西武に端を発する選手の裏金・青田買いの問題は「私立高校の選手囲い込み~不正卒業」「半プロ指導者へのキックバック」という高校野球のタブーに踏み込むべき問題であったが、奨学金に話題をすり替えることで逃げ切ろうというのが高野連の魂胆のようで、野球というスポーツへのダーティーなイメージと失望感は間違いなく深まるだろう。
さて、競馬界のタブーと言えば、これまでほとんど論じられていない「名義貸し」と「八百長」である。
関係者が「肥える」ために行われているアマチュア野球の不正と違って、地方競馬の場合は関係者が本当に困窮しているから行われている不正であるという点だけが異なる。
名義貸しの禁止は日本独特のローカルルールである。
暴力団関係者に馬を所有されてはたまらない、というのが理由とされているが、実際のところ名義貸しで処分されているのは、普通の馬主名義で走らせながら、実は調教師が所有権を持つ馬だったと、いうケースがほとんどである。
ところが、調教師や関係者が馬を所有し、走らせるという行為は悪質な行為でも何でもなく、世界中でいたって普通に行われている競馬に関わる上では当然の権利なのである。
昨年秋に来日してスプリンターズステークス(G1)を獲得していったテイクオーバーターゲットはじめ、オセアニアでは国を代表する名伯楽も自分で所有した馬を自ら調教し、レースに勝つことで賞金を得ている。
ところが日本の場合は、「八百長につながる」として発覚すれば免許剥奪など厳しく禁止されている。
これは調教師自身が所有する馬をちゃんと調教せずレースに出して、わざと負ける事で不正な利益を得る危険性がある為としているが、個人的にはこれは5頭立てなど普通だった時代、つまり馬の頭数が確保できなかった時代の名残、あるいは野球賭博に絡んで出てきた禁止条項なのだろうか、という気がしている。
よく考えればこれはおかしなものである。
日本の馬券には勝ち馬投票券しか発売されておらず、ベッティングエクスチェンジのような「負け馬投票券」は存在しないのである。
確かに野球賭博では当該試合のAチームとBチームが「勝つか・負けるか」しか選択肢が無いから、片方のチームの先発投手のようなキープレーヤーを買収すれば、結果を誘導するのは簡単だ。しかし競馬の場合は1頭を買収したからといって結果を思うように「勝ち」には誘導できないのである。大体、競走馬はわずか200mですら騎乗者の思うタイムで走らせるという単純な事もなかなか困難な動物なのである。
ところで昨今、この「公正確保の観点から調教師が馬を所有してはいけない」という名目もすでに崩壊しているのである。
認定厩舎制度によって「調教師兼オーナー」が成立している事はコスモバルクを例に出すまでも無く明白である。ではなぜ「オーナー兼調教師」が悪質な不正として処罰されるのか、という根本的な疑問についてどう説明をつけるのだろうか。今後間違いなく問題になっていくであろう。
自前で調教施設を完備したオーナーが自分の手で100%に仕上げた状態の馬をレースに使っても今のところ全く問題は起きていない。それが競馬の原点だからである。
そもそもこれを処罰してきた日本の競馬界がおかしいのである。
もう公然の秘密だが、ほとんどの地方競馬で関係者による八百長は行われていると考えるべきだ。
平場のレースで1着になっても身上金が数百円というのも地方では当たり前になってきている。ここまで賞金が減額されているのだから、減った分の収入を補う為には競馬、つまり馬券で当てる以外に妥当な選択肢はない。
より当たりやすいのは自分たちが関与するレースに決まっている。おまけに地方競馬はメンバーが固定化され、常に知った顔同士で走る関係である。地方競馬の関係者は八百長がやりやすくて仕方が無いのだ。
賞金を好きなだけ減額し、なおかつメンバーを固定化している地方競馬の運営者の姿はたとえるなら「使用人にほとんど食事を与えないで、毎日バナナ農園で働かせる」ようなものだ。
彼らは赤字を理由に「関係者の八百長を黙認している」だけなのである。
公正競馬の確保、つまり八百長の根絶は、「やったら免許剥奪」と脅すだけで実現できるものではない。考えるに時間を要さないが、高い賞金額を維持するか、多頭数競馬を推し進める事で八百長は成立し難くなるのである。
よって、大井競馬が実施する「カク外」導入もレースの出走頭数の確保、拡大を目的としたものである、と解釈すれば、公正競馬の確保という大命題に対する明快な回答であるとも考えられる。
逆説的に考えれば、内国産馬の保護が名目であれ、レースをよりオープンにして行こうという動きに反対するという事は「競馬の八百長に加担する行為である」と言われてしまう危険性もあるのだ。
石川ワタル氏は今週の週刊競馬ブックで「ファンが馬券を買うことで賞金が確保され、馬が売れるのだ。質の高い馬がいないと馬券は売れない。」と主張しているが、あまり地方の馬券を買わない方なのだろうか。
正直、ダーレーやクールモアの馬が何頭出てこようとも、それに熱狂して地方の馬券を買おうとは到底思わないのが地方競馬のファンである。
その切り口よりも「八百長の根絶を目指してのオープン化、国際開放である」とした方がより馬券オヤジ達の賛同を得られたと思う。