ネット上でのアドバイスは、結局は「見ず知らずのやつ」からのものがほとんどであり、しかも千差万別です。
その中から、結局は「自分に都合の良いもの」または「耳障りの良いもの」を自然と選ぶことになる。
これは人として当たり前です。
貶されても平気、なんていう人のほうが少ない。
しかし、そうなると、せっかく広大なネット社会にいたとしても、狭いコミュニティでチマチマやっていることと変わらない。
いや、相手が遠くにいる・近くにいるという問題ではなく、自分の指向性に合致した意見しか取り入れない、という意味の「狭さ」です。
それは、僕も含めたネット住民は、結局、
「見ず知らずの人から『褒められた』」
という「全世界」という広い範囲からの「心地よい」意見だけを求めているのです。
だからこそ、僕は最初から、ブログのコメントもチャンネルのコメントも「承認制」にしています。
「どんな意見でもいいので、聞かせてください」
などという善人ぶった看板を掲げておいて、気に食わないアドバイスは後になって拒否をする、なんていう「偽善」とは無縁でありたい、と思うからです。
最初から、いやなものはイヤ(笑)
誹謗中傷も含めて、自分に害のあるコメントも受け入れるべきだ、なんていう強硬的な理想論を語る気もありません。
そうではなくて、最初から正直に生きましょうよ、ってことです。
部活動という「狭い」コミュニティでさえ、顧問と選手との信頼関係がある程度なければ「アドバイス」は成り立ちません。
直接、しかも毎日の指導でさえそうなのですから、ネットからのアドバイスなんて、最初から当てにするほうが間違いだと思います。
ダメなアドバイス・コメントの特徴をいくつか挙げておきます。
1.「なぜダメなのか」が抽象的
→ 「力を込める」「足の力が腕に伝わる」など、科学的に言っているようで実は言っていないことを書いてくるのは要注意です。
2.筋肉や関節の動きを専門用語で全て羅列しながら説明すれば、細かく指摘していると勘違いしている節がある(動画やブログならギリOKでも、文字だけのコメントはダメ)
→ 相手の体の部位に関する理解度を度外視し、知っている知識を全て羅列している時点で、相手に「分かってもらおう」という気持ちが希薄で、自分が知識を持っていることを示すことを優先している可能性があります。
3.自分の意見ではなく、ましてやプロの動きならまだしも、どっかのYouTuberの理論の受け売りで批判する。
→ あたかも自分の言葉のように話しているのも、虎の威を借りる狐のような言い方も、どちらも最悪です。
4.だらだら長い文章を書いて、後で要点をまとめる、という、論文のような書き方を、狭いコメント欄で展開する低プレゼン力。
→ そもそも、狭いコメント欄に文章を書くのですから、最初から要点のまとめを書けばいいわけで、書いている人の深層心理では「相手にこういう動きをしてほしい」ということ以上に、その「アドバイス」を専門的に説明できている自分、に酔っているだけの可能性があります。
これぐらいでしょうか。
自分の「アドバイス」が、実はそうなっていないか。
もう一度確認してみましょう。