数年前に脳梗塞二回しデイケアや老人ホーム、病院を転々とした叔父さん(81才)
数ヶ月前に腸捻転となり腸が腐った状態で夕方『危篤です』と連絡があり急いで駆けつけました。
喋れない
食べれない
動けない
叔父さん
お喋りで酒飲みでベビースモーカーな叔父さん。別人のように痩せ干せていた,,,手は冷たく、白眼を向いていた。
私は叔父さんの名前を何度も読んだが当然返答は無い。久しぶりに会う親戚の面々。私の祖母の姉は週五回の習い事を自慢気に話し、私の祖母は車椅子に乗りながら『要支援1で障がい者だからリフォームしたり、デイケアいってるよ』と笑顔。祖母の妹は難聴と認知症になりながらも自分の旦那をじっと見詰める。
数字も読めないくらい認知症が進んでいるのに、じっとモニターを見詰めている。
親戚の中には『ここまで頑張った』『まだ大丈夫』『このまま天国が本人は楽だ』などターミナルケアについて様々な言葉が出た。ただ、それを決めるのは介護する家族でしかない。
叔父さんの娘は、ただ黙って聴いてい,,,
命ってなんだろう
泣くことしか出来ない状態で生まれハイハイし歩き喋るようになっても自立ではないし成人になったからとは言え経済的、精神的にも自立していると言える人はどれだけいるだろうか?少なからず私は34才ですが自立しているとは言えない。沢山の人に助けられている。自らの意志で立てているかと言えば、そうじゃない方が多々ある。
叔父さんは公務員となり結婚し二人の娘、三人の孫、二人の曾孫に恵まれている。素晴らしいと思う。
命の期限は誰にも決められないし決めちゃ駄目だと思う。ただ今日の時点で言えることは危篤と言われ沢山の親戚や知人に囲まれていて、昔話をしたり笑顔の人がいて、その中心にいるのが事実。
叔父さん
素敵な人生ですね。いまも昏睡状態が続いています。また近々会いに行きます。
ありがとうございます