Yと付き合い始め2年くらいたった頃、私も24歳。

周りの友人たちも結婚し始めていた頃だ。

結婚することが必ずしも幸せになれるということではないけれど、

1人では出来ないことも2人なら出来る。

『悲しみは半分に、喜びは倍に』

結婚するにせよ、しないにせよ、恋愛というのはそういうものかもしれない。

そう思いながらも漠然と流されるままYとの付き合いを続けていた私。


いつものように出社し忙しい中、残業をしていった。

残業をしていくことはバブル時期もありそうめずらしいことではなかった。

2時間残業を終え、駐車場から車を発進。

夜は朝とは違い、渋滞することもなく

どこにも寄らなければ30分ほどで帰宅できる。


車を走らせ15分ほど経った頃、突然気分が悪くなる。

が、路側帯の幅が狭く寄せて止めるスペースがない。

いつも通いなれている道だったので

あと十数メートル走らせれば、車を止められるところがあるな、

と安心した所で、意識がとんだ。


次に気がついた時は

激しい衝突音と痛みを感じた時だった。

気分の悪さに無意識にシートベルトをはずしており

運転席のハンドルの下にもぐりこむような形でいた。

突っ込んだ先は

ガソリンスタンド。

一歩間違っていたら即死だったかもと思うと恐ろしい。

幸い、もぐりこんでいたので

フロントガラスに頭をぶつけることもなく

鼻先を少し切っただけで済んだ。


スタンドの従業員が救急車を手配してくれており

そのまま病院行き。

車も車体の前部が大破。そのまま修理工場行き。


後日、お詫びとお礼を兼ねてガソリンスタンドに行き

状況を聞いたらブレーキなしで来たのでかなり驚いたそうだ。

気を失っていたから仕方ないのだけれど。


もちろん警察にも行かねばならず、事情徴収。

私が運転していたのは乗用車で、軽乗用車ならもぐりこんでいても即死だったろうとの見解。

あれだけ大破し命が無事だったのは運もあったのだろうと。

酒気帯びでも薬物も検出されず、ありのままに

気を失ったことを警官に告げると

女性や高齢者によくある事例だそうだ。

よくあることだとしたら逆に怖い。


この事故と仕事中に倒れたことで、会社から

自主退職してくれないかと言われることになる(ーー;)




    To be continued

Yとの良い思い出ときれいに別れようとした私の思惑は、震度3の地震であっけなく終了orz

何となくYとは腐れ縁かなと思い始めた。

結局はYの言いなりでTのいない日に会う生活。

また元に戻ってしまった。

この状況に納得していたわけではないし、できるものなら正々堂々としていたい。

なんで、こそこそとしなければいけないのだろう?

Yが妻帯者ならともかく恋愛ならばこそこそとする理由なんてないと思っていたし。

たまに私が癇癪を起こし、Yに

「何でこそこそしなくちゃいけないの?」

と聞けばいつも答えは同じ。

「困らせるなよ」

とぎゅっとされておしまい。


仕事中に倒れ頭蓋骨を割ってしまうような怪我をしたのもそういうストレスだったのに。

同じようなストレスがまたたまり始め疲れがピークになった頃、仕事の忙しさも重なり

私が車で事故を起こしてしまう。



      

     To be continued

ライブ当日、Yは待ち合わせの時間に遅刻したものの新幹線の発車時間には間に合った。

新横浜で下車し先にホテルにチェックイン。ライブは横浜スタジアムで夕方からだったので時間まで山下公園あたりをうろうろしていた。

夕食はライブが終わってから行くことにした。

時間になり横浜スタジアムに移動。

サザンのライブは盛り上がり楽しいひととき。

ライブが終わり、中華街で食事でもと行ってみたがすでにどこの店も閉店(ーー;) 飲食店はどこも遅くまでやっていると思っていたが、ちゃんと調べていけばよかったなぁと反省。

仕方ないので開いていた居酒屋に入り飲食。_何を食べたのかも全く記憶になし。

きょうでYともおしまいと決めていた私はもう少しちゃんとしたラストディナーにしたかったなぁ。

ホテルに戻り一息。

部屋は10階でみはらしもよくとても綺麗だった。

タイミングを見計らい別れ話を切り出そうと思っていたら、

急に揺れだした。

地震!

とても立っていられないような揺れ方だったが、ホテルの館内放送では震度3。やはり高いところにいると揺れも激しくなるようだ。

私もYも少しパニック気味。

この思いがけないアクシデントのせいですっかり別れ話をするタイミングもなくなった。

もう少し別れ話は先でもいいか、と思ってしまったのも失敗。

いい加減な自分とこのままではいけないと思っている自分。

後になって考えれば簡単なこと。

自分の愚かさを悔やむしかできないのが悔しい。



    To be continued

Yも自分の仕事の都合をつけてサザンのライブに行くようにしていたようだったが、ライブの1週間前になり

「チケットを見たいから、持って来て」と言う。

なんか、怪しい・・・

なくすと困るので当日まで私が持っているというと、何か考え込んでいるよう。


ライブの3日前になり、いきなり行けなくなったと言い出した。

「はぁ???なんで?」と聞くと

「Tにサザンのライブ行くことを言ってしまった」と言う。

あほか・・・

どうやら、1週間前に私からチケットを奪おうと思いチケットを持ってこいと言った意味がわかった。嬉しくてつい口をすべらせたのか、本心ではTと行きたかったのかはわからないけれど。

私が苦労して手に入れたチケットだし、楽しみにしていたライブ。

「あなたが行かないなら私1人で行くから」

新幹線の切符もホテルも手配して次の日は横浜散策と思っていたのに・・・

「行かないなら明日連絡して。いっしょに行ってくれる友達探すから」と言い残し自宅に戻った。


結局、前日に連絡があり「行く」ということで決着。

またもやYへの不信感がつのり、私の気持ちは(もうYとはこれきりにしよう)と決めた。

当日、ほんとに来るかどうかも不安もあったが、待ち合わせの時間にYが少し遅れてきた。

別れを決めたはずの1泊2日の小旅行だったのに(ーー;)



      To be continued


入院中、Yがお見舞いに来てくれたのは退院1週間前の1回だけ。連絡しようにも1週間はベッドの上だったし、Yもまさか私が入院しているとは思っていなかっただろう。

退院してからしばらくは自宅療養。会社も1ヶ月半休むことに(・・;)

そういう状態で出かけることもできず、Yとの連絡もほとんど途絶えた。


療養期間も過ぎ、会社へも復帰。体調も安定してきた頃、Yから連絡が会社に入った。

2ヶ月離れていたら、自然消滅だろうと思っていた私には意外なことだった。

Yの誘いを断らなかった私。

好きだったのか?と聞かれたら、会話が阿吽の呼吸で成り立つYと一緒にいることが好きだったからその本人のことも好きだったとしか言えない。

セックスの肉体的気持ち良さより、精神的な心地よさを捨て切れなかった。

結局、YとYはまたよりを戻しており、私も流されるままYと付き合うことになった。


当時から私は『THE ALFEE』のファンで春秋のツアーは地元でライブがあれば必ず参加していた。Yは当然THE ALFEEファンではなくサザンが好きだった。

私もサザンの歌が好きだったので、Yに内緒で横浜のライブのチケットを2枚ゲットした。

アリーナ席が取れてラッキー。

Yに「サザンチケット取れたからライブへ行こう」と言ったら大喜び。

Yと映画や飲み屋以外に行くのが初めてだったし、私自身も楽しみにしていた。


だが、危うく大どんでん返しされそうになるとは思っていなかった。


    To be continued