こんにちは👋
皆さんは、普段、周りの人に合わせるタイプですか?それとも、周りがどう言おうと、自分の考えを伝え、話し合うタイプでしょうか❓
自分も含めて、日本人は、けっこう人目を気にしたり、必要以上に周囲人達の空気を読んで話したり、行動してしまいがちです。
周囲への気配りは大切ですが、人を恐れてしまうがゆえ、人の意見に合わせたり、望んでないのに、集団の意向に合わせたりするのは、やがて苦しくなったり、神様の願いとは違う歩みをしてしまう可能性もあるのでは❓と思う時があります💧
人を恐れず、人目に左右されずに、ただ神様のために行動することは大切です!簡単には出来ないことですが‥‥😓
でも、イエス様はそのことをされました!
「それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。 そして言われた。「こう書いてある。 『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』 ところが、あなたたちは それを強盗の巣にしている。」」
(マタイによる福音書 21:12-13)
イエス様の宮清め(神殿清め)は、エルサレム神殿が神との交わりの場(「祈りの家」)ではなく、商売と腐敗の場(「強盗の巣」)と化していたことへの怒りと、真の礼拝回復を示すためでした。
神殿は本来、万民が神に祈り、出会う場所でした。しかし、当時の神殿外庭は、犠牲の動物を売る者や両替商で溢れ、真剣な礼拝が妨げられていました。その状況を見て、イエス様は怒られたわけです。この怒りは、イエス様の父なる神への熱い愛の表れでもあります。愛する父へ心から感謝し、捧げる場所を商売の場所として人間の金儲けのために利用されてるのを、イエス様は我慢できなかったのでしょう🔥
そして、本来、神様を礼拝する特権がないかのように扱われる異邦人でさえ、父なる神に礼拝でき、神様と交われる場所を作ってるのに、その場所がないがしろにされていて、商売が行われている!
愛する父との大切なコミュニケーションを妨げることは、神のみこころではない❗️その怒りがイエス様を突き動かし、両替人の台など倒して破壊していきました。
この神殿の商売の場所を破壊しているイエス様が好き!という人は、あまり聞いたことがありません。しかし、
- マタイによる福音書 21章12〜13節
- マルコによる福音書 11章15〜19節
- ルカによる福音書 19章45〜48節
- ヨハネによる福音書 2章13〜22節
これほどの箇所に、イエス様の宮清めの記事が載ってるのは、それほど重要な事柄だからと思います。
⬆️イエス様の宮清めのシーンを描いてみました。

