みなさんこんにちは。
酒井根走遊会です。
前回更新したのはなんと1年3か月前と随分間が空いてしまいました。
最近はまた陸上競技に対して違った視点からの話のネタがたまってきたので、少しずつ紹介していこうと思います。
さて今回の内容は、”あまり練習していない”という口癖 vs ”目標は高らかに宣言するもの”というコーチというテーマでお送りしたいと思います。
(負けた時の第一声が”あまり練習していない”ということもしばしば...)
みなさんは陸上競技を行っていて必ず以下のような口癖がある人、もしくは自分自身でその傾向がある、と感じているようなフレーズをよく耳にすると思います。それが、“あんまり練習していない”というフレーズです。
試合の前や後でよく聞かれるこのフレーズについて、その選手がどのような心理状態にあるのかを解説していきたいと思います。
またこの少し弱気なフレーズとは対照的な”目標は宣言するもの”という言葉も陸上競技を行っていると聞かれると思います。
今回の記事で、こうしたフレーズを言いがちな選手、なんとなく言葉にしてしまう状況にある選手、強気に行く選手などに対するアプローチや関わり方の参考になればと思います。
① ”あまり練習をしていない” 損失を回避したいという心理の保険
これは多くの選手が思い当たる節があるのではないでしょうか?私たちは多くの仲間とかかわりながら陸上競技を行っていると思います。陸上競技は結果が勝ち負けよりも“記録“というメジャーによって可視化されてしまいます。そのためいくらそこまでの内容や状況を語ってきたとしても、記録によってそれらのストーリーは評価されにくくなります。
しかし、”あまり練習していない“というフレーズによって、私たちは”記録が出ないことが当然“という認識をします。
それは陸上競技を通じてすべての人が経験していることは、
練習する=記録が上がる
練習をしていない=記録が下がる(良い記録が出ない)
ということを暗黙の了解としているところがあるからです。
そこにピンポイントでうまく働きかけるフレーズこそ“あまり練習していない”という言葉です。
“あまり練習していない“は、故障はしていないけれど、風邪をひいたり、仕事が忙しかったり、勉強が忙しかったり、、、といくらでも理由の幅を広げられる便利なことばです。
これによって、
→ 失敗して順当な結果
→ 成功したら素晴らしい結果
という感覚を相手に植え付けることができます。
ここで大きく働いている心理は、
“失敗したら自分に対する期待や評価がおちるかもしれない”
ということです。
大会に向けて練習をして、目標とする記録があって、そうしたプロセスを自分のものとして楽しんでいる場合には損得勘定はあまり働きません。
対して、目標とする記録や結果を相手に対して自慢したい気持ちや承認してもらいたい気持ちが強くなりすぎると、失敗したときの相手の反応に傷つく場合があります。そうした場合には、相手からの評価の損失をあらかじめ避けるために“あまり練習していない”という言葉が頻繁に用いられる可能性があります。
② ”あまり練習していない” は利益(結果)を大きくする
“あまり練習していない“という言葉によって、私たちは同じ結果でもそれを達成したときに、より大きなことを成し遂げたような錯覚を覚えます。
例えば、
#1:1週間に50㎞しか走れていない
#2:1週間に100㎞走って十分なトレーニングをつめている
この場合、どちらの場合でも結果がマラソンで2時間20分だった場合、#1の方が非常に大きなことを成し遂げたように感じます。
“あまり練習をしていない”というフレーズだけでは、ここまで厳密な数値には言及していませんが、暗にこうしたイメージを相手に植え付けることができます。
これは試合前にも後にも言えることで、より自分自身の成し遂げたことを高く評価してもらいたいという現れです。
さてここまでは他者に向けた“あまり練習していない”という言葉の効果でした。
では逆に自分に向けた場合にはどのような効果を与えているのでしょうか?
③ ”あまり練習していない” という自己認識 (ポジティブな面)
自分に向けた場合には、正当に自分自身の現状を評価することに繋がります。
この場合、自分の練習で得られている感覚と実際に行った練習の様子を確認し、狙っているレースや控えている大会にたいしてより現実的な目標に修正していくことが可能です。
例えば、
・ レースでの入りのペースを無酸素系・VO2系が足りていないので少し抑えて入ろう。
・ 予定していた組よりも遅い組にしよう
・ レースに出てもいいレースができないから今回は見送ろう
といった判断が可能です。
またレース後には、練習状況に対しての適切な評価を行うことが可能になり、次の練習計画の参考にすることができます。
④ ”あまり練習していない” という自己逃避 (ネガティブな面)
“あまり練習をしていない”と自分に対して多用しすぎると、自分の努力やプロセスに対して自信が持てなくなってくる場合があります。
これは、失敗した場合の反省としての意味合いもありますが、それが繰り返されることによって、
あまり練習していないが、現実的には練習はしている
練習しても成功しない=失敗の繰り返し→自分の能力の把握
というネガティブなループにはまってしまう可能性があります。
こうした場合には、自他ともにやってもできないというような思い込みを持つようになりがちです。
ここでは問題を根本的に解決するには、同じことを繰り返す枠組みから離れて、新しい方法を組み立てていく方向に変化させる必要があります。
今までと同じ方法は、すでにこの方法での100%のデキと結果というものがリンクしています。つまり50%であれば大体このぐらいという物差しができてしまっています。
そこで全く新しい方法を組み立てていくことによって、新しい方法のこの量ではこの結果・あの量ではあの結果、というような積み上げをしていくことで、自分自身のやる気と回復させていくことができます。
(自己分析はメタ認知から始まる。練習日誌やログを振り返ることも大切)
ここまでは“あまり練習していない”というフレーズによって得られる損失回避や、結果を大きく見せる効果について解説しました。
これとは逆にスポーツ界では、“目標を大きな声で発表しよう・自信をもって声に出そう”とよく言われます。
こうした行動や態度をコーチや先生が選手に促したり、強要したりする場合も少なくありません。
これは前述した“あまり練習していない”から得られる損失回避に対して、リスクしかとっていないような感覚を覚えますが実際にはどういった効果をもたらしているのでしょうか?
① ”目標を宣言すること” で得られる社会的・物質的なサポート
特にエリートアスリートに関しては、目標を社会的に掲げることで社会からの多くの還元を受けることができます。
これは環境・物質・時間・金銭面のサポート等多岐にわたり、一人では実現不可能なことまで手に入れることができます。
この場合、社会的なプレッシャーや失敗したときの損失に対して、得られるサポート・成功で得られる利益のほうがより大きい場合や大きく上回っている時に効果を発揮します。
② ”目標を宣言すること” で得られる自己効力感
これは、前述した“あまり練習していない”の口癖と失敗癖から自分の能力を過小評価するのとは逆に、自分を励ましていく言葉として機能します。
自分ができた時、もしくは確かな経験の積み重ねでできると感じている時に、“目標をできる”ことを確信していくときに言葉にするとより自分のこととして現実的に受け入れることができます。
ここには確かな積み重ね・経験・成功体験・周りとの関わりが存在しているのでこうしたことを振り返り、確認していくことによって自分自身を正当に評価していくことに繋がっていきます。
③ ”目標を宣言すること” で生じる弊害
ここで注意したいのは、やみくもに目標を宣言してもその行動の長所よりも短所の方が大きく出てしまうかもしれないということです。
部活やクラブなどの集団でスポーツに取り組む場合、先生やコーチがスポーツを教えてくれて、仲間がいて、自分がそこに所属している。という認識が選手それぞれ暗黙のうちに感じています。
それでは今年の目標を発表しよう!次の大会の目標を発表しよう!となった時には、
周りの人の顔色を窺って、
チームの目標を鑑みて、
コーチや先生に褒められるような目標は何だろう?
などいわゆる空気を読んだ回答をする心理状態が大人でも子供でも発生してきます。
こうした目標を掲げた場合、もしくは高らかに宣言した場合、
‐ 責任感から“やらなければならない”という義務感
‐ 自己否定から“おそらくできないが変えられない”という精神的ストレス
に繋がっていきます。
ここに欠落しているのは、
‐ 自分自身を正しく評価しているか(本当にやりたいこと・今までの経験)
‐ 現実的な状況(実現可能な目標)
‐ 周りのサポート(目標に対する変化の許容・アドバイス)
といったことが含まれています。
(目標を定めること・認知されること・サポートを得ること・プレッシャー、様々な要素が詰まった一冊)
まとめ
コーチや先生、マネジメントに属している人は、選手のこうした口癖の観察や個々の目標と客観的評価によるアドバイス・アプローチが重要だと思います。
『高校生・大学生・社会人チームなどは大人なのだから自分のことは自分で管理できるようにならないと。』
『ネガティブなことは言うな!』
『目標は大きく高く掲げろ!』
と選手の個性を無視したようなチーム規範は非常に多く見られます。もちろんこれが良い方向に働くこともありますが、すべてではありません。このチーム規範から成功した選手が、成功モデルとして模範に掲げられることは典型的な成功者バイアスといえます。これはスポーツ界に限ったことではなくすべての社会でいえることです。この中での自分に対する評価を落としたくない、周りに仲間として認められたいという内面的な欲求が上記のような行動(③目標を掲げることで生じる弊害)を形作っていきます。
今回は“あまり練習していない”というフレーズからの選手の心理戦略と、目標を宣言することの長所・短所を解説していきました。
もしチームスポーツやグループでスポーツに取り組んでいる場合には、チームで行う課題に対しての選手個々人の行動を“一般的にこれは良い・これは悪い“とい決めつけるのではなく、選手がどのように受け止めて取り組もうとしているのかに焦点を当てて関わりあっていくことが重要です。