長野を未来へ繋ぐ拠点『tsunagno(ツナグノ)』。
若者が集える居場所のひとつとして注目してきましたが、一昨日土曜日にオープンしました。

で、昨日は、その企画のひとつ「スタディツアーを作ろう!@善光寺門前」に参加です。

 

正直に言うと、前日までの疲れもあったので、朝からものすごく重たい気持ちでスタート。

けれど、結果的にこの気持ちにも意味がありました。

何かイベントには行きたい。けれど、何か面倒くさい。それでも行ってみようと思えるような企画が作れないか。これが趣旨のひとつでした。

 

社会人として北信地区に住んで21年になります。

けれど、善光寺は近くて遠い存在。「いつでも行ける」という思いが却って足を遠ざけてきました。けれど、他県に出ると「信州=善光寺」というイメージがかなり強いんです。何も説明できない。

もうひとつ。長野からどんどん若者が離れていく。できれば、地元に若者に残って欲しい、進学をしても帰ってきて欲しいという気持ちは昔からあって、それなら勉強する機会があるなら行ってみよう、と思ったわけです。

もともと古い町並みではあったし、リノベーションが進んで、いろんなお店ができたことは知っていたつもりだったけれど、改めて歩いてみて、知らないことだらけ。意外に面白い!と思えるスポットがたくさんありました。…昨日は寒いのが難だったけれど。

古ければ建て直せばいいじゃん、人が集まりやすい駅前に施設を集積させればいいじゃん、と思いがちなんだけれど、それでも人は住んでいるし、街の個性がどんどん死んでいくのはやっぱり寂しい。

 

いつも思うんだけど、新幹線が通って都会に出やすくなったけれど、引き換えに街が寂れていったり、駅に個性がなくなっていったりすることには疑問を感じていたんです。

 

例えば若い子たちに「駅前に何が欲しい?」と聞くと、都会にあるようなお店の名前がずらり。けれども、それができたら、例えば長野がミニ渋谷になったら、長野の子は喜ぶかもしれないけれど、松本もミニ渋谷、上田もミニ渋谷、だったらじきに飽きられちゃう。もちろん、少し足を伸ばす楽しみも減ってしまう。

もっとも怖いと思うことは、住んでいる人も年齢を重ねていけば需要が変わっていく。だから多少街が変わっていくことも必要だけれど、どこの街も同じだったら、今度は他から人がこなくなっちゃう。

長野は大きな企業がないから、観光という側面が弱くなったら、街は更に衰退する。

それを防ぐ意味でも、特に若い子たちが、地元の魅力を再発見できる機会ってとても大事だと思うんです。

2時間余り歩いて、「こんなお店があったんだ」「この景色、なかなか味があるじゃん」って感じさせてもらいましたが、最後に待っていたのは、じゃ、今日観てきたことをツアー企画しにしてプレゼンしてみようという時間。これは、普段と違う頭を使いましたね。

 

たまたま高校生も参加してくれたけれど(もともと、もっと高校生や大学生の参加を狙っていたようだけれど)、こちらも若い感性に驚かされました。彼女たちの生態(笑)を分かっているようで、分かっていない。そこに目が行くか、そう考えるか、のオンパレード。

出てくるキーワードが違うんだもの。それもまた、昨日の収穫のひとつでした。

 

視点を変えてみる、ということの面白さを再発見した一日でした。

外歩きするには寒かったけど(笑)。

 

もともと、いろんなことで「リフレーミング」は大事で、固定観念を取っ払う必要性はものすごく感じるけれど、やっぱりひとりでやるよりもファシリテーターがいてくれると、一層促進されますね。このファシリテーターが、今回のような場合、高校生だったら本当に面白い。

 

観光ガイドじゃなくて、若い子たちが自信を持って勧められる地元。そうなったらいいし、そうなるようなお手伝いができればいいな、と思います。だって、生まれ育った地元が、居心地悪くて、魅力がなくて、愛着もなくて、どんどん他地区に流れて行ってしまうのは寂しいもの。

ボクももともと長野生まれではないけれど、生まれ育った街に、多くを過ごした街に匹敵するくらい信州に魅力を感じます。今の若い子たちはどうなんだろう。移り住むということに抵抗はないのかもしれない。けれど、地元に、他の地域とは違う良さを知っていてくれる、気づいてくれる機会がもっともっとあればいい、と思う貴重な時間でした。