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先日、仕事の相談にと上司に話を持ち掛けたんですが、その方の聴く姿勢が兎に角素晴らしい


相手が、どうしたいか、どんなイメージを持っているかを知るために相手の眼を見ながら、ゆっくり頷き、話を終えるまで聴く。けして途中で感情が高ぶり遮る事はしない。あくまで聴くに徹する。


話を終えたら自分のフィルターを通し噛み砕いて、これまた温度を上げずにゆっくり話をする。


その一連の行動が後からジワジワと脳内を刺激した。


私自身、会話することに対して傾聴はテーマとすべきことだと意識していることだけに、上司の会話の運び方や空気感が、とても気持ち良い風となり、安心感すら与えてくれた。


耳と目と心を足して聴くと書く


日々勉強ですね☆
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数年前に脳梗塞二回しデイケアや老人ホーム、病院を転々とした叔父さん(81才)

数ヶ月前に腸捻転となり腸が腐った状態で夕方『危篤です』と連絡があり急いで駆けつけました。


喋れない
食べれない
動けない
叔父さん


お喋りで酒飲みでベビースモーカーな叔父さん。別人のように痩せ干せていた,,,手は冷たく、白眼を向いていた。


私は叔父さんの名前を何度も読んだが当然返答は無い。久しぶりに会う親戚の面々。私の祖母の姉は週五回の習い事を自慢気に話し、私の祖母は車椅子に乗りながら『要支援1で障がい者だからリフォームしたり、デイケアいってるよ』と笑顔。祖母の妹は難聴と認知症になりながらも自分の旦那をじっと見詰める。


数字も読めないくらい認知症が進んでいるのに、じっとモニターを見詰めている。


親戚の中には『ここまで頑張った』『まだ大丈夫』『このまま天国が本人は楽だ』などターミナルケアについて様々な言葉が出た。ただ、それを決めるのは介護する家族でしかない。

叔父さんの娘は、ただ黙って聴いてい,,,


命ってなんだろう


泣くことしか出来ない状態で生まれハイハイし歩き喋るようになっても自立ではないし成人になったからとは言え経済的、精神的にも自立していると言える人はどれだけいるだろうか?少なからず私は34才ですが自立しているとは言えない。沢山の人に助けられている。自らの意志で立てているかと言えば、そうじゃない方が多々ある。


叔父さんは公務員となり結婚し二人の娘、三人の孫、二人の曾孫に恵まれている。素晴らしいと思う。


命の期限は誰にも決められないし決めちゃ駄目だと思う。ただ今日の時点で言えることは危篤と言われ沢山の親戚や知人に囲まれていて、昔話をしたり笑顔の人がいて、その中心にいるのが事実。


叔父さん
素敵な人生ですね。いまも昏睡状態が続いています。また近々会いに行きます。


ありがとうございます
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ひとつの事を続けることは、とても根気がいる。嫌だから止めたりするのは簡単だけど、俺は1つをジックリ自己解釈しながら噛み砕いて行くのが好きだ。


不器用だから、その物の特異性を掴み自分の物にするまで時間がかかるし、まして、それが自分に合っているのか、そんなことは、判断できない


いや
したくないのかもしれない。音楽に関して言えば専門学校も出たし、ギタースクールも通った。ライヴも何十回としているし自分より上手いしカッコイイ人を何人も見た。


どうしたら
あの人のレベルになるだろうと何度も自問自答し練習しているが、まったく近づく気配がない。情けない。


ただ
諦めるのは簡単。素質が無いから止めようは簡単。


何で続けているんだろう?もてたいから?あの人みたいになりたいから?


いや違うな
もっとシンプルに音楽が好き。ギターが好き。合奏が好き。ライヴが好き。お客さんが好き。


続けることは
夢に近づくことなのかもしれない


夢は人が集う場所を作り続けること。そこには素敵な音楽があり、美味しい御飯があり、新しい出会いがあるような場所作り


なんだか
10代の時、抱いたワクワクをずっと持ち続けたい

子供心を持った大人になりたいと改めて思う