99年11月ハンギョレ21誌282号掲載記事
 
兄さんの重荷を減らしてください
読者の手紙
 
先週、<ハンギョレ21>を読んで、本当に気持ちが重かったです. いままで生きてきながら、歴史中の虐殺者は、いつも軍部独裁であり米国だと考えてきたのに, 韓国軍によるベトナム良民虐殺とは… 胸が詰まりました.
どちらかといえば他人事だと, 政治と経済論理によって動いた傭兵たちであったし, 醜悪な本性だけを巻きこんだ戦争中のことだったと, そのような時代だったと首を振ってしまうことができるのでしょう. しかし、おそらくは終生知しらずに過ぎることができた出生の秘密を知ったかのように, 醜悪な過去をながめるようで胸が痛みます.
私が産着に包まれていた時, 誰でも貧しかったその時期, 私たちの兄さんたちは小さな弟妹のために大学をあきらめて軍隊へ行って, そしてお金を儲けるためにベトナム戦に参加しました. 私は中学校の時、偶然物置で、ベトナムで撮った兄さんのアルバムを発見して、その事実を知っていました. しかし、そんなに驚かなかったですよ. その当時には、ベトナムに行ってきた人々が多かったのですから.
そして、ベトナムに行ってきた人々は、大部分が貧しい家の息子たちであったし, 家族のためにお金を儲けるために出発した親思いが多かったのですよ. ベトナムに派兵された軍人たち, そのうちの青龍部隊は英雄になって戻ってきました. 遠い以前、ニュース資料で軍人たちに空港で花束を渡していた資料を見たのを思い出します.
ところが、いままで家族のために献身的に生きてきたし, 法を一度も破ったこともなく生きてきた、おとなしい兄さんと同じ人々が、まさにその虐殺の現場にいた場合もあるという事実が残酷に迫ります. しかし、そのような歴史的事実の前で, やむを得ず派兵されたということだけで、歴史的責任が猶予になることはできないことでしょう. 
ところが、この土地の若者達をそのような生き地獄のような所に追い込んだ朴正煕に、国民が出した税金で記念館を作るというのか. とんでもない現実の前で、私達が生きているこの土地が呪わしくさえあります.
 
虐殺の現場にいた、私たちの父, 兄さんたちは戦争狂などではなく、たぶん、平凡な青年だったかもしれないです. ひょっとすると、まだその時のことで悪夢に苦しめられているかも知れません. 恥ずかしい過去に対して懺悔することだけが、ベトナム戦の悪夢を体験しているベトナムの民衆とこの土地の兄さん, 父さんたちの重荷を減らしてくれるだろうと信じます.
その小さな開始のためのキャンペーンに、とても小さな声援を送ります. 合せて、苦痛を受けているベトナム戦被害者たちに涙で謝罪を差し上げたいです.
イ・ウネ
hantongil@hanimail.com