隅から角まで

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オイラにとって萩原健一は絶対であるが、もう一人絶対の人がいる。

それは、水谷豊である。
「バンパイヤ」や「傷だらけの天使」などで彼を知ってはいたが、1976年~1979年に鶴田浩二氏と競演した「男たちの旅路」というドラマを見て、どこがどうというわけではないが、彼から目が離せなくなっていった。

未だに、惹きつけられる訳は謎なのだが、彼の出る作品、彼のCDは必須アイテムである。

子供の頃からオイラにとってPYGは無くてはならないものだと先日書いた。では、PYGと出会う前はというと、これもまた姉の影響でGSが好きだった。

当時、我が家は月に1~2回家族そろってレコード店に行くのが習慣で姉は、ザ・タイガースや、ザ・オックスのレコードを買ってもらっていたが、オイラは、ザ・テンプターズ、ザ・ゴールデンカップスなどを買ってもらっていた。オイラにはうっすらとしか記憶に無いが、実家にはまだ当時のレコードがあり、ジャケットに姉の字でオイラの名前が書いてあるから間違いないだろう。

因みに、我が家には童謡の類のレコードは、ソノシート位しかない。

って考えると、萩原健一には随分長いこと支えてもらってきたということになる。

うん、確かにショーケンがテレビに出るとチャンネル合わせるし、彼が歌を歌ってる(ショーケン・トレインが1番好き)とニヤケながら一緒に歌っているオイラがいる。


んで、今日は、オイラの中の俳優萩原健一の1番好きなシーンの動画を載っけようとおもう。

「利家とまつ」から明智光秀の本能寺夜襲シーンです。
目の力、一つ一つの台詞回しは最高です。








オイラは5人のニャンコを育てている。全て娘だ。

11才のチャビを筆頭に10才のルナ、6才のリンとムム、1才のラムである。

彼女達を見ているだけで、一気に仕事の疲れが吹っ飛び、癒されるオイラであった。

隅から角まで-うちの子

隅から角まで-ルナとリン
操作ミスで、書きかけのブログの記事がきえてしまった。
あと一息だったのに...

長文だったので、テンション下がり書き直す気力がないので、明日にでも、新記事として書くことにした。

よって、動画だけ載せることにした。






人には数々の衝撃を受ける事がある。
そしてその衝撃によってその後の行き方、生き方が変わっていくものである。

オイラが最初にそんな衝撃を受けたのが、【PYG】というバンドだった。
「ザ・スパイダース」の井上堯之、大野克夫、「ザ・テンプターズ」の萩原健一、大口広司、「ザ・タイガース」岸部一徳、沢田研二で1971年に結成されたこのバンドは本格的なロックバンドを目指すが、メンバー全員がグループサウンズ(GS)出身なことからロックファンには覚めた目で見られ、また従来のGSファンからも、違和感をもたれ商業的には成功とは言えなかった。

そんな【PYG】のセカンドシングルが1971年にリリースされた「自由に歩いて愛して」である。
当時6才だったオイラは7才離れた姉が買ってきたこの曲を一緒に聴き、全身に鳥肌が起ち雷が身体を貫いたような衝撃を受けたのを今でも覚えている。

その日からオイラは毎日、何度もこの曲を聴きまくった。
そして幼いながらも、「将来こんな曲を歌うんだ!」と強く思ったのである。
その思いを抱きつつ成長したオイラは中学で級友とバンドを組んで文化祭でこの曲を演奏した事を始まりにしその後25才までロックバンドを組んでたのである。

あのとき、この曲に出会っていなければ今頃はもっと真面目になっていたかも(爆)

今でも、この曲はオイラのヘビーローテーションになっている。