東京高裁は6月6日、福島原発事故での東京電力の旧経営陣への13兆円超の賠償を命じた1審の東京地検判決を取り消しました。"津波は想定を超える規模で、発生は予測できなかった” と言う司法判断となりました。
日本の原子力政策は国が立案し、電力会社が運営する「国策民営」で進められてきたので、判決は会社経営陣に全ての責任を負わせられないと判断した様です。
裁判において東電は「東北大震災の津波は想定外で不可抗力であった」と弁明し、東京高裁はこれを認めた判決を出しました。しかし本当に津波は想定外の不可抗力だったのでしょうか。東電の福島原発は津波でメルトダウンしましたが、同じ津波に襲われた東北電力の女川原子力発電所は無事でした。それは何故なのでしょう。そこには東北電力の平井弥之助さんと言う責任感の強い偉人の存在がありました。
平井弥之助(1902~1986)さんは 宮城県の沿岸の柴田町の出身で、東北の海沿いでの津波の怖さを実感して育ちました。東京帝国大学工学部土木工学科を卒業して東邦電力に技術者として就職し、東北電力の副社長になられました。
女川原発が建設された1970年代、平井さんはすでに退任されていましたが、東北電力の社内委員会委員として女川原発の安全設計に参画されました。当初女川原発は政府規制値による海抜12mのところに建設されることになっていました。しかし平井さんはそれでは駄目で、絶対に必要な高さとして14.8mまで上げさせました。原発は海水をポンプで汲み上げて冷却を行うので、より海抜の高いところに建設すれば、それだけ強力なポンプが必要になり、建設にも運用にもコストがかさみます。しかし平井さんは頑として14.8メートルを譲りませんでした。
地震・津波対策のために、平井さんは ”歴史は繰り返す” を念頭に古文書の記録を詳細に調べ研究をしました。そして869年に起きた貞観地震に注目しました。貞観地震並みの津波に耐えられるよう女川原発を周囲の反対を押し切り、平井さんが独自に算出された標高14.8mの高さにしました。
政府の規制値に合えばそれでいいではないかとのとの周囲の声に対して平井さんはこう言われたそうです。「技術者には法令に定める基準や指針を超えて、結果責任が問われる」。この平井さんの信念のお陰で、女川原発は東北大震災の13メートルの津波から守られました。
原発事故防止で何兆円もの損失を防いだ平井弥之助さんを顕彰するには、死後叙勲を贈り、彼の責任感と功績を国民に知らしめるのが良いと思います。浜口梧陵という偉人が、安政南海地震の際に自分の稲むらに火をつけ、津波から村人を救ったという実話を基にした「稲村の火」が戦前の教科書に載った事を踏襲して、「原子力の安全」とのタイトルで、平井さんの功績を教科書に載せるのも良いと思います。
日本の原子力政策は国が立案し、電力会社が運営する「国策民営」で進められてきたので、判決は会社経営陣に全ての責任を負わせられないと判断した様です。
裁判において東電は「東北大震災の津波は想定外で不可抗力であった」と弁明し、東京高裁はこれを認めた判決を出しました。しかし本当に津波は想定外の不可抗力だったのでしょうか。東電の福島原発は津波でメルトダウンしましたが、同じ津波に襲われた東北電力の女川原子力発電所は無事でした。それは何故なのでしょう。そこには東北電力の平井弥之助さんと言う責任感の強い偉人の存在がありました。
平井弥之助(1902~1986)さんは 宮城県の沿岸の柴田町の出身で、東北の海沿いでの津波の怖さを実感して育ちました。東京帝国大学工学部土木工学科を卒業して東邦電力に技術者として就職し、東北電力の副社長になられました。
女川原発が建設された1970年代、平井さんはすでに退任されていましたが、東北電力の社内委員会委員として女川原発の安全設計に参画されました。当初女川原発は政府規制値による海抜12mのところに建設されることになっていました。しかし平井さんはそれでは駄目で、絶対に必要な高さとして14.8mまで上げさせました。原発は海水をポンプで汲み上げて冷却を行うので、より海抜の高いところに建設すれば、それだけ強力なポンプが必要になり、建設にも運用にもコストがかさみます。しかし平井さんは頑として14.8メートルを譲りませんでした。
地震・津波対策のために、平井さんは ”歴史は繰り返す” を念頭に古文書の記録を詳細に調べ研究をしました。そして869年に起きた貞観地震に注目しました。貞観地震並みの津波に耐えられるよう女川原発を周囲の反対を押し切り、平井さんが独自に算出された標高14.8mの高さにしました。
政府の規制値に合えばそれでいいではないかとのとの周囲の声に対して平井さんはこう言われたそうです。「技術者には法令に定める基準や指針を超えて、結果責任が問われる」。この平井さんの信念のお陰で、女川原発は東北大震災の13メートルの津波から守られました。
原発事故防止で何兆円もの損失を防いだ平井弥之助さんを顕彰するには、死後叙勲を贈り、彼の責任感と功績を国民に知らしめるのが良いと思います。浜口梧陵という偉人が、安政南海地震の際に自分の稲むらに火をつけ、津波から村人を救ったという実話を基にした「稲村の火」が戦前の教科書に載った事を踏襲して、「原子力の安全」とのタイトルで、平井さんの功績を教科書に載せるのも良いと思います。