僕はかなりの変人好きだ。
いつもアンテナをたててるからだろうか、変人にはよく出会う。
真の変人とは、流行に左右されず、どの時代においても一定の変な人としての評価を得る人だ。
普遍的変人が、真の変人なのである。
有名どころで、一番好きな変人をあげるとすれば水木しげるだ。
50人くらい受験して1人しか落ちない試験の面接で、糞の話しかせずに見事不合格になったという話や、戦時中にも関わらず西洋哲学や宗教にはまり、テスト用紙に「アーメン」とだけ書き込んで提出した逸話は、変人好きからしたら垂涎ものの逸話だ。
氏は、変人を極めて成功した人である。
だが、言動から察するに自分が有名になったことなど、そんなに重要視していないように感じられる。
これも僕が変人を語る上で大切な要素となってくる。
色んなタイプの変人がいるが、氏は成功に無頓着である。
「てきとうにやってたら、なんか有名になってたっす」と鼻歌まじりで、生きている。
無欲タイプの変人で、自分のやりたいことを貫いている。
氏の夢は、パプアニューギニアの原住民と一緒に暮らすことだった。
今でもそうなのかは知らないが、戦時中に派遣されたパプアニューギニアで出会った原住民の生活に憧れ、本気でその地に残ろうとしたらしいから本気だったのであろう。
殺し合いの場にいる時に、そんなことを思うというのは、常人からすれば誠に理解がしがたい。
生活に余裕ができ、多様な価値観が認められる様になったた今でこそ、そういう生き方を好む人間がちらほらいるが、当時、そんなことを思った日本人は氏だけではないだろうか。
どんな時代、どんな境遇にあいても、どの時代にも少なからず存在するいる変人としての生き方を貫く姿勢には感嘆する。
真の変人は、圧力や世間体、に屈しないのである。
いや、屈するという言葉さえも意識していないかもしれない。
今やるべきことは責任追及ではない。
利権がどうのとかいう話でもない。
極論、別にだれが儲かろうと、困っている人が助かるのならば何でもいいと思う。
それが、いつでも前提にないといけない。
311後は、この国の根本の歪みが特に見えるようにもなった。
もちろんそれは変えていくべき。
しかし、こういった前提があってこそ、体制への
批判や要求が芯を持つ。
利権がどうのとかいう話でもない。
極論、別にだれが儲かろうと、困っている人が助かるのならば何でもいいと思う。
それが、いつでも前提にないといけない。
311後は、この国の根本の歪みが特に見えるようにもなった。
もちろんそれは変えていくべき。
しかし、こういった前提があってこそ、体制への
批判や要求が芯を持つ。
昔インドを旅した時、観光地としても有名な田舎町の路地裏に迷い込んだことがある。
細長い道の両脇に、2坪くらいの木でつくられた家が列んでいるのを見て、
そこが貧困地域だということが容易に推測できた。
家の前には、何人もの人が座り込んでいる。
「まずいところに迷い込んだな」と思った。
ちょうど次の宿への移動の途中で、バックパックの中には旅費もパスポートも入っていたのだ。
引き返そうと思ったが、その瞬間に外で遊んでいた子供達に取り囲まれてしまった。
全員ぼろぼろの服を身にまとい、裸の子もいる。
私は、金をくれと言われるのかと思って身構えた。
インドでは、というか東南アジアの多くの国々では、観光地で見知らぬこどもたちに突然取り囲まれるとほぼ金を要求されるからだ。これは、彼らが悪いのではないのだが、そうはわかっていても旅中にこういった事があまりに続くので、さすがに辟易としていた。
だが、今回はそうではなかった。
「ジャパニー、ジャパニー」と遊んで欲しそうな笑顔で話しかけてくる。
ある男の子にカメラをむけると、うれしそうにポーズを決めてくれた。
すると「わたしも!」と女の子が次々とポーズをとるのだ。
頭をなでてあげると、嬉々とした表情を見せてくれた。
結局最後まで、彼らの口からマネーという単語は一度もでてこなかったし、
周囲のおとなたちも、その光景を穏やかな目で見守ってくれていた。
私はしばらく遊んだ後、バイバイと言って次の宿へむかおうと歩きだした。
すると、後ろから「ジャパニー、バイバイ」と叫びながら10人くらいの子供達が追いかけて来てくれた。
この光景は今でも忘れられない。
何故、見ず知らずの日本人になついてくれたのだろう?
完璧なる推測で、単純な結論なのだが
以前この場所で彼らと遊んであげた日本人がいたのかもしれないと思った。
そう思うと、人同士の交流というものには、無駄な物はなく、繋がり続けるものなのだと感じる事ができる。
仏教の世界では、縁起というのだろうか。
人が人から受けた想いは伝染するのだと思う。
これはおそらく人種も性別も関係なく、古来から続いている普遍的な事実だろう。
細長い道の両脇に、2坪くらいの木でつくられた家が列んでいるのを見て、
そこが貧困地域だということが容易に推測できた。
家の前には、何人もの人が座り込んでいる。
「まずいところに迷い込んだな」と思った。
ちょうど次の宿への移動の途中で、バックパックの中には旅費もパスポートも入っていたのだ。
引き返そうと思ったが、その瞬間に外で遊んでいた子供達に取り囲まれてしまった。
全員ぼろぼろの服を身にまとい、裸の子もいる。
私は、金をくれと言われるのかと思って身構えた。
インドでは、というか東南アジアの多くの国々では、観光地で見知らぬこどもたちに突然取り囲まれるとほぼ金を要求されるからだ。これは、彼らが悪いのではないのだが、そうはわかっていても旅中にこういった事があまりに続くので、さすがに辟易としていた。
だが、今回はそうではなかった。
「ジャパニー、ジャパニー」と遊んで欲しそうな笑顔で話しかけてくる。
ある男の子にカメラをむけると、うれしそうにポーズを決めてくれた。
すると「わたしも!」と女の子が次々とポーズをとるのだ。
頭をなでてあげると、嬉々とした表情を見せてくれた。
結局最後まで、彼らの口からマネーという単語は一度もでてこなかったし、
周囲のおとなたちも、その光景を穏やかな目で見守ってくれていた。
私はしばらく遊んだ後、バイバイと言って次の宿へむかおうと歩きだした。
すると、後ろから「ジャパニー、バイバイ」と叫びながら10人くらいの子供達が追いかけて来てくれた。
この光景は今でも忘れられない。
何故、見ず知らずの日本人になついてくれたのだろう?
完璧なる推測で、単純な結論なのだが
以前この場所で彼らと遊んであげた日本人がいたのかもしれないと思った。
そう思うと、人同士の交流というものには、無駄な物はなく、繋がり続けるものなのだと感じる事ができる。
仏教の世界では、縁起というのだろうか。
人が人から受けた想いは伝染するのだと思う。
これはおそらく人種も性別も関係なく、古来から続いている普遍的な事実だろう。
