ネーハイシーザーは、布施師が考えた中距離路線中心のローテーションに従って、産経大阪杯(Gll)に出走した。このレースは天皇
賞・春(Gl)のステップレースとしても知られているが、この年も超大物の参戦こそなかったものの、ナイスネイチャ、ベガ、本格化前とはいえマーベラスク
ラウンといったメンバーが揃い、決して楽な相手関係ではなかった。しかし、ネーハイシーザーは2番手に控えつつレースの流れにのって巧みに競馬を進め、最
後には2着ナイスネイチャに3馬身半差をつけて楽勝した。
その後ネーハイシーザーは、天皇賞・春を距離適性ゆえに自重し、大目標とした宝塚記念(Gl)への叩き台として、京阪杯(Glll)に出走した。ここでの相手は二線級の馬ばかりだったため、ネーハイシーザーは単勝200円の1番人気に支持された。
そして、いよいよ本格化したネーハイシーザーは、改修工事で時計が出やすくなった阪神競馬場に戦慄をもたらした。この日はケイウーマンがハイペースで飛
ばしてレースを引っ張ったが、ネーハイシーザーはこれを追走しながら、直線に入ってもついに止まらなかった。直線では、ネーハイシーザーがハイペースでば
てることを見越したスターバレリーナが急襲してきたものの、ネーハイシーザーは一度並ばれた後にもう一度差し返してそのままゴールを駆け抜けた。スターバ
レリーナをクビ差抑えたネーハイシーザーの勝ち時計は、阪神2000mのレコードを1秒8も縮める1分58秒9というものだった。ネーハイシーザー自身に
とっては2度目となるレコード勝ちで中距離での強さを見せつけた形となった。
産経大阪杯では、先行馬が有利な展開で楽な競馬となり、勝ちタイムも遅かったが、今度は先行馬に厳しい展開を力で押し切った。先行すればどんな競馬にも
対応でき、しかも高速決着になればなるほど力を発揮する。ネーハイシーザーは、まさに卓越したスピードを備えた近代競馬の申し子だった。ネーハイシーザー
は、中距離重賞の連勝をひっさげて、春のグランプリ・宝塚記念(Gl)に参戦した。