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復興へ向けて現地で貢献する
津波の被害がなかった内陸の岩手県遠野市に集合し、そこから支援を必要とされる被災地に派遣されるのです。
今日派遣されたのは陸前高田市の小学校。
その付近の瓦礫や腐敗したサンマの撤去などをしました。
風が非常に強く、少々手こずりましたが、担当した区域はお昼頃終了、午後は場所を変えて作業する予定が強風のため作業中止になりました。
遠野市内の地区センターに泊まり、明日の作業に備えます。
初めて見た被災地の現場は、やはり壮絶でした。
住宅街だっただろう、ブロックの区画が残る跡地には、瓦礫の山。
想像すら出来ない。そこにたくさんの家が建ち並んでいたことに。
津波がいかに凄まじく、恐ろしいか。
水の威力に圧倒されました。
家が形を残したまま崩れるとか転倒するのではなく、瓦礫と化すって凄すぎる。
その場で亡くなった方々のご冥福を祈りながら、作業をしました。
また明日も、努めます。
因みに僕が登録してお世話になっているのは
遠野まごころネット
と言います。
現地で少しでも貢献したいと考えている人はぜひ調べて見てください。
遠野まごころネット
で検索すれば出てきます。
安心を家族に。
今日から秋田のMIHOの実家に里帰りです。
東北新幹線は不通なので、飛行機(羽田空港-秋田空港)での帰省となりました。
先週末の大震災により、今週会社は自宅待機になり、四六時中家族一緒に過ごしています。
少し不謹慎ですが、家族寄り添って3食一緒にご飯を頂く、慎ましく幸せな時間です。
この間、知人の安否を確認したり、地震や津波、そして原発事故への備えについて情報を集め考えていました。
そして、秋田に行くことに決めました。
福島の原発事故の最悪の事態から家族を守るため、ということもあります。
でも、僕は最悪の事態の可能性は非常に低いと考えています。
つまり「安全」の観点からの避難という意味合いはあまりない。
(本当に避難するなら西日本や海外に行くでしょう)
どちらかというと、「安心」の側面。
娘のゆら、そしてゆらの命を自分の命に代えても守ろうとしているMIHO(もちろん僕もですがMIHOの覚悟が僕にあるかどうか)。
この2人の僕の家族に「安心」を与えるため。
それは結局、僕の安心になります。
そして、今回の帰省が可能になったのも、実は、3月末で仕事が変わるから。
今の会社は3月末で終了。現在有給休暇中で、今週からは引き継ぎ等残務をチョコチョコこなすだけのスケジュールでした。
それ故、今、葉山(関東)に居る必要がなかったのです。
今後しばらくはこの東北の地から、できることをしていきたいと思います。
家族のため。
友人・知人のため。
被災者のため。
日本のため。
できることをしていきます。
たった今帰宅しました。
久々のブログ更新です。
なんといっても昨日の大地震。
僕の知っている人、ご縁のある人、一人でも多くの人が無事でいることを心から願っています。
地震のあったとき、僕は東京汐留の高層ビル24Fに居ました。
免震構造のビルは逆に揺れが非常に大きくなるようで、すごく揺れてさすがに恐怖を感じました。
何度かの余震のあと、少し落ち着いたら、歩いて東京駅に向かいました。
(エレベーターは止まっていたので24階から歩いて1階まで)
東京駅に義理のお母さんが居たのです。
3日前から僕が飲み会やら出張やらで不在なのでMIHOのヘルプで我が家に来てくれていたのです。
それが今日秋田に帰ることになっていて、東京駅発の新幹線の中、あと3分で発車という時に地震。
そこから立ち往生となり、僕が合流することにしたのです。
電話がなかなかつながらない中、何とか連絡を取り無事合流。
2人で待機していましたが電車は運行再開の目処が立たず途方に暮れていた矢先、
東海道新幹線だけが運転再開。
それで何とか新横浜まで行き、MIHOが車で新横浜まで来てくれて全員合流できました。
そこから横浜新道が大渋滞。
やっと先ほど帰宅したのでした。
それでも暖かい車でちゃんと帰ってこられてラッキーでした。
因みに仙台の義理の弟も無事でした。
一安心。
みんなの安否が気になります。

