YUKIのひとりごと -2ページ目

『生きる勇気』

こんばんわ。



8月9日。。

この日は、今のぼくにとって特別な日・・



きょうは、

73回目の長崎の原爆の日です。。



映画『ヒロシマナガサキ』、『The Last Atomic Bomb』

僕が携わった原爆をテーマにしたアメリカ制作のドキュメンタリー映画です。



このどちらの映画にも出演して頂いた、ある被爆者の女性がいます。

ぼくは彼女と出会って『生きる』ことの大切さを改めて感じました。。



この女性は原爆で母親と兄姉を亡くし、自らとてつもない恐ろしい経験をし、医者ですら何が起きてるのか分からないと言う被爆による病気を患い、その病気に苦しみ、差別や偏見に苦しみ、おおよそ普通に生きていけない環境に耐えられなくなった最後の家族である最愛の妹を自殺で亡くしました。。

家族をすべて失い、自らも沢山の差別や偏見の中で、たったひとり生きてきた女性。。



彼女は言います。

『人間にはいよいよの時、二つの勇気に分けられる』

『生きる勇気と死ぬ勇気・・』



『妹は残念ながら死ぬ勇気を選んでしまいました・・』

『私も死のう・・』 そう思ったそうです。



しかし、彼女は生きました。

ひとりぼっち・・



たとえ・・

ひとりぼっちでも・・



彼女は意味の分からない病気を抱え、内臓の多くを手術で失いながらも、強く生き抜いてきてくださいました。。

『私は生きる勇気を選びました』と・・



『生きれなかった妹の分まで生きたかった。。』

こんな想像を絶する人生を、強く強く生き抜いてくださいました。



『私たちは、せっかく生き残っても・・、人間らしく生きることも・・、人間らしく死ぬこともできませんでした。。』

『心と体の両方に傷を持って生きていくのは、もうわたしたちだけで十分です・・』



そうおっしゃって、今もなお核兵器の愚かさや平和への願い、生きる勇気を訴え続けていらっしゃいます。

僕らに伝えるために・・



生きてきてくださいました。。



『生きる勇気』を選んでくださって、本当にありがとうございます。。

この女性と出逢えたことを、心から感謝しています。



この映画のロケが終わって暫くして、長崎で久し振りにこの女性にお会いし、お話させて頂く機会がありました。

彼女はたまたまリストカッターの少女と出逢い、その『生きる勇気』の話をしたそうです。。



すると・・

後日、その少女から・・



『もう死ぬのをやめます。。』

というお手紙を頂いたと、涙ながらにお話ししてくださいました。



『この子に話せただけでも生きてきてよかった・・』と。



8月9日、長崎の原爆の日。。

僕にとってこの日は・・



平和を願うとともに、『生きる勇気』と言うことを考える日になりました。。

彼女の生きてきた人生に触れた者として。。



一人でも多くの子供たちに伝えたいと思います。

自ら命を絶つ子供たちが増えている昨今・・



どんなに辛く、どんなに過酷な環境におかれとしても・・

子供たちが『生きる勇気』を選んで生きていくために。。



子供たちの生きていく未来が、笑顔溢れる素敵な時代であって欲しいと願いながら。。

原爆や戦争で亡くなったすべての方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。。






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8月6日という日

こんにちわ。。



今日は広島の73回目の原爆の日です。

毎年、8月6日に思うこと。。



ぼくは『WHITE LIGHT/ BLACK RAIN ヒロシマナガサキ』、『THE LAST ATMIC BOMB』という二つの原爆に関するアメリカ制作ドキュメンタリー映画のロケに携わりました。。



そして『8月6日』は僕にとって特別な日となりました。

あの日さえなければ・・




多くの罪なき人々が命を落とさなくて済んだはず・・

被爆者の方々はこんな壮絶な人生を送らなくてよかったはず・・




これらの映画の撮影にあたり、沢山の被爆者の方々にお会いしました。。

そして彼らの壮絶な人生の話を聴きました。。



家族や友人を一瞬のうちに亡くし、ケガや火傷、前例のない一体なにが起きてるのか訳のわからない病気に苦しみ、生き残っても差別や偏見を受け、ひとの好奇の目にさらされて生きてきた・・

彼らはただ、普通に暮らしていただけなのに・・



戦時下という特殊な時代背景ではあるものの、彼ら被爆者の方々のほとんどは普通に生活を送っていた方々なんです。

想像できますか?



今、私たちが普段何気なく生きているこの瞬間に、突然このようなことが起きることを・・

ごく普通の生活の中でまさに今・・



とてつもない恐ろしい光と鉄をも溶かす高熱と建物を簡単に破壊してしまうような猛烈な爆風と衝撃波が襲ってくることを・・

彼らはその地獄を経験しました。



そして、原爆投下から73年・・

被爆者の方々の多くがお亡くなりになっている現実。。



語り部として辛い思い出を沢山語ってこられた被爆者の方々が毎年のように減っています。。

恐ろしく辛い体験を直に語れる方々が本当にいらっしゃらなくなってきています。



だからこそ、今、ぼくら次の世代がしっかりと学び、伝えていかなければ・・

他人事のように、遠い昔話のように感じている方も多いかもしれません。。



だけど、こんな恐ろしいことはもう二度とあってはいけない。

世界のどんな場所でも、もう二度と起きてはいけないんです。



それなのに、世界中には数えきれないほどの核兵器が存在しています・・

それが事実です・・



だからこそ世界中のみなさんのひとりひとりがやさしさを持って『命』の大切さを感じてほしい。

もう二度と人類が核兵器を使用しないように・・



そして、戦争やテロ、原爆に限らず

世の中には殺人や自殺が増えています・・



他人を、

自分を、

絶対に傷つけないこと・・



ひとりひとりがやさしさを持って『生きる』ということの大切さを感じてほしい。



ぼくにできることはとってもちっぽけなことです・・

だけど、このひとりひとりの小さな想いが繋がって、広がって、いつか大きな力になり、みんなの願いになることを願ってます。



この日は僕にとって、そんな『命』を感じる特別な日。。

原爆によって命を失ってしまった多くの方々のご冥福を心よりお祈りいたします。



子供たちの生きていくこれからの未来が、笑顔のあふれる素敵な世界でありますように。。

こころから願っています。。




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3.11

3.11。


忘れない。。





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