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2年7ヶ月分のありがとう

星になった息子のことを綴っていきます

今日でYは14歳になりました。


14歳って響きがすごいな。

今頃思春期真っ只中だったかな。

もう私とはあんまりしゃべってくれなかったり?

反抗期で戦っていたかな。


でもYはずーっとちっちゃいままで

ママ大好きってイメージ。


反抗期でもなんでもいいから

成長した姿見たいな。

夢で出てきてくれないかな。

もう夢でもずいぶん会えてない。


お墓参りにも行ってきました。

大雨で私達の他に来てる人いないかな?と思ったけど、結構来ててびっくり。

バケツをひっくり返したような雨で

普段なら別の日にするんだけど

誕生日は特別だから。

ちょうどお参りの時は雨がましになってて良かった。

Yのおかげかな~?


毎年うちでは

ケーキのろうそくに火をつけて

部屋を暗くして誕生日の歌を歌う。

最後はYの名前を歌う。

もうそんな年じゃないかな?とも思うけど

いいんです。

歌いながら泣きそうになるけど

やっぱりお祝いしたいからね。


Y、ずーっと大好きだよ。
ママのところに生まれてきてくれて
本当にありがとう。




ニュースで小さいお子さんが亡くなる事故や事件を見聞きすると

とても心が苦しくなる。


最近もそういうニュースを知り

突然我が子を喪った親御さんの気持ちを考えると

どうしようもない気持ちになる。


あの地獄に落とされる人がまた現れてしまった。

本当にやりきれない。


人が1人亡くなるということは

その周りで何倍もの人が悲しむ。

ニュースでは亡くなった人数を報道されるけど

その裏で悲しむ人達を思うと。

もちろん本人も本当に無念だったと思う。


芸能人で死産された方のニュース。

知った時はとてもショックで

その人へやネットで寄せられたコメントにも

心がかき乱された。


寄り添う言葉ももちろん沢山あったけれど

悪意のあるもの

善意という名の言葉の暴力は

ここでも沢山溢れていた。


こういう時表に出る人というだけで

沢山の言葉を浴びせられてしまうんだな。


この報道後、お仕事で笑顔の写真投稿に

「元気そうで良かった」とか「安心しました」とかのコメントがあったそうで

「ああーーー…」と私が勝手に落ち込みました。


個人差があるかもしれないけど

あの頃やっとの思いで外に出て人に会って

気を使わせないように必死に取り繕って

振る舞った時

私は一番言われたくなかった言葉でした。

勇気を出して踏み出した一歩が

粉々になる気がした。

そう言われた時

胸をえぐられて息ができないくらい苦しかった。

その場で必死に耐えて

家に帰って大泣きしたことを思い出す。


こういうニュースを見るとシンクロしすぎて

あっという間に時が戻ってしまうことがある。

涙が止まらなくなることがある。


いつも胸の奥深くに閉じ込めている箱が開いて

Yへの想いが溢れ出す。


こういうのは一生なんだろうな。

今もYがいなくなった頃を思い出すと

あっという間に涙腺の蓋は外れる。

胸が苦しくて苦しくて

「ああ、本当にもうYはいないんだ。」

と再確認させられる。

喪失を数えきれないくらい繰り返す。

この気持ちに慣れることはない。



先日無事十三回忌が終わりました。
このご時世なので両家の親は呼べず家族だけ。
残念ですが仕方ありません。

あれから12年。
もうYは中学2年生。
近所の中学生の通学姿を見ていると
この中にYもいたはずなのになあと
切なく寂しくなります。

前日、カウントダウンは勝手に始まりました。


12年前の今日はまだYは生きていたんだ。
息をしていたんだ。
と思考がそこに留まってしまい
なかなか寝付けない。

まどろんでいると
あの当日のうつ伏せで苦しそうに息をしているYが出てきて言うのです。
「お母さん 助けて 助けて。」
あの頃そんな風にしゃべれないのに。

私はYがいなくなったことをわかっていて
「ごめんね ごめんね 助けられなくてごめんね。」
と泣いてYを抱き抱えていました。

そこでぼんやりと目が覚めてしんどくなっているとお腹の上に不思議な感覚が。
それはYでした。
こういう時ってなぜか確信に満ちた感覚があるんです。

よく私のお腹の上で寝るのが好きだったY。
すぐよじ登ってきて
寝たと思ってそっと下ろすと
すぐ泣いてまた登って寝息たててました。

その頃の懐かしい重さ、温もりを
何年ぶりだろう?
(数年前にも同じ体験をして以来)
感じることができました。

そして寝返りをうつと

抱っこしたような状態になって

しがみついてくれているような感覚がありました。


それが前日。

しんどい時に戻ってきてくれている!

と確信できて本当に嬉しかったです。


次は十七回忌。
コロナが収まっても両親達の年齢的に
集まれるかどうか。
生きていても来るのはしんどくなっているかも
しれない。
いや、私だって誰だって明日どうなっているかなんてわからない。

時間は留まってはくれないのだ。