韓国のサポーターの事件を見て悲しくなった

それほど、日本を憎いと思う人がいる事もだけど


日本はどれほど過去に酷い事をしたんだろう


いじめと一緒で
「やられた方」はしっかり覚えてる



それが、このまま続くと考えると日本はとんでもない事をしたなって思う


憎しみの気持ちが遺伝する

だから、こんな事を平気で出来る人間がいる


やられたから
やりかえす




お互いにいがみ合って


今回の事件で、きっとネット上で日本人が韓国を批判してバカにしてる



それも、そのサポーターと同じくらい軽率で馬鹿だと思う




難しい問題なんだろうけど



私は「許せる人間になりたい」って思った


憎しみの遺伝なんて
良いことないよ


嫌なヤツもいるけど
良い人も同じくらいいるよ

アキの気ままな独り言-110925_0957~01_0001_0001.jpg

今日はサーフィンをやっている友達と一緒にサーファーの人達と海のごみ拾いをしてきた

震災後初めてその海に行った友達が

更地になりすぎて道が分かんない

と言っていた

私は余り行かない所だったので、それを聞いて驚いた


集合場所には、沢山の人が集まっていて、皆で黙祷をした


海に向かって黙祷をしていたら、内陸側の人間で海に滅多にこない私は、改めてここで人が亡くなったんだと感じた


ゴミ拾いは瓦礫なんかは、すっかり無くて


小さな生活ゴミがほとんどだった



友達は今回のゴミ拾いの他にも石巻にボランティアに行ったり、出来るときに、少しでもそういうのに参加していて凄いなと思ってた


だから、私も思うだけじゃなくてゴミ拾いに少しの時間だけど参加出来て良かった


また、次回もあったら微力ながら、貢献したいな
地震から、約5ヶ月


京都から帰って来て一週間後の大地震に本当に驚いた


電気や水が出ない生活と原発


正直、あの時『原発』なんて考えてる暇なかったな


余震にビクビクして
日々の食料、水をどうしようか


その日、1日を生きる事で頭が一杯だったな


私は内陸側で地盤も堅い所で被害が少なかったけど、それでも不安だった


でも、得るものが凄く多くて、上手く言えないけど、不便な事で色々と見えた事、感じた事がたくさんあった


今までで一番家族と一緒にいて

ばぁちゃんが庭で釜を使って、ご飯を炊いてくれて

簡単に火をつけて美味いご飯作ってくれて助かったし

トイレの水を川から、母親と運んで

一緒に初めて力仕事をした

父親が出張で九州にいて、携帯は繋がらないし連絡取れなくて


震災から一週間後、なんとか父親が帰って来た時は、凄く安心した

普段はそんな事、感じたことも考えた事もないけど『父親を頼りにしている』自分に気がついた


自転車で町まで食料買いに行ったり、隣の県まで行って、繋がる公衆電話探して心配してる人、皆に連絡して

自転車で色んなところ走ったな

散歩をしながら、高速道路を自衛隊車両や消防車、救急車が何台も何台も通り過ぎるのを見て、沢山の人が助けに来てくれている事を感じた


感謝の気持ちでいっぱいだった

震災してから、何が大切かとか

何が一番必要なのかとか

今は便利すぎて、無駄な物が多いのかなとか
考えるようになった



正直、被災して家族皆で「協力」している時の関係は凄く居心地が良かった