天文(てんもん)


室町時代の元号


1532年~1554年の22年間をさす


このあいだに

戦国の武将たちが

続々と生まれている


天文二年

 島津義久

 朝倉義景

 小早川隆景


天文三年

 織田信長


天文四年

 丹羽長秀

 (濃姫)


天文五年

 豊臣秀吉

 (足利義輝)

 佐々成政


天文六年

 (足利義昭)

 加藤光泰


天文七年

 前田利家

 (足利義栄)

 北条氏政


天文八年

 前田玄以


天文九年

 豊臣秀長


天文十一年

 服部半蔵

 徳川家康


天文十二年

 顕如


天文十三年

 伊達輝宗

 竹中重治


天文十四年

 浅井長政

 増田長盛


天文十五年

 最上義光

 武田勝頼

 村上国清


天文十六年

 (お市の方)

 織田長益

 浅野長政


天文十七年

 斎藤龍興

 榊原康政

 本多忠勝

 (義姫)


天文十八年

 筒井順慶


天文十九年

 内藤如安


天文二十二年

 毛利輝元


などなど・・



こうして見ると


彼らが

子供の頃

時代が違ったら

一緒の小学校に

通ってたかも


なんて考えると

面白いです


1545年の春


島津が中一、12歳

彼は三月生まれなので

早生まれとして


信長が五年生、10歳(午)

秀吉が早生まれで四年生、9歳(申)


服部半蔵は2歳か3歳

徳川家康は早生まれで、2歳(寅)

まだ赤ちゃん


そして

伊達政宗のお父さん

伊達輝宗がようやく1歳!



ちなみに

その前は

享禄で


三年生まれの

上杉謙信は早生まれで、高1、15才(寅)


その前は大永


元年生まれの

武田信玄は23歳で就職二年目・・(巳)


天文の後は

弘治


元年に

上杉景勝(卯?)


二年に

藤堂高虎(辰)


その後は

永禄


三年に

石田三成(申)


四年に

井伊直政


十年に

伊達政宗(卯)


ようやく

出てきました


画面写真を

見て


美少女アニメだの

ひこにゃんだの

リラックマだの


萌えや

脱力系キャラ全盛の

この時期に


思いっきり逆らった

世界づくりに

まず

拍手



クウジットさんの

iPhonアプリ

「大江戸妖怪集」

です


http://service.koozyt.com/oedo/

伊達な上屋敷


この企画の面白いところは


実在の

「都営大江戸線」

の駅と


ゆかりのある妖怪を

関連付けた点と


コレクション機能を

つけている点です


惜しいのは

妖怪のビジュアルを

暗くしすぎたせいか


姿かたちが

ハッキリしないこと


でも

それがかえって

この商品の世界観を

盛り上げるのかも

しれませんね



「大江戸線」という

地下鉄が

東京の地下を

走っているイメージは


妖怪たちが

地下に

閉じ込められて

うごめいている感じを

連想させて


とてもいい

組み合わせだと

思います



地下鉄が走っている

地上の町が


江戸時代

どんな場所だったか


どんな寺や神社があって

どんな言い伝えがあるか


など

古地図を片手に

実際

歩いてみると


より

妖怪たちが

身近になるかも

しれません




監修:民俗学研究者の久保田裕道氏

アートディレクション:グラフィックデザイナーの森岡淳氏



その他のニュース記事

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/news/20090520/1026357/

(「日系トレンディネット」記事)

伊達な上屋敷


http://bb.watch.impress.co.jp/docs/news/20090519_169444.html

(「BBウォッチ」記事)

伊達な上屋敷


http://www.j-cast.com/mono/2009/05/19041359.html

(「J-CAST」記事)

伊達な上屋敷

神社本殿の

周囲に

十二支彫刻の例は

多い


五重塔にも

十二支を

方角にあわせ

置く例は

結構あるようだ


ほとんどが

初層の蟇股にある


桃山期以降の

建物に見られる


現存最古は

【大阪勝まん院の多宝塔】


ほかに


【日光東照宮・五重塔】



初層の蟇股に

十二支彫刻



これは

たまたま

正面が東向きなので

右から


と並んでいる


これが

家康

家忠

家光

の干支と

同じなので


特別だと

思う人もいるようだ


だが

本殿はたいてい南向きで

五重塔は

その手前にある


だから

参道の右にあれば

正面は西向きで

申・酉・戌になり


参道の左にあれば

正面は東向きで

寅・卯・辰になる



例えば

戦前まであった

江戸時代建立の

【浅草・浅草寺 五重塔】は

本堂の向かって右側にあった


昭和二十年

戦災で焼失したが

これには

十二支の彫刻が

あったようだ


現在の

昭和生まれの五重塔は

向かって左側にある


彫刻については不明

【上野寛永寺 五重塔】


現在は

上野動物園の敷地内にある


中備え蟇股に

十二支彫刻



【日蓮宗総本山身延山久遠寺】


ここは

H21.5.13~17に

五重塔落慶式があった


初重軒廻りの蟇股に

十二支彫刻


なお

ここの製作過程と

十二支の詳しい資料は

すばらしい


鈴木長次にも

触れておられるので

要チェック!


【池上本門寺・五重塔】


ここも

初層蟇股に十二支彫刻


ここは

H11.9.14~15に

解体部材 展示公開が

行われた


そこで

辰・申は失われており


卯・午・子・寅の

四点を展示した


軒格天井板に

「慶長十二年」の

墨書銘あり



【陸奥應物寺 五重塔】


現存せず


大正2年 倒壊


十二支の彫刻が

あったという

資料あり


【備中国分寺 五重塔】


江戸後期

文政四年(1821)~弘化年間に

20数年かけて建立


初層中備え蟇股に

十二支彫刻




【十二支の動物と植物】

上記身延山資料より


子に葡萄(ともに子が多いことから縁起がいいとされる図)


丑に梅(天神さまで有名な図)


寅に笹(これも屏風などで有名な図)


卯に椿(白と赤の対比がみごと)


辰に波雲(これだけ架空の動物なので空のもの)


巳に紫陽花(これは珍しい感じ)


午に枝垂桜(桜流鏑馬もあります、馬の肉をさくら・・)


未に芙蓉(芙蓉はよく描かれるけど、この図はよく知りません)


申に栗(これも見る図、猿が栗の実をつまむ図がカワイイ)


酉に紅葉(十二支を月にすると、ちょうど秋)


戌に長春(長春=バラ似の伝説の花、吉祥図などに描かれる)


亥に大和松(中国風の丸い松が唐松、半円状が大和松、デザイン上の区別、猪は笹や松とよく描かれる)


前日とは

うってかわって


サイコウの天気で

暑いくらい


参加してた人たちは

大変だったでしょうね


ご苦労様です!!


でも

終わったあと

裏ですれちがった

みなさんの


さっぱりした

普段着姿に

なんか

癒されました



とても

堂々とした

行列で


かわいい

おサルさんたちや

神馬さんたちにも

会えて


とても

楽しかったです



そうそう


ちゃんと

家康殿と家光殿にも

ごあいさつ

してきましたよ



スーパー銭湯「シンケンジャー」!!


いつでも

かけ流しのお湯が

ジャージャー

あびれます


ことはが

「すいません・・今日も温泉出ませんでした」


まこちゃんが

「しょうがないわ、りゅうのすけ、いいわね!」


りゅうのすけが

「了解!!もじからで水を出すでござる~~!!」

「との!後はたのんだでござる~~!!」


とのが

「おう!燃えるぜえええ!!!」


ゴオオオオ!!


じいが

「との、よい湯加減ですぞ!!」


ちあきが

「って、じいさんが入ってどうすんだよ~」