この前、「スウィング・ウェイト その3」において、「ラケットにはれっきとした寿命がある」というお話をさせていただきました。
 
 今回は、それをもう少し詳しくお話ししたいと思います。
 
 よく勘違いされるのは、
 
「カーボン繊維(炭素繊維)は、鉄の10倍の強度がある
 
 というものです。
 
 Wikipediaなどを読んでも、そのように読み取れてしまうので、勘違いがしやすいのは確かです。
 
 ただ、これも、材料工学などを勉強されている方が聞いたら、たぶん鼻で笑われます(笑)
 
 みんな、優しいから言わないだけで。
 
 Wikipediaなどに紹介されているのはあくまでも「比強度」なんです。
 
 これは、ただ単に鉄とカーボン繊維の「引っ張りに対する強さ」を「比べて」いるだけではありません
 
 ここでいう「比強度」というのは、「密度あたりの強さ」なんです。
 
 つまり、「引っ張りの強さ ÷ 密度」で計算したものを「比強度」というんです。
 
 ですから「比強度」が高いモノというのは、「軽い割には、引っ張りに強い」ということでしかありません。
 
 絶対値的に強い素材、では決してない。
 
 特に「引っ張りの強さ」は、計測が簡単なので多用されてはいるんですが、物質の性質にも大きく影響されるので、物質の硬さそのものを表しているとは限らない。
 
 たとえば、コンクリートとゴムでは、ゴムの方が引っ張りの強さは数値上強くなってしまうんです。
 
 でも、ゴムで塀や壁を作ろうとは思わないでしょ?(笑)。
 
 それと同じ。
 
 あくまでも「引っ張りに対する強さ」でしかない。
 
 ましてや、比強度10倍 = 10倍長持ちする、などではまっっっったくないわけです。
 
 これが「ラケットの寿命」に関する最大の勘違いになっています。
 
「鉄の10倍長持ちするんなら、すごく耐久性があるのではないか」
 
 みたいな。
 
 もちろん、強度も耐久性も高いんですが、一概に「鉄より強い」っていう素材ではないんです。
 

 
 さらに、カーボン繊維自体、さまざまな製法があり、どんなカーボン繊維でも同じ、というものではない
 
 言ってみれば、「硬いカーボン繊維」もあれば「それほど硬くないカーボン繊維」もあるわけです。
 
 だから、
 
「カーボン繊維は、航空機に使われるような素材だから、すごく強いんだ」
 
 っていうのも間違い。
 
 モノが違うんです(笑)。
 
 あんなものでラケットを作ったら、全く「しなり」がないか、めちゃめちゃ高額になるか(笑)。
 
 同じ炭素の同素体であるダイアモンドとは、そこが違います。
 
 また、これは以前も言いましたが、ラケットはカーボン繊維だけで作られるわけではありません。
 
 普通は合成樹脂との複合材として、ラケットに使われるんです。
 
 この合成樹脂は、当たり前ですが、カーボン繊維に比べたら、圧倒的に強度も耐久性もない。
 
 また、この合成樹脂にはグラスファイバーが混ぜられていることも多く、この量によっても強度が変わります。
 
 ラケットはいわゆる「しなり」や「たわみ」が必要ですが、これはこのカーボン繊維や合成樹脂の配合、そしてラケットの構造によって実現しています。
 
 この「しなり」や「たわみ」の量が多ければ、ラケットを構成する素材の分子構造に変化が出るのはしかたがない。
 
 競技用の自転車などは、本体フレームなどがカーボン繊維でできているんですが、プロ選手は、使い込んだ自転車のフレームなどが「へたる」のが分かるそうです。
 
 ラケットの使用頻度や、プレースタイル、保管時の環境にもよりますし、昔に比べると格段に寿命が伸びてはいますが、決して「一生モノ」というわけにはいかないラケットも多くありますので、注意してください。
 
 ただ、ラケットメーカーは、さすがにそのような「耐久性」が分かるような数値を公表していません(笑)。
 
 まあ、いろんな環境で大きく変化するものですから、数値化するのも難しいでしょうが。
 
 ただ、一般プレイヤーであれば、感覚的に飛びや振動が大きく変わらなければ、使い続けてもいいのではないでしょうか?
 
 もったいないですもん(笑)。
 
 ここが難しいんですよね。
 
「ラケットには、れっきとした寿命がある。
 
 でも、何年でダメになる、みたいな基準があるわけじゃないので、使っていて本人に違和感がなければ、別にいいんじゃない?」
 
 っていう、中途半端な提案になる(笑)。
 
 しかし、この感覚は大切です。
 
 自分のラケットを、何十年も使っているからといって、
 
「ラケットには寿命がない!」
 
 と、科学的な事実を無視して言ってしまってはダメ。
 
 かといって、生モノじゃないんだから、時間だけで「消費期限」があるわけじゃないし。
 
 これも「体感」と「現象」のバランスだと思います。