明治政府は、維新後、西洋を見習い、学校制度を取り入れ、様々な授業(科目)を取り揃えたのだが、その中に邦楽は無かった。政府は、公的に邦楽を切り捨てようと考えていたのだ。小唄・端唄(三味線音楽)は、唄うこと憚るように仕向け、民謡などは、歌詞を書き替えて、面白みを無くした。これについて、自分は、ずっと強い憤りを感じていたのだが、結果的に、これで良かったのだと思う。文化という物は、庇護すると形骸化してしまう虞があるので、皮肉な事に、粗末に扱われたお蔭で、邦楽は今も活き活きと残っているのではないだろうか?