みよちゃんの
お姉さんが
亡くなった
つい先週の事
体調が悪いと
検査入院したのが
3月
末期の膵臓がんと
わかって
緩和ケア病院に
うつったのが
今年の4月
その間
色々あったけど
こんな事や↓
あんな事↓
みよちゃんがいて
職場も異動して
東京から北海道まで
私は結局
一度も面会には
行けなかった
それでも
病院や
役所や
大家さん
お金の管理をしてくれてる
叔父の姪と
いつも
電話連絡を取り合い
その時々の
対応に
精一杯
あたってきた
先週月曜日
叔母が危篤の
知らせを受け
ケアマネさんに
連絡して
みよちゃんを
ショートステイに
お願いした
女兄弟は
みよちゃんだけ
ずーっと親しくしてた
最後に
会わせてあげようか
どうしようか
最後まで
悩んだけど
今の
みよちゃんにとって
平穏で変わらない
日常が
何よりではないかと
心を決めた
叔母は
その日のうちに
息を引きとった
翌朝一便で
北海道へ経ち
身元引受け人として
葬儀の全てを
無事に
執り行う事が出来た
自分だけでは
迷い
戸惑う事も
従兄妹
義理の叔母
妹の
力を借りる事が出来た
頻繁に行く事は
出来ず
お子さんもいない
叔母夫婦だったので
2年前に亡くなった
叔父と同じお寺に
納骨も済ませ
借家の
遺品の片付け
仏壇の魂抜きとお焚き上げ
それらの段取りに
目処をつけ
日曜日に
東京に
戻ってきた
葬儀中は
涙も出たが
夫婦いつも一緒だったから
叔父の死を哀しみ
寂しがってた
叔母が
叔父の元に
旅立てる事に
むしろ
安堵感をおぼえていた
だけど
本当の哀しみは
昨日
ショートステイから
帰ってきた
みよちゃんを
出迎えた時に
襲ってきた
叔母の死を告げず
遡っては
2年前に亡くなった
叔父の死も
伝えておらず
みよちゃんにも
涙を流す
権利は
あったはず
そう思うと
涙が
止まらなくなった
認知症に
なっていなければ
そう思う反面
26年前に亡くなった
父の夕飯を心配し
4年前に
葬儀に参列した
弟が死んだ事も
忘れている
認知症は
悲しみも
遠くへ置き去りに
出来ているのかもしれない
そうも思えた
お金の精算
ご挨拶のお手紙
もう少しやる事は
あるけれど
今日もらえた
お休みは
自分の
心と体の疲れを
癒すために
使おうと思います
おばちゃん、沢山可愛がってくれてありがとう
おじちゃんに会えたかな
七夕だから会えたよね!

