裏運気の思い出
シルバーウィークは長雨続きで特に予定もないので、仕事を片付けたり、フランス語の勉強を進めている。フランス語の動詞をテキストに出た順でノートに書いていってたけど、後から見たい時にアルファベ順じゃないのが探しづらく、最初のページからなめていかないと探せなくなって来たので、いよいよルーズリーフを買って来て、アルファベ毎にページを分けて書くようにこのお休みで整理してみた。持ち歩きも考えるとあまり分厚いものは嫌だったので、ノートのように薄型のルーズリーフを見つけB5サイズにまとめることにした。できればA5が良かったがなかったのでやむを得ず。結局学生時代と変わらずとりあえず音読して書いて覚える、をやっているが、効果のほどは…😅フランス語は聞き取りがかなり難しいので、実際旅行に行ったら翻訳アプリガンガン使うんだろうし、じゃあなぜ勉強しているのかというと、ただフランス語に関わっていたいから、というだけでくもんの通信講座をダラダラとやっているのである。実際デュオリンゴの会話は惨憺たる有様で、くもんやっててこれかよ?という感じだが、まあ、そんなだ。話は変わるが、職場で作業理解が難しいメンバがいて、今度別部署に移動になる方の話。この連休で大きめの怪我をして数日お休みが欲しいと連絡があった。なんというか、不憫でしたかがないのだが、その人はよくない状況が続いていて、なんかこれはもう厄年的なやつじゃないのか?と思ったら、どうやらゲッターズ飯田でいうところの裏運気なようだ。昨年から様子がおかしく、プライベートで色々あって仕事に支障を来すようになった。本人に作業量の調整が必要か聞くも「大丈夫です」というばかりで、ミスも多く仕様理解ができないなど影響が顕著になっていった。見かねた上長から作業範囲を限定するように指示があり、少ない作業を任せていたはずだが、それでもそもそもの仕様理解ができず、手戻りが多発し、担当領域を狭めざるを得なくなっていった。そこで、人事考課のタイミングで現職との適正を踏まえて別部署へ異動する形で見直すこととなっていた矢先の怪我である。わたしも裏運気にはかなり参った記憶がある。いつもの自分が通用しない、真っ向からnoを突きつけられ続けるような二年間だった。わたしには姉がいて、同じ星なので、ゲッターズ飯田の裏運気であることは理解していて、いよいよ本当にこれやばいやつじゃん、となって、どうにもならないので、本を買って読んだりして嵐の中を泣きながら、濡れた冷たい靴でトボトボと歩き続けたのだった。裏運気はとにかく逆らわないこと。苦しくても辛くても逃げずに受け入れることしかなかった。言わば、みんなはトントン拍子で歩みを進めるのに対して自分はなぜか逆風が吹いたり、ぬかるみに足がハマったり、ぬかるみだと思ったらウンチ踏んでましたガーン😨みたいな連続に感じられてちっとも前に進まないような感じだった。実際、泣きながら仕事をしていて、辛くて苦しくて逃げたかったが、裏運気は逃げちゃダメだと理解し、歯を食いしばって受け入れることに努めた。中でも今まで自分が逃げて来たことや苦手だったことが現象として顕在化していて、向き合わざるを得ず、自分の甘さが至る所で露呈して毎日が情けなく、身なりに気を使う気力もなく毎日明日が来なければいいと思いながら過ごしていたほどだ。だから、おそらく裏運気のメンバの状況もなんとなく理解できるのだが、ミスを挽回しようと頑張っているその頑張りが「我を張る」になってしまっていて、だいぶ空回りしているのがわかる。裏運気は頑張ったり、無理をすると辛い。流れに身を任せてやるべきことをやり、余計なことはせず、どんな困難もじっと嵐がさるのを待つしかない。固定概念を疑い、新しくブラッシュアップされる自分を迎えるための準備期間なのだから。メンバの様子を見ていて、数年前の裏運気を思い出してしまった。