→母になる
東京に出て
専業主婦やコンビニ店員
やってみたものの
結局
私は
保育士の道に戻る
20代後半
娘を授かった
里帰り出産は選択せず
産前55日まで
働き続けて
無事出産する事が出来た
退院後
飛行機に乗って
みよちゃんが
やってきた
1週間だったけど
食事の準備や
洗濯
私が
ゆっくりできる時間を
作ってくれた
あの
「飯!」
「新聞!」
と、言う前に
全て
用意しておかないとならない
父をおいて来たのか⁉️
おかげで
私は
体を休めながら
育児をスタートできた
その後
父の
悪性リンパ腫が見つかり
半年の闘病の後
57歳で他界した
みよちゃん
54歳の夏…
みよちゃんは
変わった
着付け教室
沖縄旅行
カラオケサークル
趣味やイベント
その合間をぬって
仕事を持つ
私と妹
合わせて5人の孫娘の
お世話の為に
函館
東京
帯広
を行ったり来たり
なんて
アクティビティーーー
私が小さい頃
心欲していた
ありとあらゆる事を
孫達のために
尽くしてくれた
だから
娘達は
みよちゃんが大好きで
忙しい
お年頃でも
みよちゃんとの時間を
大切にして
私の手伝いも
快く
引き受けてくれる
今
私が介護しているのは
母としての
みよちゃんではなく
娘達の
おばあちゃんとしての
みよちゃんである
母となっても
仕事を続けて来られた
みよちゃんへの
感謝の
気持ちが
介護すごろくの
サイコロを振った
ながーくなっちゃったね
したっけね