かえる in the gold

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久々に地元の親友からの電話で目が覚めた。

何かと思えば「被災地を自分の目で見るために1人で車で福島に乗り込んで道がわからない」とのこと。

胸が熱くなって寝れねぇじゃんか。

震災から一年。
日本は変わった。世界も変わった。
みんな変わった。自分も変わった。

この大きな意味を持つ日に自分のことを振り返ってみた。

俺はと言えば大学も三年生への進級が決まった。

何より大切にしたいと思える人が出来た。
友人達との会話も将来の話が多くなり互いに抱える問題も大きくなった。

成人式では多くの旧友と再会。
仕事してるやつもいれば学生やってるやつもいる。

そんな中で自分の進んだ学生という道に悔いはない。


やっと本を読む大切さに気付き最近は本をよく読む。
福沢諭吉の「人生は自分の目で知りたい物事を見るのには短かすぎる。ゆえに勉学が必要。」との言葉を信じて。

そこで最近は母国愛。つまりパトリオティズムの重要性に気づいた。
日本という括りに留まらず自分の育った千葉、学校、育ててくれた親、支えてくれた人達にいつかは恩返しがしたい。

この気持ちから50歳くらいになったら釣った魚振る舞う飲み屋でも作ってみんなが語れる場所を作りたいっていう
夢もできた。

だからまだまだ自分を磨こう。
「人生一生涯勉強」っていう高校時代の監督の言葉も忘れない。

自分を強く持ってない人間が国も人も支えられるわけがない。

震災に話を戻すと日本の復興力は凄まじいと思う。
現場で復興に携わる人もいるけど1人1人が今いる場所で名一杯生きるのが1番なんだと思う。

よくよく考えれば自分は本当に幸せな環境にいる。
何もかも!
沢山の人に支えられ生きてるだけで幸せだ!
さんまさんの
「生きてるだけで丸儲け」みたいに。

これからやるべき仕事として商社で働くのもいいけど、広告業界で何かおもしろいことを世に出すか、メーカーで何か幸せを世に届けるモノを作りたいって気持ちが最近強い。
だんだんやりたいことも絞れてきたんかな。

そのためには学んで無駄なことはない。

人間を支えるのは人間のみ。
日本を支えるのも一人間から。

今は自分のことで精一杯なりに、身近な人を大切にするのはもちろん、大切な人たち、これから関わる人の力になれるようもっと自分を大きくしたいと未熟ながら決意しました。

震災で亡くなった多くの方の命に追悼の意を捧げます。

感謝の気持ちを忘れずに、進もう!

よかった、よかった☆!
photo:01

今年の夏。二十歳になる前の夏。

本当に忘れられない夏になると思う。


色々な意味で!!

かなり前の話となりますが、4月の中旬、みつをときどと福島へ災害ボランティアに行ってきました。移動手段はレンタカー。ほとんど軽自動車。俺ときどの交代で約900kmを走り切りました。初日は昼ごろ、経堂を出発。多少の物資、食糧、寝袋などで車はぱんぱん。


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途中何度も休憩したものの8時頃にはみつをのじーちゃんちがある飯坂温泉村に到着。俺は三度目の被災地なので、慣れてきてたけど、行く道の東北道は自衛隊の車がいっぱい。異様な光景。PAも自衛隊の方々でいっぱい。
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その日の夜は車内泊のつもりだったものの、みつをのじーちゃんのご厚意により、泊めさせてもらうことに。。被災地の方々に迷惑はかけないと決めていたのに。。

しかし、ゆっくり休憩出来たため、次の日しっかりと行動出来た。本当に感謝です。


夕飯前には飯坂温泉村の温泉へ。寒かったので身体がめっちゃあったまった(^○^)

そしてそこで、ある出会いが。


湯船で話しかけてくれた高校生。

彼は津波の被害が大きい南相馬市出身。

俺らよりも大人びて、しっかりしてるように見えた。

彼はお母さんを津波で亡くし、親父さんと二人で飯坂温泉村に避難してたそう。

そこで、会話が進むにつれて、部活の話となると、彼は部活はやっておらず、音楽をやっているとのこと。そして、この地震後、先輩と歌を作ったから聞いてくれと言われ、一回じーちゃんちに帰り、渡す食料を取りにいってから、CDをいただいた。

貼り方がわからないので、聞きたい人は俺に言ってください。音源渡します!!


その後、車にもどり、そのCDを流すと言葉が出ない。

「ありがとうを言えなかった大好きな母親...etc」

本当にリアルな歌詞が心に突き刺さりました。


これを関東で流してくれと

最後には、頑張ってるやつに頑張れなんて言えないから

「また会おう!」

って握手したこと。絶対忘れない。


この出会いだけでも来てよかったとみんな心から思った。


次の朝。天気はあいにくの雨。。

みつをのじーちゃんには今回は危ないから「ボランティアがどのように運営されて

いるのを見てくるだけでいいのではないか」「仏教において、人の為にやることは自分自身にとって一番の喜びである」との言葉を頂き、三人で必死に考えた。


でも危険は承知でやるって決めてきた。沢山の人に迷惑をかけているかもしれないし、もう自己満でもいいからやろう!ってことでみんなそれぞれ親には次の日は、内陸にある福島・郡山に避難所のボランティアに行くと言ったが、実際は危険な、海側、津波の被害をもろに受けている宮城県・亘理町へと向かった。

亘理町は俺のいとこんちがあるところ。

しかし、叔母さん心配され絶対に来るなと言われていたため、もちろん来ていることは言えなかった。こんなに近くまで来て会わないことなんか今後ないと思う。


少し雨は振っているものの、亘理町の災害ボランティアセンターに着くと沢山の人が。


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これは帰りだから中止って書いてある。

中に入ると、保険に加入し、自分達で向かいたい現場で挙手をする感じで続々と人が出発していく。

俺らは少し離れた鈴木さん宅へ向かうことになった。

車を運転し、着いたところはもろに津波の被害を受けた場所。

後からみんなで振り返ると、まさかあそこまで危険なところに行くと思わなかったと。


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なかなか写真を撮る時間がなかったんですが、こんなのざらです。周り一面がこんな感じ。

中にはもう手をつけられない家も。




天気があいにくの雨のため、作業をするときはもうドロドロ。

作業内容としては、がれきの撤去、倉庫の整理、家の中の履き掃除など。

家の中には人の高さよりはるか高い所に、津波のあとが線になってみえた。

泥をかいている途中にはどろどろになったアルバムの破片などもちらほら。

みつをは津波後に止まった時計を見つけたらしい。

ボランティアに来てる人々は、俺らのように若いやつらは三分の一くらいで、60くらいのおじさんや、仕事の出張合間にきたおにいさんなど。どこから来たかを聞くと、札幌、名古屋、徳島と、だれもが遠くから駆けつけていた。中にはひとりでバイクで来たって人も。15人くらいの俺らのグループでこれだったから、ほんとに全国から人が集まっていたんだと思う。みんなどんな作業も嫌がらず、本当に日本の国の素晴らしさを実感。

昼ごろになると、雨が強まり作業は中止に。

ある程度まで作業が終わってたからよかった。

作業が終わると鈴木さんにお礼を言われた。

「たくさんの家が被害を受けてるから本当にボランティアの方が来てくれると思わなかった。ほんとうにありがとう。涙、涙です。」と。

帰りに車を運転して帰る時には何度もありがとうと言われた。

絶対に忘れない。19年間生きてこんなにもありがとうと言われたことはなかった。本当に。何年も俺ら以上に生きてて、ここに来なければ絶対に会うことはできなかった人にこんなに感謝される。

なぜか、胸が苦しくなった。俺らが働いた一日よりもつらい経験をしてるはずなのに。

でも、同時に元気をもらった。

次の日はいわき市に行く予定であったが、カラオケでの怪奇現象、車内泊により疲れがピークに達したため帰ることを決断。行くことで心配をかけてしまうし。この判断は楽しかったと思う。

振り返ると、ほんとうにこの地震の現状は厳しく、一カ月経ったあとでも全く手がつけられてないところが沢山あるし、ましては、町の原型なんて全く残ってないところもある。これを考えると完全な復興は無理だと思う。

ただ、新たな街を作ることによって生き返るしかないと思う。生き返るというよりは生まれ変わるっていうのかな。

でも確実に生きてる人達の力は計り知れないほど大きく、俺ら若い奴らに日本の未来はかかっていると思う。

さらに、このボランティアに行くことによって心が重くなって帰ってくるかなと思ったけど、逆に人のつながり、あたたかさに心があったまった!!

行動することによって新たな出会いと、新たな目標が見える。

今回は、ほんとに沢山の人に迷惑とい心配をかけたけど、その分本当に得るものが多かった気がする。

自分の行動には自分で責任を持つ。これを大人になるにつれてやっていかなきゃいけない。

今回は往復が車だったし、もし大きな地震が来たら、死んでもおかしくなかった。でも生きててよかった。

生きてることは本当に素晴らしいと思う。

生きて、感じて、進んでいこう!その中でだれかの力になれたらいいな!

よかった、よかった!☆