Dashshimの日常茶飯事 -6ページ目

3月になってしまって、まだ寒いーー震災1年

今日は朝から雪でした。幸いに夕刻に仕事がありましたが、幸いにもキャンセルとなりましたので一日中自宅でテレビを見たり、パソコンへ向かったりでゆっくりとすごしました。夕刻には雪かきもして自宅周りを一部歩けるようにしました。我が家は日陰になるところが多いので、雪が溶けるのが遅いのです。
明日は、午前に庭の雪かきをしてから仕事に入ることにしようとおもいます。

以上の記事は2/29に書いた記事でした。それからもう3/10になってしましました。明日は大震災1年でもあり、テレビは1年ということで関連番組が多く見られます。あの日も東北地方は寒かったと思いますが、東京は意外と暖かった様な気がします。

ちょうど仕事から自宅へ自転車で帰る途中で、首都高速道路が上に走る道の豊島岡高校の横を走っていました。交差点のところへ来たら角にあるビルが今にも倒れるような揺れで、急いでその場を離れたことを記憶しています。ビルからは大勢の人たちが外へ出てきていました。


歩道にある人たちがある方向を眺めているので、その方向を見るとサンシャインビルがユサユサとまだ揺れていました。中の人たちはどんな気持ちだったのだろうかと、今でも思い出します。
 急いで家へか帰ると、ちょうど母も外に出ていたので帰り着いたところでした。妻は1人でテレビが揺れて倒れるのを抑えるのでいっぱいだったといって大きな声で叫んでいました。
 そんなことを、思い起こしつつ東京にも起こることに不安を覚えながら、なにかしなければと思う今日です。

花の時期がおそい

梅の時期が例年であれば、過ぎているというのに今年はまだ咲いたという情報が聞かない。先日、大宮盆栽美術館へいってきました。これもテレビの情報で出かけたのですが、盆栽美術館の近辺は盆栽村と言われる園芸園が数多くありました。帰りがけに大宮第2公園で梅祭りが開催されていましたのでよることにしました。でも、やはり梅は若干咲いていましたがまだ蕾の方がおおいというさまでした。陶器市がされていていたので、見物と買い物もしました。

今年も、いろいろと楽しみながら何をしようかと

テーマを追加できることから、重なったテーマを作ってしまっていることに気が付きました。テーマ統一をしようと思いますがいましばらく、このままにしていきます。


 さて、タイトルの「今年も、いろいろと楽しみながら何をしようかと」考えますが、思ったことができないだらしなさをつくづく思います。物事を前向きに考えていくことを心がけていますが、くよくよと反省することも多いので、せめて年初は今年は何をしようかと考えてしまいます。


 いつも平日はパソコン教室の講師やアシスタントとして週3~5回程度しています。自宅にいれば狭いながらも庭や花壇の手入れにいそしみ、パソコン教室の予習やホームページやブログの更新をしています。

 夜はもっぱらテレビを見たりパソコンに向かっていることが多いのですが、月に一度程度は誰かしらと飲み会に参加したりしているので、色々な会合が重ならないように調整をいれています。


 会社時代の同期やお客様の仲間と旅行話や他愛もない話に盛り上がり、また私や妻の兄弟のお宅を訪ねたり、旅行などを楽しんでいることもあります。休日は妻が運転で日帰りで出かけることが多く、関東地方の温泉地や観光地へはかなり出かけています。毎日を楽しみながらも、寄る年波につれ身体の体調や部位に不調がきてくることも感じつつも、日々安定した生活に感謝しています。


 しかし、昨年の大震災や日本の経済状況など先々のことを考えると、いままでのようなことだけで良いのか、でもこの歳になって何ができるのであろう、と自問しています。 今、していることに更に前向きに行動し、情報を発信することも一つかと思っている今日この頃です。


 以前より、以前から政治や経済には関心がありましたが、色々な社会情勢を知ったり、選挙も欠かさず自分の意思を反映すべく、よく考えて投票もしてきました。そんな世界や日本が良い方向へ進むように願ってやみません。


いつも同じようなことを書いているような気もしますが、いまの気持ちを投稿しています。


2012年になって東海七福神参り

日常茶飯事というテーマでフランクになんでも思ったことを書こうと思ってこのブログを開設しましたが、やはりいざパソコンに向かうと、色々ためらうことも多く、また投稿の優先度がさがってしまいます。公開した記事は昨年の秋でしたが、なんどか下書きを書き留めて公開しようと思うと、時期と内容にそぐわなくなってしまって、没となってしまいます。

 そんなわけで、この内容も昨年末に思ったことをコピーし書き直しています。


2012年になりました。昨年になってしまいましたが、先日もテレビの報道であの震災の時何があったのかを伝えていました。年末の紅白も明日を!テーマで震災の被災者に向けて、そして日本が明日へ向けて一丸になってという雰囲気がいっぱいでした。
 被災した方々、直接・間接の支援が拡がり、絆の大切さを改めて気がつき、そしていまも復興に向けて多くの人が動き出しています。日本の未来に少しばかりですが明るさをさすような行動している人たちがいますが、政治の混乱、経済の混乱、殺人や人を騙すようなこと、被災している人たちをがっかりさせる考えや行動をとる人たちがいて、情けなくなります。
 小国のブータン国が幸福と感じている人が多数とを聞くに、ホームレスや生活保護が多数の日本に政治の貧しさに嘆かざるを得ません。 誰をもが働く機会が得られ、そして経済的にも誰もが安定した生活がおくれますように願ってやみません。

 

 年初に品川七福人まつりに妻といってきました。例年、妻は友人と連れ立って色々な七福神へお参りに行っていましたが、今年は友人が忌中ということでいかないことになり、私を誘っていくことになりました。


 電車で京浜急行の新馬場駅におり「品川神社」から大森海岸駅近くの「磐井神社の弁天様」まで歩いて色々なところに寄ったり、昼食をとったりして3時間あまり歩きました。歩いた道は旧東海道で品川宿の町並み江戸の雰囲気を感じさせていました。

 昼食するお店も古くからあるお蕎麦屋さんと決めていましたが、途中でお腹が空いてきた辺りに品川アナゴ飯が食べられるお店があったので入ることにしました。

 例年、元旦には、近くの氏神様に家族そろって参拝にいきましたが、今年も妻と2人で色々な場所へいくことになるであろうこと、家族の無事息災を祈って新鮮な気持ちにしてくれた1日でした。


Dashshimの日常茶飯事-東海七福神  Dashshimの日常茶飯事-磐井神社弁財天  


 

 

秋深まる

定年後の生活は、会社時代と大きく変わって楽しく充実した生活を過ごしています。もちろん、会社時代も充実した内容でした。会社時代は、仕事をやりあげることに夢中で、家庭が気になるが充分な時間がさけなかったし、自分の時間はましておや、もてなかったといえる。

でも、振り返ってみると、家庭をもって妻と娘二人を授かり、家を建て妻の母と5人で過ごした時期が仕事も家庭もやはり充実していたと思う。娘との時間も充分もてなかったが、短い期間ではあったが娘たちと朝のジョギングや交換日記をしたり、家族そろって出かけたりした頃が懐かしい。

今は、妻の母は卒寿を迎えて出かけることが少なくなったが、家族の誕生日には揃って食事にでかけること、妻がでかけ、私が自宅にいると食事を用意してくれる、雨でなければ必ず毎日、駅近くのスーパーまで買い物にでかけたりして足腰を鍛え、家にいれば新聞のパネルクイズを解いたりし、テレビのドラマなどを録画して見たりしていて頭を使って、元気である。とてもありがたく感謝しています。

私も、会社時代の無理が色々ありますが、休みには妻と毎週のように出かけたり、毎日、家の周りのことやら、昔の経験を活かしたことなど色々することがあり充実できています。妻も毎日のようにボランティアや趣味や体操などを楽しんでいるようです。

そんな、定年後を楽しんでいられる幸せを噛みしめて、これからも残り少ない生活を頑張っていこうと思う今日この頃である。