【2014.8.15(昨年の日記)】
 

終戦記念日に際し、こんな時間になってしまいましたが、今年も参拝に来れました。



うちの 爺さまは、当時34歳だった 嫁(婆さま)と、6人の子供を残し 戦火に命を落としました。
…いまの めぐちゃんと ほとんど変わんない歳で、6人子ども抱えて未亡人って、せつなすなー‥‥(つд`)

戦争を正当化するつもりは 毛頭ありませんが、逆らえない その大きな流れのなかで、皆どういう思いで命を落としていったのかと思うと、なんともやり切れない思いです。
時代が時代ですので、父の その6人の兄弟のうち 3人は、当時 十歳に満たず 亡くなりました。

右寄りな思想だと すぐに言う人がいますが、残念ながら 笑顔と握手だけで 平和を守れないのも事実であることを忘れてはいけないと思います。
顔や 肌の色が違うということではなく、「知恵」を有した人間は、人それぞれ考え方や 信念が違っても 仕方がありません。表向き 一つの国の中でさえ、ずっと戦っている地域もあります。

「平和だし、軍隊なんて いらないじゃん」というのも意見だと思いますが、前記した通り、考え方が まったく通じない相手がいることも忘れてはならないし、そんな相手が もしも‥銃口をこちらに向けて走ってきたら、人は 笑顔と握手だけで Love&Peaceと叫びながら 乗りきれるのでしょうか。

時間というのは 時に残酷でありますが、時に傷を癒やすのに 不可欠なものです。
(あ…余談ですが、シュタインズ・ゲート「22話 存在了解のメルト」の劇中で『今だけはアインシュタインに文句を言いたい気分‥‥時間は人の意識よって 長くなったり短くなったりする‥相対性理論ってとてもロマンチックで、とても切ないものだね』と、牧瀬紅莉栖が エスプリの効いた名言を放ってたのを思い出しました。)

米英支三国共同宣言(ポツダム宣言)を つきつけてきた仇敵でさえ、いまは同盟国であり 国交も正常化しています。(パンダの国だけは微妙ですが)
結果‥こうした 泰平の世が続いている一端には、たくさんの犠牲があったことも、僕は忘れたくない思いで 毎年お邪魔している次第です。

「いい・悪い・好き・嫌い」と、自身で考え 言える自由を享受している現代だからこそ、忘れてはいけない事もあります。

自由など 無い時代に、国難に身を捧げ 殉じた 総ての御霊に 尊崇の念と 哀悼の真を捧げると供に、恒久的な平和と安寧を祈念いたします m(_ _)m

# 愛知縣護国神社