12月のどんよりした曇り空で、
前日から北風が吹き続くとても寒い日だった。

車の中にはいつでも海へ行けるよう道具は積みっぱなし。
いつでも準備OKだ。
だけど、日の出が遅い冬は、仕事前の早朝サーフィンは難しい。
サーフィン欲は絶頂、サーフィンに行きたくてウズウズしていた。

その日は午前中まで仕事だった。
久しぶりに海へ行こうと、午後から友人を誘っていた。
朝からワクワクが止まらない。
北風が吹き続ければ波があるのは間違いないからだ。

仕事が終わると一目散に車に乗り込んだ。
途中友人と合流し、大好きな音楽をかけながら海へ向かう。

潮風香る車窓から海が見え始めるとワクワクはドキドキへ。
’’今日は、どんな波なんだろう’’
前日から吹き続く強めの北風は、遠く沖の方から波をウネリにしてくれる。
’’やった!ウネリになっている!’’
’’最高だ!絶対波はある!’’

僕たちの期待は絶好調。
いつものポイント、はやる気持ちを抑えつつ
波チェックもそこそこにウェットスーツに袖を通す。
ココナッツ香る滑り止めのワックスを適当に塗り、急いで浜辺へダッシュ!

そこは西日が海へ落ちる日本海。
夕暮れ時は波に夕日が映り込み、淡いオレンジ色。
まるで黄金の波。

僕たちは、黄金の波に身を任せ
はるか遠い沖から生まれる自然のパワー、地球のパワーを全身に感じ
日頃のうっぷんを晴らします。

と、次の瞬間・・・一瞬目の前が真っ暗になりました。
サイズの大きくなった波が、急にカール状に巻き始め
同時に前方に投げ出され、頭から海に真っ逆さま。

ドン!!!!!!!!!とても鈍い音が聞こえた。

受け身をとる間もなく、投げ出された場所は、水深がとても浅い場所。
膝くらいしかなく、思いっきり頭を海底に打ち付けていました。
打ち付けた瞬間、肩から手の指先まで電流が走るような痺れを感じた。

何が起こったのか分からないけど水の中。
起き上がらないと溺れてしまう。よし、痛みは感じるけど体は動く。

ボクはフラフラと海から上がり、痛みを我慢しながら
友人へ大きく両手でバツサインを送った。
何かあった時のサインです。
サインに気づいた友人に
「頭を海底に強く打って痛みがある」といい海を後にした。

痛みはあったがムチ打ちくらい程度だと思い
ビールで痛みを紛らわし床についた。
朝、目が覚めると起き上がることができないくらい
痛みがひどくなっていた。ヤバい。。仕事どころではない。

雨が降っているその日は、
風にあおられる傘をまともに持つことさえできません。
病院に着き、診断を受けると
「今すぐ緊急入院です。首の骨が2箇所折れています」
絶対安静3ヶ月の入院生活が始まりました。

実は、入院した次の日は彼女とボクが楽しみにしていた
両家の顔合わせの日だった。

両家が揃ったのは病室。御見舞の時でした。
ボクは運良く、首の骨が2箇所折れていたが
後遺症が残ることはありませんでした。

この時、彼女がハッキリとボクの両親に向かって
「私が彼を看病します」と答えた言葉は力強く嬉しかった。
毎日仕事終わりに病院へお見舞いに来てくれる
彼女の姿は聖母マリア様のようだった。

癌になるまでの人生はいったい何だったんだろうと
振り返ることが多かった。


思うがまま人生を送っていたのかもしれない。
今思えば上出来の日々だったのかもしれない。
いや、首の皮一枚でいつもギリギリの人生だったのかも。

 

僕たち夫婦は、大学で知り合った。

妻(多恵子)たえちゃんも僕も薬剤師を目指していたんだ。


僕たちは福岡にある薬科大学に通っていた。
共通の知り合いがいたこともあり、すぐ仲良くなった。


彼女は1級先輩だったので、僕は同級生の友達よりも可愛い先輩と
勉強することで試験勉強のモチベーションを上げていた。

いわゆる、助平根性ならぬ、スケベ根性丸出しってやつだ。
まぁ、大学生によくある話だ。(笑)

 

でもその介あって、テスト期間中、毎晩遅くまで一緒に勉強したおかげで
単位も落とさず、留年することなくストレートで4年生(当時薬学部は4年制)
まで進級することができた。(当たり前の話か。笑)
色んなファミレスで勉強していたのは良い思い出だ。

 

僕たちはとても気があった。
共に海が大好きで、彼女がはじめてサーフィンをするため
宮崎へ行ったサーフトリップを思い出す。


宮崎の幸島に向かう長い下り坂。13年くらい前かな。
この時から一緒だったんだ。余談だけど、この写真を見て彼女のお母さんは
この子と何かあるなと勘が働いたんだって。
それから5年後晴れて結婚することで証明されたんだ。
母親ってスゴイよね。(笑)

画像1

そんなこんなでよく宮崎に友達とサーフトリップにも出かけた。
飲み歩くことも大好きで、好みの音楽まで一緒、クラブで朝まで盛り上がり
踊り散らかしていた。
当然のように僕たちは仲良くなり付き合うことになったんだ。


ここだけの話、舞い上がるように嬉しかったよね。
それからほとんどの学生と同じように学生生活を楽しんでいた。
サーフィンかクラブか飲み行くか。そんな毎日だった。

薬剤師になるための国家試験は本当に大変だったが、
先に薬剤師になっていた彼女のサポートのお陰で無事合格することが出来た。
本当に僕にとっての天使でアゲマンなんだ。何もかも順調だった。
福岡で就職していた僕たちは将来のことを話し合っていた。

彼女の希望は、大きな犬を飼い一緒に家の中で暮らすこと。
僕の希望は海の近くに住み、毎日サーフィンができる環境で暮らすことだった。
僕たちはお金はなかったが、自分たちの夢を叶えるために一生懸命働いていた。
そして、結婚する約束をした。両家の顔合わせの日取りを決め
その日を楽しみにまた一生懸命働いた。

 

当時、勤めていた薬局はとても忙しかった。
新人薬剤師だったボクは、専門生を高めるため、西洋医学、東洋医学様々な勉強会に積極的に出ていた。

日々の薬局の業務はもちろんのこと、新米薬剤師の僕にとって覚える薬の知識は気が遠くなるほど多かった。

忙しさは自分が立派な医療従事者になるために必要な階段を、一歩ずつ歩んでいるようで誇らしく感じていた。

薬剤師は、患者やスタッフから先生と呼ばれる。
だからその名に恥じないよう一生懸命になっていたのかもしれない。
あまりに仕事中心の生活を送っていたためだろうか、
ある日、ボクは大きな事故を起こしてしまった。
 

P.S.
15年くらい前かな。
宮崎の幸島へ続く坂道。
ツーショットはこれがはじめての写真じゃないかな。
この日は、貸し切りだったっけ。
面ツル腰くらいだったかな。


トイレが近くにないからNOGUSOしたことは内緒ね。
いやいや、食中毒だったからね、このサーフトリップ。


あれから15年。
お互い薬剤師になって働いて
結婚して、海好きで移住して、病気して
泣く泣く帰ってきて、いろんなことあったけど
また宮崎にいるよ。


ほんとサーフィン好きだね。上手くなったしね。
これから僕たちはどこへ向かうんだろうね。
また15年後もサーフボード持ってウロウロしようね。
今日は、いい夫婦の日(2019/11/22)だって。
いつもありがとう。
これからもよろしくね。

ある日、突然告知されたんだ。

 

「あなたは、大腸癌です」

 

突然のことで耳を疑ったよ。

だけど今思えば、心当たりないわけでもなかったんだ。

 

それは、2015年10月。会社から1年に1回必ず受けさせられる、

一般(定期)健康診断のお知らせがあった。

 

健康診断と言えば、簡単な問診票に病気の既往歴や身長、体重、腹囲、視力及び
聴力の検査、肝機能や血中脂質、血糖など調べる血液検査、尿検査に心電図、胸部レントゲンが一般的だ。

 

僕は、当時32歳。結婚して4年経とうとしていた。

 

妻「今度の健康診断、追加でお金払ってもいいから、少し詳しく診てもらえば」

僕「そうだね。子供も欲しいし丁度いいかもね」

 

何気ないこの会話が、ボクの命を救うとはこの時思いもしなかった。

 

追加の健康診断は、バリウム検査と検便(便潜血検査)だった。

受診コースは、生活習慣病健診。

毎日サーフィンしていたボクは、健康に自信があった。

 

バリウム検査の目的は、胃癌や食道癌の早期発見。

検便の目的は、消化管から出血がないかを調べ、胃癌や大腸癌の早期発見。

どちらの検査も、僕たち若い夫婦にとってまだ必要のない検査かもしれないけど

念の為にやっておこう。そんな気軽な気持ちで健診に向かった。

 

検査当日。もちろん、絶飲絶食。。。

バリウム検査で使用する白いドロドロの液体は、

少し甘いのにその見た目のせいか不味くて飲みにくい。

グッと思い切り飲み干そうとするが、発泡してるせいか、これまた飲みにくい。

発泡剤+バリウムのWで飲みにくさマックスで、空きっ腹に効き吐きそう。

 

そして、間髪入れずに検査技師さんが

「検査が終わるまでゲップは我慢してくださいね」というが

検査台は上下左右に動くため、両手で横の手すりをしっかり握っておかないと

体をささえることができない。

検査したことある人なら分かると思うけど、ちょっとした遊園地のアトラクションと一緒。

まるで、コーラを飲んですぐジェットスターに乗ってるようだった。

 

逆さまになる回転検査台の上でグルグル回され、右へ左へゴロゴロと向きを変えられる。

そこから振り落とされないようゲップも我慢したまま必死に

彼の指示をこなしてく。「はい、次右向いて」「もう少し体を傾けて」。

 

そして、バリウム検査が終わったら下剤をできるだけ多めの水で服用する。

なぜなら、下剤の効果でバリウムを出さないと、お腹の中で

バリウムが固まってしまい便秘になるからだ。

 

通常、出し切れるのは早くても検査の翌日。2日はかかる。

だけど、ボクの場合少し様子がおかしかった。

 

下剤は用量用法を守って服用し、便が出るまで水・お茶などの水分を多めに摂り

野菜などの繊維質の多い物を食べ、アルコールは便が出るまでは控えていた。

 

だけど、2日経ってもまだ便に白いバリウムが残っている。

まだお腹も張ってるようだった。

 

僕「ね~たえちゃん、バリウムでお腹の調子が悪いんだけど」

 「こんな検査、もう二度としたくないよ」

妻「ふ~ん、でもそんなもんじゃないの」

 

3日、4日。。。なんだか便の出がおかしい。

やっぱり便秘になったのかな。

それでも1週間経つ頃には、いつもどおりに戻っていたから一安心。

 

そして実は、もう1つ気になることがあった。

 

健康診断のずっと前から、正確にはいつからか覚えていない。
ある朝、僕はトイレに行ってビックリした。赤黒い血がべっとり
便にくっついていたからだ。いよいよ痔(※)にでもなったのかなと思ったが
痛みもなく、おしり切れちゃったかなと、あまり気にするほどでもなかった。

痔(※)_________________________________
肛門やその周辺に起きる病気のこと。いぼ痔と切れ痔がある。
肛門から血が出ていたり、痛みがあったりして気がつくことが多い。
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検便は、健康診断の時に2日分持っていくことになっていた。
僕は検便をめんどくさがり、2日分の便を1日分2本の検査キットに入れ提出していた。

数日後、健診結果報告書が届いた。

 

全体的に異常はなかったが、食いしん坊の僕は痛風検査で異常、再検査。

これはフェブリクという痛風の薬を服用していたから予想は出来ていた。

というのも、信号待ちをしている時、いつも足の小指あたりがピリピリと痛み

もしかしたら痛風初期かもといつも疑っていたからだ。

痛風は分かっていたけど。

 

ん?要精密? 便潜血陽性(+)、要精密。

 

便に血が付いていたのは自覚している。

大腸ポリープ?がないか検査が必要です。なにをバカな。

めんどくさがりのボクはまたここでも

どうせ、痔でしょ、と高をくくっていた。

 

仕事の忙しさ、週末の遊びたさを理由に僕は、要精密検査に行かなかった。それから半年後。

僕の人生はひっくりかえされた。