深夜の五輪観戦による眠気解消法 耳を引っ張るのが効果的
 日本人選手の活躍によりテレビから目が離せないロンドン五輪。深夜の中継を見て、睡眠不足で仕事に行く人..........≪続きを読む≫


素晴らしい情報じゃないか!

出席する必要があるのか?って会議に出ている時の眠気は尋常ではない。

あの状態で耐えるのは、ほとんど拷問のようなものだ。

早速試してみよう、明日。

ねむ…ってなったら、資料に目を通しているふりをして眼球グッルグル回してやる。

考えるふりして耳をグッリグリしてやる。


神様、お願いだから効果がありますように…。
TEDで提起について取り上げられていた。

リーダーとフォロワーについてだ。

リーダーが行動を起こし、第一のフォロワーが乗り方を示す。

第一のフォロワーがいないと、リーダーはただのクレイジーになる。

しかし第一のフォロワーがいる事で、一つの集団が築き上げられていく。

学校の集団でも、会社のプロジェクトでも、どんな場合でも共通の現象だ。





僕はリーダーになれる存在ではない。

創造力に欠けるからだ。

だから第一のフォロワーを目指そう。

それであれば十分に可能性がある。

最高の二番手になってやるんだ。

自分のアイデンティティにしてやる。
20代中盤を迎え、ふと気付いた。

コミュニケーション能力が下がってる。

10代の時に比べて確実に下がってる。

仕事であれば問題は無いが、プライベートでは落ちてる。

何故か言葉が思い浮かばない。



これは深刻な問題であり、自信喪失に確実に繋がる。

駄目だろ!

仕事ばかりで、遊びをサボりすぎたんだ。

いや、どこかで斜めから見ていたところがあったのだろう。

ツケがまわってきたんだ。

人生を楽しむ為には大切な能力だというのに。。。



そこで考えた。

語学もそうだが、アウトプットする事が身につく為の効果的な方法だ。

まずはブログを更新する事から始めよう。

つまらなくても何でもいい。

何でもいいから自分の言葉で綴る事を始める事にした!
あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。

あなたの話し相手は、あなたのことに対して持つ興味の百倍もの興味を、自分自身のことに対して持っているのである。中国で百万人の餓死する大飢饉が起こっても、当人にとっては、自分の歯痛のほうがはるかに重大な事件なのだ。首に出来たおできのほうが、アフリカで地震が四十回起こったよりも大きな関心事なのである。人と話をする時には、このことをよく考えていただきたい。

ちょっとした心掛け一つで、この世全体が少しでも幸福になる。一人ぼっちの人や意気消沈している人を見かけたら、その場で二言三言やさしい言葉をかけてあげよう。たぶん明日になれば、そんな親切をしたことは忘れてしまうだろう。だが親切にされた者は、あなたの言葉を一生胸に抱き続けるだろう。

なぜ自分の愛犬をしつける時に用いるのと同じ方法を、人間に応用しないのだろう。なぜ鞭の代わりに肉を、批評の代わりに賞讃を用いないのだろう。

にっこりするコツおよびその効果を考えよう。まず世問や人々に本当に誠意をもって対さねばならない。この心掛けがなければ、にっこりしても不自然にしか見えない。だが人前ではいつもにっこりするよう心掛けるだけでも、けっこう役に立つ。ほほ笑みかけられた相手が幸福になり、その幸福がブーメランのように、こちらへはね返ってくるからだ。相手の気分がよくなれば、こちらの気分もよくなり、間もなく笑顔が本物になる。また、にっこりすると、不快な気持やよそよそしい気持が抑えられる。にっこりほほ笑みかければ、相手が好きだということを、それとなく伝えることになる。相手にもその気持が伝わり、こちらが好きになる。まあ一ぺんにっこりする習慣をつけてみたまえ。きっといい事があるはずだ。

まず相手の長所を賞める。それから徐々に相手の欠点を教えてやればよい。この方法を用いれば、会杜、工場、家庭で効果があり、妻に対して、子供に対して、両親に対して、ほとんど世界中の人間に対して効果がある。

もし、口論して千載の悔いを残したくなかったら、いくら自分に理があると思っても、相手の言う、ちょっと耳の痛いことにもがまんして耳を傾けることだ。

もし結婚生活が暗礁に乗り上げそうになったら、自分の伴侶の好ましい所と、夫や妻としての自分の至らない所を表にして比較してはどうか。あなたの人生の転機となるかも知れない。

われわれはお互いに相手を尊敬すべきだ。どっちみちお互いに大した人間ではないのだから。百年もすれぼ完全に忘れ去られてしまう。人生は自分の手柄話をとくとくと述べたてるには短すぎる。相手に話をさせよう。

議論に勝つことは不可能だ。もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったにしても、やはり負けているのだ。なせかといえは仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はとうなる?やっつけたほうは大いに気をよくするだろうが、やっつけられたほうは劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、噴慨するだろう。

議論に勝つ最善の方法は、この世にただ一つしかない。その方法とは議論を避けることだ。毒蛇や地震を避けるように議論を避けるのだ。

現代生活は忙しい。用件はさっさと述べ、言うべきことを言ったら、そこで話をやめて、絹手に話の場を譲る方がよい。

恨みを抱くな。大したことでなければ、堂々と自分の方から謝まろう。頑固を誇るのは小人の常である。にっこり握手して自分の誤ちを認め、いっさいを水に流して出直そうと申し出てこそ、大人物である。

自分の長所、欲求を忘れて、他人の長所を考えようではないか。そうすれば、お世辞などは全く無用になる。うそでない心からの賞讃を与えよう。”心から賛成し、惜しみなく賛辞を与え”よう。相手は、それを、心の奥深くしまいこんで、終生忘れないだろう…与えた本人か忘れても、受けた相手は、いつまでも忘れないでいつくしむだろう。

人から押しつけられた意見よりも、自分で思いついた意見のほうを、われわれは、はるかに大切にするものである。とすると、人に自分の意見を押しつけようとするのは、そもそも間違いだといえる。暗示を与えて、結論は相手に出させるほうが、よほど利口だ。

人と会うたびに何か親切を尽くしてあげることだ。一日が終ったら、自分の親切が何をもたらしたか、よくかみしめてみよう。たった一回の親切にどんな大きな意味があるか、ちょっと分らないだろうが、これだけは確かである。親切は相手が好きだというしるしであり、親切を受ければ、相手もある程度までこちらが好きになる。

人と会う約束ができることは、相手の信頼を得たしるしである。もし約束を破れば、相手から盗みをしているのだ。といっても金を盗んでいるのてはない、「人生」の銀行から時を盗んでいるのだ。相手にとって一生取り返しがつかない時を。

人はだれでも他人よりも何らかの点で優れていると考えていることを忘れてはならない。相手の心を確実に掘む方法は、相手が相手なりの重要人物であるとそれとなく、あるいは心から認めてやることである。

人間にもっとも必要な特質とは何だろうか。管理者の能力、偉大な精神力、親切心、勇気、ユーモアを解する心こんなものはみな違う。もっともそのどれもが、ごく重要であるが。私の考えでは、それは友人を作る能力である。一言にして言えば、相手の最大の長所を見出す能力である。

人間は理性の動物ではない。感情に動かされやすい、偏見に満ちた、自負心に動かされて行動する動物である。人を相手にする時は、常にこの心掛けを忘れないことだ。

人間嫌いを直す簡単な方法は一つしかない。相手の長所をみつけることだ。長所は必ずみつかるものだ。

相手に本当の興味を持とうと努力すれば、こちらに興味を持たせようと二年間悪戦苦闘の末、やっと得られる友人より、多くの友人が二時間もあれば得られる。言い換えれば、友人を得る最上の方法は、まず自分が友人になることだ。


相手の考え、行動には、それぞれ、相当の理由があるはずだ。その理由を探し出さねばならない。そうすれば、相手の行動、さらには、相手の性格に対する鍵まで握ることができる。ほんとうに相手の身になってみることだ。

相手は間違っているかも知れないが、彼自身は、自分が間違っているとは決して思っていないのである。だから、相手を非難しても始まらない。非難は、どんな馬鹿者でもできる。理解することに努めねばならない。賢明な人間は、相手を理解しようと努める。

目つき、口ぶり、身ぶりなどでも、相手の間違いを指摘することができるが、これは、あからさまに相手を罵倒するのとなんら変りない。そもそも、相手の間違いを、なんのために指摘するのだ?相手の同意を得るために?とんでもない!相手は、自分の知能、判断、誇り、自尊心に平手打ちを食らわされているのだ。当然、打ち返してくる。考えを変えようなどと思うわけがない。どれだけプラトンやカントの論理を説いて聞かせても相手の意見は変らない。傷つけられたのは、論理ではなく、感情なのだから。


友人が欲しければ友人の事をいつも心にかけるように心掛けることだ。相手の名前を覚えればその人に対して口では言い尽くせない好意を示したことになる。その人に対して好印象を与えたことになる。自分の名前を覚えてくれたことで、相手の自尊心は高まるからだ。

友人を得、こちらの考えに同調させる最も確実な方法は、相手の意見を十分に取り上げてやり、相手の自尊心を満足させてやることだ。

子供の大望を聞いて笑ってはいけない。子供にとって、笑いはからかいを意味することが多く、からかいほど心を苦しめるものはない。子供が身のほど知らずの大望について語る時に親のなすべきことは、その大望についてあらゆる観点から、よく話し合ってやることだ。そしてできることなら、どうすればその目標に成功する望みをもって近づけるか、その方法を助言してやる。それからさあ、やりなさいと前進を勧める。ありとあらゆる激励を与えてやる。何よりも、子供が自力でできる事には手を貸さないことだ。自分で自分の成功を育てる特権と感激を取り去ってはいけない。

『敵に憎しみを感じると、自分自身が敵に支配される』

『人間は、だれでも周囲の者に認めてもらいたいと願っている』

『名前は、当人にとって、最も大切なひびきを持つ言葉である』

人を動かす唯一の方法は、
その人の好むものを問題にし、
それを手に入れる方法を教えてやることだ


あらゆる階級を通じて、目だって気高い人は誰か。
どんな長所を持っていても、常に心の平衡を失わない人だ

なぜ、このように悪口が絶えないのか。
人々は他人のちょっとした功績でも認めると、自分の品格が下がるように思っている。

われわれの本性は怠情へ傾いている。だが、われわれは活動へと心を励ます限り、その活動に真の喜びを感ずる


人間が真に悪くなると、人を傷つけて喜ぶことのほかに興味を持たなくなる。

人間は利己的でなければならないほど利己的な人間に隷属させられている

人間は現在がすこぶる価値のあることを知らない。ただ、なんとなく未来のよりよい日を願望し、いたずらに過去と連れ去って嬌態を演じている

何事につけても、希望するのは絶望するのもよい、
可能なものの限界をはかることは誰にもできないのだから

何事も始めはむずかしい、ということわざは、ある意味では真理かもしれないが、
より一般的には、何事も始めは容易だ。最後の段階に登ることこそいちばんむずかしく、これに登りえる人間は稀だ

卑怯者は安全なときだけ威たけ高になる

同じ経験を繰り返して話をする人に言えることだが、
彼らは経験すべきことの半分も自分が経験していないことを、いつまでもわかっていない

名言集および格言集は、社会人にとって最大の宝である。
もし前者を適宣の場合に会話の中に織り込み、
後者を適切なときに記憶に喚び起こすならば。

恋人の欠点を美徳と思えないようなものは恋しているとはいえない

憎しみは積極的な不満で、嫉妬は消極的な不満である。したがって、嫉妬がすぐに憎しみに変わっても怪しむに足りない

才能は一人で培われ、性格は世の荒波にもまれて形成される

新しい真理にとって、古い誤謬ほど有害なものはない。

自分の知っていることは自慢し、
知らないことに対しては高慢にかまえる者が少なくない

言論の自由を呼号するのは、それを乱用しようとする人間のみである。

なぜ、人は他人の悪口を言うのかというと、
他人が自分よりも下だということを示したいだけであり、
それをしなければ、自分の悪いところが目についてしまうからです。