定年後に赴任した菱和名古屋支店が品質管理の国際規格であるISO9001を取得する事になりました。鳥井さんと言う三菱電機でロンドン駐在員をされ、懇意にさせてもらっ
ていた先輩が名古屋におられたので相談をしました。すると、鳥井さんが関連会社の支社長時代にISO9001を陣頭指揮で取得したとの事で、その時の体験談を話してくれま
した。 
 
鳥井さんはISO9001の規定を何度も読まれたそうです。しかし、なかなか理解できなかったけれど、ふと発想を変えて、この規定は、”欧米人が狩猟を成功させるために作
った規定であり、山や海でドングリやハマグリを拾って生活をした採集民族の日本人の発想、考え方で読むから分かり難いのだと考え方を変えて、マンモスや野牛をしとめた狩猟
民族になったつもりでISO9001を読むと、スムースに理解できたそうです。そして、その体験が発端となり、日本語と英語の言葉の差も同じだとの結論になり、次の様な「
鳥井理論」が出来たとの事で、その考え方を伝授してくれました。 
 
「鳥井理論」 
英語は、狩猟民族が、走り回る野獣をしとめて生活するための言語として成立した。他方、日本語は採集民族(縄文人)がドングリやハマグリと言った動かない静止物を採取して
生活するための言語として成立した。 
 
言語に関する本を色々読んだ事がありますが、”言語は手段、目的は生活”をベースとした鳥井理論と同じ事を書いた物にはまだお目にかかった事がありません。 
 
鳥井さんの話を聞いて、英語に関係代名詞(後から補足説明)があるのに、何故日本語には関係代名詞が無いのかがよく分かりました。逃げる物を相手にすれば、急ぐので結論が
先=英語、ですが、動かない物が相手だと急がなくてもよいので結論は最後でよく、修飾語、補足説明は結論の前にズラリと並びます=日本語。所有格もそうです。英語はイヤに
なるぐらい所有格を使いますが、日本語ではほとんど使いません。狩は他人様どうしがチームプレーで行いますが、採集は家族単位の単独で行います。他人様の集まりであるチー
ムプレーの狩では、責任の所在と捕れた獲物の分配、所有権をハッキリさせる必要があるので、英語には厳格な所有格使用があるのだろうと思います。しかし、家族で単独行う採
集には家族愛があれば十分で、責任の所在を厳しく言う必要性は無く、また家族間で採れた物の所有権を明確にする必要性もありません。 
 
こうした日本語と英語の差について、それまで、何故だろうと疑問に思っていましたが、鳥井理論を教えてもらったお陰で疑問点が氷解しました。日本人の祖先である縄文人の採
集生活は、動かない物を拾い集めるだけなので、細かい事を言う必要は無く、そのため日本語は数への認識もファジーなものになっています。中学で初めて英語を学んだ時、何故
英語は単数複数を厳格に表現するのだろうと違和感を覚えました。日本語と英語の数に対する認識と表現の差について広島大学教授が書かれた「英語に出来ない日本語」に次の様
なエピソードがありました。ギリシャ人から日本人になったバイリンガルの小泉八雲(ラフカデオハーン)は、「古池や 
蛙飛び込む 水の音」を 「Flogs ware jumping into the pond with sprashing sound.」 と英訳した。日本語の俳
句には匹数表現はありませんが、小学生でも蛙は一匹である事を知っています。数が表現されない日本語と、数が必ず表現される英語。その言葉の差は何処から来たのかを考える
時も鳥井理論が役立ちます。 
 
文化論の本には「日本人的意識は日本の伝統文化の中で出来たものなので、そう簡単には変わらない」とありました。日本人的意識からの完全脱却には日本語をやめ、英語、ある
いは中国語と言った狩猟言語で認識をし、思考回路を狩猟言語型に変える事が必要の様です。ハワイのバイリンガル日系女子大生に英語で「卒業後どうしますか?」と聞いたら、
「キャリアウーマンになって頑張る」との回答であったのに、同じ質問を日本語でしたら、「いいお嫁さんになりたい」との回答になったとの話を日経新聞の文化欄で読んだ事が
あります。 
 
競争の中で成果を出さなければならない仕事においては、狩猟を成功させる5W1H が絶対に必要ですが、愛情ベースの家庭生活では奥さん相手に5W1Hの厳格使用はダメだ
そうです。奥さんが外出する時、絶対に言ってはいけない禁句があるそうです。「オイ、何処へ行くんだ? 
何しに行くんだ? いつ帰るんだ?」。ダメ押しの禁句は「オレのメシはどうなっているんだ?」だそうです。会社生活で鍛えられた私は、禁句質問をした上で、「それだったら
行く必要はないのでは」と言って家内に嫌われています。 
 
鳥井理論を学び、日本語と英語の違いと、その違いを発生させた生活環境の差および日本文化と欧米文化の違いを自分なりに纏めて添付表を作りました。 
 
日本人(縄文人)は採集民族であり、海で貝を拾い、山で木の実を拾って生活をしました。従って、そこでの成否は個人の能力より運が左右します。何故なら、たまたまそこに木
の実が落ちていた。貝が存在していたいと言うことであり、その成否は狩猟民族の様に個人の能力に比例しません。狩は視聴覚、運動能力と瞬時の判断能力が必要なので、狩猟民
族の成果はその人の能力と比例しています。従って狩猟民族の成果は採集民族の様に、”隣の家に蔵が建ったらウチ腹が立つ”との嫉妬心にはならず、”さすが、見事”との評価
になります。 
 
言葉は人間にとって大変重要な物となっていますが、その事は、聖書では「最初に言葉ありき」となっている事や、識者による人類の発明発見で最も重要な物の投票で言葉がダン
トツの1位になった事からもよく分かります。 
 
鳥井さんはこう言われました。「狩猟民族は狩の後、次の成功を高めるため反省会を行ったはずであり、そこで使われた言葉はバーチャルに狩の動きを再現できる単語と文法を作
り出し、概念単語も必然的に生まれた。動きの速い狩における情報手段としての言葉は重要な事から先に言う言葉となった。他方、採集民族に必要な言葉は目の前にある静的事象
を平面的に伝達出来ればよかった。そして、定住型の縄文人は嫉妬心の強い仲間と仲たがえせぬ和を維持せねばならないが、そのためには話している事を相手の反応、その場の空
気の変化に応じて変えられる様にした方は良い。そこから、最後の言葉で疑問、否定、肯定、依頼、付加疑問のどれでも好きな様にひっくりかえす事が出来る言葉に日本語はなっ
た。 
 
日本語は「上」しかないのに、英語では「ON、ABOVE、OVER」の単語があり、より正確な空間位置関係の表現が可能になっている事からも鳥井理論の正しさがよく分か
ます。この事で面白い話が雑誌に出ていたのを思い出します。海外旅行の夜行寝台列車に乗った日本人男性の切符は上の段の寝台で、その下の寝台には金髪の美人が寝ていました
。日本人男性は「上に寝ていいですか」とことわりを入れるつもりで、「May 
I sleep on you?」と言ったら、彼女にヒッパタカレました。ONは接触をした上であり、接触しない上はABOVEなので、男性は「May I sleep 
above you?」と言わねばなりませんでした。 
 
言葉で大事な動詞は、日本語では大体3音節(走る、投げる、殺す、食べる)ですが、英語はほとんど1音節(Run、Throw、Kill、Eat)となっています。逃げ隠
れしないドングリ、ハマグリ相手だと急ぎませんが、走って逃げる野獣相手だと少しでも早くコミニケーションしないと獲物は逃げてしまうので、瞬時に分かる1音節の動詞にな
ったのだろうと思います。そして発音も日本語の様にホンワカとした物ではなく、狩猟に適した耳をつんざく鋭い響きがあります。 
 
「必要は発明の母」と言われますが、「生活は言葉の母」である事が鳥井理論を学ぶ事でよく分かりました。