさせられる事ばかり。。
つまり、その瞬間憤りを感じ殴り飛ばしたい人にも、大切なモノの存在があり、その人が傷つくと悲しむ人がいるということ。
逆に自分が誰かに傷つけられれば、自分を大切に思ってくれる人はその傷つけた人を恨みます。
この「憎しみの連鎖」を止めるのは正直難しいかもしれません。
そうなる前に、自分自身の「憎しみ」の感情と向き合って欲しいんです。
イラつき、感情に任せて相手を傷つけてしまいそうになった時は、一歩踏みとどまり3秒だけ考えてみてください。
自分の大切な人の存在を。
そして、同じくして相手にも大切な人の存在があり、その相手を傷つければ悲しむ人がいるということを。
自分の大切な人を悲しませたいなんて人は、99.999999999%いませんからね。
一人一人が目の前の「憎しみ」をコントロールし、大切な人の存在を意識することができれば、「済まなかった」の一言が出るはずです。
人は、感情に支配されてしまうほど弱くない。
僕自身、人にムカついて抑えられそうにない時はありますが、いつもこの方法で怒りをコントロールしています。
「憎しみ」からは、血の涙しか流れません。
「憎しみ」に身を委ねる前に、
一歩踏みとどまる「勇気」を持つために、何をするべきなのか考えてみて下さい。

