きまぐれDiary

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日本海を目指して(2)


おはようございます。起床時刻は5時50分、ホテルから見える山々はまだまだ雪化粧しており、4月だというのに市街地にも雪が残る様子から、ここ新庄という地が豪雪地帯であるということを教えてくれます。
身支度を済ませて駅に向かうと関西や関東では4月では考えられないようにひんやりとした空気が顔や手を襲います。新庄市の気温は3度、雪が残っているのも納得が出来ます。
駅に着いたのは6時過ぎ、陸羽西線の列車は入換作業の最中で程なくするとホームに2両の列車が入線してきます。定刻になると私ほか3人の客を乗せて列車はディーゼルエンジンの唸りをあげて新庄駅を後にしました。
列車はおおよそ最高速度の90km/hほどで新庄盆地の平野部を駆け抜けていき、津谷駅を出るとこの先並走する最上川を渡り線内唯一の交換駅である古口駅に到着します。古口駅より先は庄内平野を目指して横を流れる最上川に寄り添うようにカーブしながら峠を越えていきます。陸羽西線最後のトンネルである腹巻トンネルを抜けて最上川の支流の立谷沢川を渡ると日本有数の米所として知られる庄内平野に到達します。間もなくそれまで併走していた最上川は愛想を尽かしたかのように北上し、川沿いの景色は見られなくなります。さらに10分ほど庄内平野を走ると庄内町の中心駅で羽越本線との乗換駅になる余目駅に到着します。
余目駅からは羽越本線に乗り換えて新潟方面を目指します。余目駅は日本海側と言えどもまだまだ内陸にありますので、余目駅を出発した羽越本線は進路を南西に取ります。
三瀬駅を過ぎてトンネルを抜けるとそこは日本海でした。


この辺りの日本海側の陸地は非常に狭く海岸近くまで山体が張り出しています。したがって列車は海岸沿いとトンネルを繰り返して進みます。しばらく走って着いた駅はあつみ温泉駅、この駅で後ろから追ってくる貨物列車の退避を兼ねて20分ほど停車します。車内は静まりかえり、朝早くということもあってか私を含めて頭を下げて寝ている人も少なくありませんでした。
新潟県に入ると日本海側に佐渡島がぼんやりとその姿を現します。村上駅の1つ手前の間島駅を過ぎると村上駅へ向けて海岸から離れて内陸部へと入っていきます。
村上駅では同一ホームで乗換が可能となるように長いホームを活かして列車を縦列停車させるという芸当を行っていました。乗客の殆どはそのまま新潟方面へ乗り換えます。確かに、日曜日のこんな朝早くから村上駅に用事がある人なんていないでしょう。同一ホーム乗換にしては17分と長過ぎる乗換時間を経て、さらに新潟方面へ足を進めていきます。

越後平野



列車は越後平野の長閑な田園風景を快速で飛ばしていきます。人の乗降は少ないですが、新発田駅では多くの人が乗車してきました。新発田駅から新潟駅までは40分弱、平日ラッシュ時には1時間に2〜3本普通電車が新潟方面へ運行されており、通勤への便宜が図られています。
列車は新発田駅から羽越本線を離れて新潟方面に向かう白新線に乗り入れます。新潟駅に近づくにつれて乗客は増えていき、新崎駅を出る頃には立ち客も現れています。車内で一際目立つのはアルビレックス新潟の応援ユニフォームを着た人が何人かいることです。気になって調べてみたところ、どうやら14時よりアルビレックス新潟と栃木SCの試合があるらしく、その応援に行くのでしょう。アルビレックス新潟はホームタウンを県内全市町村としているチームなので新潟市だけではなく、近隣の市町村からも応援しに行くファンたちが多いのでしょう。
新潟貨物ターミナル駅の横にある東新潟駅を過ぎると大きくカーブして長岡方面からやってきた信越本線に合流し新潟駅に到着します。
新潟駅からは信越本線に乗り換えて長岡方面に向かいます。列車は4両にも関わらず立ち客が出ていました。この先新津駅と東三条駅程度しか乗換駅がないため、恐らく乗客のほとんどは終点の長岡駅まで乗車するのでしょう。実際、その予想は的中しており、途中の新津駅や東三条駅で乗降客こそあれど、終点の長岡駅まで常時立ち客が居る車内でした。
長岡駅からは上越線に乗車します。上越線の列車は2両編成で運行されており、信越本線からの乗換客を受け入れるには少ない座席数に思えました。駅のコンビニで昼ご飯と飲み物を調達し車内に乗り込みます。車内は制服姿の学生も多く、不文律でもあるのか立ち客も多くは学生たちでした。列車は越後平野の南端部にあたる小千谷駅で3割程の乗客を降ろしました。間もなく越後川口駅、本日のメインとなる飯山線との乗換駅です。駅の雰囲気は関西でいうところの近江塩津駅に近く、ただ路線が分岐しているだけで駅周辺にはコンビニのような商業施設はありません。乗換時間は短かったですが長岡駅で昼ご飯を調達しておいて良かったと思いました。

飯山線


13時11分、上越線下り(長岡方面行き)の列車からの乗換客を待って定刻通りに出発しました。列車は1両編成、ローカル線らしくなってきました。

越後川口駅を出発した列車は越後川口駅付近で分かれた信濃川の支流の魚野川を跨いでこの先ずっと並走してくれる信濃川の方向に進路を進めます。

列車は早速雪がまだ多く残る山間部を時にトンネルやスノーシェルターを利用して進みます。十日町盆地に入ると列車は速度を上げ十日町市の中心駅となる十日町駅に向かいます。十日町盆地も越後平野同様、沿線に田畑が多くあるのですが、越後平野では耕運機を用いて稲作の準備が行われていたのに対して、十日町盆地の田畑はまだ雪で覆われており、稲作の準備にはまだ早い様相でした。

十日町駅では結構な利用者の入れ替わりがありましたが混雑度はほぼ変わらず空席もいくつかある程度の乗車率になりました。

越後田沢駅を発車しすぐにスノーシェルターと一体化したトンネルに入ります。トンネルを抜けると直下に信濃川があり、これを跨いで信濃川の左岸を走るようになります。間もなく津南町にある越後鹿渡駅に着くと十日町盆地の区間を終え、また山越えの区間が始まります。越後鹿渡〜戸狩野沢温泉間は最高時速が65km/hと低く設定されており、列車はノロノロと進みます。

十日町駅から36分、新潟県最後の駅足滝駅に到着します。その次の駅、森宮野原駅では列車の行き違いを行いました。森宮野原駅より先は長野県、これまで信濃川と名乗っていた川も長野県内では千曲川と呼ばれるようになります。



列車は山間部に散在する集落を駅と駅で結んでいきます。山間部を走るローカル線にはよくある話ですが、「駅を出て山林やトンネルをしばらく走って、次に家がまばらに見え始めたら次の駅に着く」そういうパターンです。パターンを繰り返すうちに終着の戸狩野沢温泉駅に到着します。


戸狩野沢温泉駅からは2両編成になって長野駅へと向かいます。戸狩野沢温泉駅から利用する人は居ないので車内はさらに閑散としてロングシートはもちろんのこと、ボックスシートですらも空席になっているところがあります。
時刻は15時39分、列車は定刻通りに出発します。戸狩野沢温泉駅から先、飯山市内に向かっては飯山盆地とも呼ばれる小さな平地上を走行するため、列車は先程までとは異なり速度を上げて運行します。
戸狩野沢温泉駅から10分程で北陸新幹線との乗換駅である飯山駅に到着します。ただし、基本的に北陸新幹線との連絡は考慮されておらず場合によっては1時間ほど待たなくてはならない場合もあります。
飯山駅でも列車の行き違いを行い、隣駅の蓮駅を過ぎると最後の峠を越えます。千曲川に沿うように列車はゆっくりとカーブを曲がっていきます。峠を終えたところにある替佐駅は長野盆地で、飯山盆地ではちらほら残っていた雪ももうすっかりありません。
豊野駅からは元々信越本線で現在の北しなの鉄道線を走行します。沿線には長野県特産のりんごの農園が多く並びます。長野駅に近づくにつれて住宅が多くなり、マンションも見えるようになります。3時間を超える長かった飯山線の旅も長野駅で終了となります。

帰路


長野駅から東京方面に帰るには大きく2つあります。

信越本線(北陸新幹線)ルートと中央本線ルートです。その中間である小海線ルートもありますが今からだと今日中に帰れないので今回はなしとします。

出来る限り早く帰るには長野駅から北陸新幹線「かがやき」に乗れば18時30分頃に東京駅に帰ることが出来ますが、「かがやき」は全車指定席で東京駅まで4270円を上納しなければなりません。

安く帰るには中央本線を利用すれば新幹線を使わずとも帰れますが、特急を使わなければ東京駅に23時17分着、松本〜新宿間を2550円上納して特急「あずさ」に乗っても東京駅に着くのが21時33分と少し遅めです。さらに17時過ぎに八王子付近で人身事故があり、運転を見合わせているという嫌な情報も入ってきました。恐らく大丈夫だとは思うものの、昨日のように万一今日中に帰ることが出来ないとなると取り返しがつきません。

そこでやはり北陸新幹線を使うことにしたですが、どうせなら少しでも安く帰りたいと思い、しなの鉄道線に乗って上田駅に向かいます。上田駅から「はくたか」に乗れば上野駅に19時54分に着けますし、上納する金額も「あずさ」を全区間乗ったときとほとんど変わらない2640円で済みます。そもそも北千住駅に帰るのだから東京駅まで乗る必要はありません。

しなの鉄道線の終点の軽井沢駅まで乗ったり、北陸新幹線を高崎駅で降りて高崎線で帰ったりすれば、さらに安く帰ることは出来ますが、ここは費用対効果を考えて大人しく上野駅まで「はくたか」に乗ることにします。それに北陸新幹線には金沢〜富山程度しか乗ったことがなかったのでしっかり乗ってみたいという気持ちもありました。

さて、ああだこうだと書いてるうちに電車は上田駅に着こうとしています。進行方向左手より北陸新幹線の高架橋がすり寄って来ると間もなく上田駅です。到着時刻は17時52分、次の東京行きの「はくたか」は18時35分発なので少し乗換時間が長いですが仕方ありません。駅前を軽く散策します。新幹線駅開業と同時に駅前を整備したのでしょう。駐車場、バス乗り場、タクシー乗り場が完全に区分されており、歩道も広く確保されています。商業ビルも駅を囲んで建てられています。上田市の玄関口としては立派に役目を果たしていると感じました。

18時10分過ぎ、乗る予定の新幹線の指定席の乗車率を確認してみると7〜8割埋まっていて驚きました。「はくたか」は遠く金沢駅からやって来ますし、日曜日の夕方の新幹線ということもあります。万が一、自由席に乗車して座れなかったら大変です。すぐに、指定席を購入します。上田〜上野間の座席指定券は3170円、予定より500円あまり高くなりましたが、これで確実に着席が保証されるのであれば安い出費です。

18時37分、新幹線にしては珍しく2分遅れで上田駅を出発します。北陸新幹線は路線の性質上、駅間のほとんどがトンネルで繋がれており、陽も落ちてしまっているので車窓を楽しむことは出来ません。ただただ、この2日間の旅行の疲れを慈しむように柔らかいシートが背中と腰と尻を癒やします。頬杖をついて今回の旅行についてぼんやりと考えていると車窓に一瞬の光が映り、またすぐに闇に沈みます。新幹線の秘境駅こと、安中榛名駅です。「新幹線の駅を設置すれば何もないところでも栄えるだろう」という小学生が考えたのかと思うくらいに安直な計画のもと、設置されました。しかし、予想と反してニュータウンこそ出来たものの駅前に何も商業施設がないことから発展せず、そのまま秘境駅化してしまった残念な駅です。現在は「あさま」が1時間に1本停車するだけで利用者数は北陸新幹線の駅で最も少ないです。

上越新幹線と合流した高崎駅以降は高架橋の上を走り車窓を楽しむことができます。20分ほどで群馬県を通過し埼玉県に入ります。さすがは新幹線、速すぎます。さらに10分ほどするとニューシャトルが並走してきます。ニューシャトルは新幹線建設と同時に計画された路線で新幹線の真横をへばりつくように走ります。ほぼ1kmごとに設置されたニューシャトルの駅たちを文字通り光が過ぎ去るように一瞬で通過していると東北新幹線と合流し間もなく大宮駅に到着します。

大宮駅を出ると今度は埼京線と並走します。ただし、新幹線も大宮駅以南は130km/h制限があるため、ニューシャトルの時のようなスピード感はありません。そして仲良くしていた埼京線とも赤羽駅付近で別れ、今度は京浜東北線の線路の上を走るようになります。そ間もなく山手線と合流すると線路は高架から地下へと潜るようになり上野駅に到着です。到着時刻は19時54分、2分の遅れを取り返し定刻通りになりました。

上野駅からは通勤でもいつもお世話になっている常磐線に乗って北千住駅へ帰ります。北千住駅で晩ご飯を食べて今回の旅行は終了です。お疲れ様でした。


感想

正直なところ、今回の旅行の思い出は1日目の人身事故の印象が強すぎて、他の思い出は二の次になってしまっている雰囲気はあります。特に、人身事故が起こった瞬間とJR東日本が用意してくれたホテルの風呂で1日目を振り返っている瞬間、どちらも足下に残る感触が忘れられません。人間という存在のその脆さを身を以て感じました。こんな感覚になるのは東日本大震災の時、テレビ越しに東北地方の都市を津波が飲み込んでいく時以来だったかもしれません。改めて、毎日を無事に生きられているということの素晴らしさを噛み締めなければならないと思いました。

全体的な旅行の行程を振り返りましょう。学生の頃は18きっぷで全国を暴れまわっていましたが、その時は体力が有り余っていたので無茶な旅が出来ていました。それに比べると今回の旅は特急や新幹線に乗るなどして移動距離の割に楽が出来た方だと思います。本当はほくほく線に乗る予定だったとか、陸羽西線の快速「最上川」に乗る予定だったとか、やり残したことはありますが、これらはまた別の機会にリベンジしたいと思います。

今回利用したJR東日本の週末フリーパス、新幹線や特急料金は別ではありますが、2日間乗り放題で8800円程度と格安で使えます。JR東日本の路線以外にも地方私鉄も乗れるというメリットもあります。次は全線復旧したら阿武隈急行線や只見線を乗り通したいなと考えています。どちらも渓谷沿いの絶景が楽しめると評判なので秋から冬にかけて行きたいと思います。

今回の記事はこの辺にしたいと思います。前編から合わせて長々とお付き合いいただきありがとうございました。