「ジジコン首相が、平和をぼっ壊そうとヤッキだない・・。止めてくんにべがな、ほんとに」
(ジジコン首相が、平和を壊そうと躍起ですね・・。止めて欲しいな、本当に)
(ジジコン首相が、平和を壊そうと躍起ですね・・。止めて欲しいな、本当に)
平成27年7月15日、国会劇場で安保法案が通ってしまいました。
この夏、職場では大陸生まれで引き揚げ時に辛酸を舐めたというばばさまや、浪江町からの避難者であるばばさまなどが複数亡くなっていきました。もっともっと、話を聴き教えを乞いたかった・・と悔しいです。
・大陸生まれのばばさま「戦争はね、結局無くならないのよ。したいと思う人間がいて、国がある限り」「終戦直前は、釜山に居たの。米軍はね、港の船しか攻撃しなかったわ。町の方はしなかった。もう戦後の復興のことを考えていたんでしょうね。それが戦争よ」「朝鮮の人たちね、戦争が終わる直前に日本人が住んでる家の表札の上に、自分たちの表札をかけていったの。あれは、私が住むから・・・ってことだったのね」
・津波で家まですべて流され助かったのに、避難を重ねて認知症を発症し骨折を2回し廃用性症候群になって逝ったばばさま「3月11日、津波でみーーんなもってがっちゃんだ(津波という、割と最近の記憶が保持されていることに驚きました)」
・生まれ暮らしてきた家がそっくり残っているのに、帰れないまま卒寿過ぎで逝かれたばばさま「私もね、若かったから(といっても、80代後半だった)、5回の避難は苦ではなかった・・・」「(死の数日前に、食が細り目を見開いて)私、死ぬの?」
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自分は首相官邸前に集まったり各地でデモに参加しようとすることには抵抗がありますが、戦争を知る消えていく世代の、声にならない・出したくもないであろう当時の声や、報道されにくい被災者の声を静かに聴き続けていきたいと思います。

写真は、最近の息子。家庭内暴力の瞬間です…ブルブル。過去を顧みない大人を反面教師として、たくましくでも優しく育ってほしいもんです。もう少しで、丸6か月になります。離乳食を始めてひと月になりますが、お粥は出すことが多くパンや芋を好むようで・・・。