【北神トール】 SFホラー小説に奮闘中!!

そこは、まるで広い「手術室」のようだった。

中には、白衣を着た連中が、黙々となにやら準備をしている。我々は手錠をしたまま

その場に立ち尽くしていた。中には、体を揺らし涙を流す者をいた。

いよいよ我々の運命が動き出す。その場にいた者はすべて覚悟を決めているようだった。

白衣の男が話を始めた。

「それでは、これから皆さんを【植物人間法】に則り、植物人間化させて頂きます。

順番に処置していきますので、順番が来たら、隣の部屋に速やかに入ってください。

皆さんは植物人間として、社会の役に立ちます。なので、誇りをもって植物人間になってください。あなた方一人ひとりの命がこれからの日本を救います。

運命を受け入れてこれからは植物人間としての新しい人生を送ってください。

それでは・・最初の●●番さんどうぞ・・・」

・・・・「植物人間としての新しい人生?」・・・・

最初の男が隣の部屋に入っていった。

私は奇妙だった。私はてっきり「死ぬ」と思っていたのだが、どうやら死なないらしい。

一体どういう事なのだ?肝心な事を私は今の今まで知らなかったのである。

・・・思考回路を働かせている中にも同じ部屋にいた者たちは、一人・・また一人と

隣の部屋に吸い込まれていった。

・・・・

そして、私の番が来た。

・・・・恐る恐る扉を開けた。

中は、薄暗かった。暗かったがここが普通でない事は容易に想像できた。部屋の隅には

巨大なスタンガンを持った男が睨みを利かせていた。先に部屋に入っていった者たちの

姿は確認できなかった。薄明かりの中、医療機器のような物のセットをしている白衣の

者が、座れ、と指示をした。

鉄製の頑丈そうな椅子に恐れながら腰を下ろした。その間、部屋の隅にいる男がずっと

こちらの睨んでいた。椅子に座ると、睨みを利かせていた男が突然動き出し、椅子に

取り付けてあった器具で椅子と私の体を固定し始めた。

この瞬間私の恐怖が限界まで達した。声をあげそうになった。恐怖で気が狂いそうになりながらも私の脳は活動していた。

目が慣れ周りを見渡すと何人もの男がスタンガンを担いで、警戒していた。さらに部屋の奥の方に何やら、人間らしい形が確認できた。と同時に、男が器具で椅子と私の体を固定した。

私は覚悟し、目を瞑り、口を固く閉ざした。

男が私の体を強く押さえつけた、と思った瞬間、右腕に激痛が走った。

痛みで目を開けると、緑色の液体が注射器を通して私の体に注入されているのが見えた。


・・・・

第13回に続く。





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化け物の暴走事件から数日が経った。


ここの生活は何もなかった。毎日、同じ時間に食事が運ばれ、そして、下げられる。

便所は、部屋の隅にある便器を共同で使う生活だった。薄いカーテンで仕切られただけの

トイレだった。ここには「人権」なんてものは存在しない。もはや我々は本当の意味で

「人間」では無いのであろう。

鉄格子に固く閉ざされた狭い部屋の生活には自由の欠片もなかった。

ホームレス生活が懐かしい。金はなかったが、わりと自由はあった。自分だけの世界もあった。

ここにあるのは、絶望だけだった。

どうせ植物人間になるのだったら、さっさとやってくれ、と思うほど気がおかしくなる生活だった。

すでに事切れた者は、部屋の角で何やら楽しそうに朝から晩まで呟いていた。

・・・・

何日過ぎたかもう認識できなくなった頃、動きがあった。

早朝、いきなり数名の推進員がななめ向かい側の部屋にやってきて、何やら話していた。

一瞬のざわめきが起きると同時に、鉄格子の錆びた音が鳴り響き、開いた。

あっけに取られている収容者に手際よく推進員が手錠をかけていく。私たち他の部屋の

者は、気が気でない。事の成り行きを真剣に見守っていた。

それからすぐ収容者の死の行進が始まり、監獄にまた静寂が訪れた。

・・・・

また、何日かした後、今度は隣の部屋に推進員が早朝にやってきて、それから後

死の行進が始まり、消えた。

・・・・

私たちは、言いようもない恐怖と共に絶望の毎日を送っていた。

それは、まるで死刑の執行を待つだけの死刑囚そのものだった。いや、まだ死刑囚のほうが

マシかもしれない。私たちはもしかしたら「死」そのものよりも恐ろしい事態に陥って

しまうのではないだろうか、という不安と隣り合わせだった。

その絶望の中、いよいよ私たちにも審判の日がやってきた。またしても早朝だった。

今まで見てきた光景と同じ、光景が今度は自分の目の前で起きていた。

ついに「その先」が見える。そんな変な感情も交錯していた。ここに閉じ込められ一体

どれ位の日数が経過したのだろう・・?もはや、わかる人間はいなかった。

これから、自分の身に何が起きるのか、はっきりは分からないが、とにかく部屋を出れた事を

不覚にも喜んでしまっていた。それは、どうやら私一人では、ないようだ。ここに来てから

初めての圧倒的「変化」に、心は高揚すらしていた。変化のない毎日は、私たちの精神を

静かに破壊していたようだ。

私たちは、制御できなくなった精神に鞭を打ち、促されるまま歩き始めた。

これから出会う圧倒的な現実に向かって・・・。

・・・

第12回に続く。




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私に教えてくれた男はそう言って静かに緑色の化け物を見つめ始めた。

・・・・

推進員数名は、暴走を食い止めようと、必死に攻撃を繰り返している。

化け物は、なおも暴れ続け、言葉と認識できない言葉をひたすら発し続けている。


現場に居合わせたもの全てが、化け物の動きに注目を寄せる中

変化は突然訪れた。

・・・・

さっきまで、暴れ続けていた化け物の動きが突然、止まった。

・  ・   ・  ・・ ・

監獄が奇妙な静寂に包まれる・・・・。皆の視線が化け物の「次」を見守る中・・・・。


再び、獣声が響き渡った。その獣声は今までの悲鳴が、囁きに聞こえるほどだった。


絶叫とともに化け物が、その場に崩れ墜ちる!そして体から「体液」と思われる緑色の液体を

垂らしながら、冷たい地面にうずくまる。


化け物の緑色の体は、みるみるうちに土褐色に変わっている。

化け物は、苦しそうにのたうち、じょじょにその動きが小刻みになってきた。

そして、「ピクッ・・・ピクッ・・・・」という痙攣を最後に完全に停止した。


皆は顔を見合わせていた。推進員たちは「やれやれ」という表情で、化け物を足蹴にした。

すると、化け物だった物体は、まるで「枯れる」ように崩れた。

その表情は、無念を訴える顔をしているようにも思えた。


「薬が体に合わない奴は、ああなるみたいだな」突然、耳に入ってきた。

例の教えてくれた男だった。

「薬?何なんですか?薬って! あれは人間なんですか?」

興奮した私は、男に詰め寄った。

「お前何にも知らないのかよ?お前植物人間になるんだぞ、俺もだけどな。

薬が体に合わない奴・・・といっても、1000人に一人とか言っていたけどな。とにかく

【あわない】奴は、・・・詳しくは俺もしらねーけど、なんか拒絶反応が起きて?細胞が暴走?

するらしくてああなるんだってよ。俺も推進員の話を聞いただけだけど・・・。」

私は、知らなかった。植物人間法については漠然としか知らなかった。

あの化け物・・・いや、あの人は、苦しそうだった。とんでもない苦痛だったのであろう。

・・・・・

推進員達が、干からびてバラバラになった、植物人間の枯れ果てた体を回収して

その場から消えた。


・・・・

第11回に続く。





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扉を無理やり力でこじ開けた、獣声の主は周りに推進員を5、6人引き連れ

私たちが、収監されているエリアに侵入してきた。


その間も、まるで地鳴りのような低い唸り声を上げ続けている。

推進員達は、いつものスタンガンで応戦しているが、まったく歯が立たない様子だった。

私たち、収監者は、声のする方に意識を集中させていた。

「一体、何なんだ?あいつは、あの化け物みたいな声の主は何者なんだ??」

私たち「新入り」の一人が、恐怖に慄き、口走った。

「あいつは、俺たちの未来の姿かもよ・・・」先に収監されていてであろう一人が、呟いた。

!新入り達がこの言葉に反応したのは、言うまでもない。

「どういう事だ?俺たちがあいつみたいになるって・・・・」

誰かが言いかけた時、声の主の姿が見えた。


でも、それは人間ではなかった。

全身、緑色の体。その大きさは有に2メートルを超えている。ツタのような物を体から無数に垂らしている。腹のあたりには、何やら「実」のような物が生えている。

その顔はもはや人間の面影はほとんどない。

目は血走り、口からは大量のよだれ?泡のような物を吹いている。手のような物が確認できたが、その数は人間のそれとは異なり、数本生えている。正確に何本かは、わからない。

やたら長い手らしきもの、短い手らしきものが胴のあたりから生えている。

下半身はもっとグロテスクだった。まるで植物の根っこのように先が髭のような触手のような

とにかく気持ち悪い。なおも奇声を上げ暴れ少しづつ前進している。

まるで、何かから逃げるように・・・・。


私は、言葉を失った。

それを見た全ての収監者が絶望の表情を浮かべていた。しかし、以前から収監されていたで

あろう一部の人間は、少し様子が違っていた。明らかに「初めて見た」というような様子では

ない。皆が事の成り行きを、恐怖映画の観るか、の中冷静に、傍観していた。

私は思わず、聞いた。

「どうしてそんなに冷静なんですか?もしかして以前にも・・・」

私の問いかけに気が付き、答えてくれた。

「あぁ・・・前にも観た。・・・・・前にも、扉破って暴走してコチラに来たことがあった。

それから、扉を強化したみたいだけど・・・・、全然、効かなかったみたいだな。」

私は「前にも観た」という答えに驚きを隠せなかった。

「前にも観た?何なんですか!あれは!あれは人間なんですか!?一体どうなっているんだよ

・・・・」

「まぁ、落ち着けよ。今にもっとビックリするぞ・・・」


・・・・

第10回に続く。




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私たちは促されるまま進み「センター」に入った。

「センター」と呼ばれる建物は外観が体育館を引き伸ばしたドームのようだった。

中は、鉄格子の部屋が永遠と連なっている。一体どの位の数の人間を収容できるのだ?

固く閉ざされた部屋の中には、生気を完全に失った人々が、ただひたすら俯いていた。


私たち一行も、鉄格子の前でストップした。

「それでは、順番が来るまでこちらの部屋で待機して頂きます。それでは中にどうぞ・・・」

普通であれば、こんな事を言われて進んで監獄の中に入る人間はいないだろう。

でも、もう「普通」では無かった。理解不能のまま連行され、何故か監獄へ。

これから自分の身に何が起こるかと思うと精神状態は、破綻寸前だった。

とりあえず、皆監獄に進んで入る。よって私も右ならえで自ら監獄に収容された。

トラックを降りてわずか10分で鉄格子の中に収まった。


監獄の中には「先客」がいた。私たちより、先に収容されていた人たちは部屋の隅の壁に

よしかかり俯いていた。誰も顔をあげ新入りを歓迎する事はなかった。

私たち「新入り」の一人が、先輩収容者にコンタクト試みてみる。

「あの、すみません・・・・いつからここに居るんですか・・・・?」

すると、先輩収容者は、めんどくさそうに顔をゆっくりあげて、蚊の泣くような声で答えた。

「・・・・・・・・・・・そんなことより、・・・・いつまでここに居れるかのほうが大事だぞ・・・・。」

まともな返答は帰ってこなかった。それっきりまた俯いて黙ってしまった。

・・・・・・・


それから間もないうち、遠くの方からこの世のものとは思えない獣声が響いた。


ザワッ・・・・。

収容者は皆、一斉に鉄格子の外を見た。

今まで壁に張り付いていて者たちも、さすがに外が気になる様子で、鉄格子にへばりつく。どうやら悲鳴の主は、暴れながら移動している様子で、わめきながら少しづつ

こちらに近づいているように思えた。推進員らしき者が焦って叫んでいる声も聞こえる。

悲鳴はどんどん大きくなる。収容者は皆、真剣な面持ちで鉄格子越しに、事の成り行きに

聞き耳を立てている。その間も悲鳴はじょじょにコチラに近づいてくる。

悲鳴はさらに常軌を逸し、壁を殴打するような音、何かを引きずる音とともに近づいてくる。

狂った獣の叫び声が監獄中に響いていた。

突然、「ドゴーン!!」という、扉が無理やり開けられたような音が聞こえると

通路の一番端に、悲鳴の主と思われる物の姿らしきものを捉える事ができた。


・・・・・なんだあれは!?


・・・・第9回に続く。






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目が覚めてから2時間ほどでトラックは停止した。


目的地に着いたのか?一体私たちはどこに運ばれてきたのだ?

トラック内に押し込められた対象者たちは、皆後方の扉に意識を集中させている。

汚物の臭いが当たり一面に立ち込める中、静寂だけが支配していた。

ネジが完全に外れたしまったであろう、大股を広げ、よだれを垂れ流したまま、

うすら笑みを浮かべる者が視界に入った。注意を向けてみると、何かブツブツ呟いている。

「ひ・・・、・・から・・・げ、・・・まご・・き・・もイレテ・・・。おかぁ・・・・ちゃ・・・・・。ひひ」

聞き取れない。もうすでに彼は「廃人」だった。いずれ私にも、精神の限界がやってくるのだと

冷静に考えていた。・・・変な感覚だった。もうすでに自分の運命は、終わりが見えていると

いうのに、リアリティーがなかった。何故だ?


その後30分以内に私は本当の恐怖を体感する。


トラックの外側で話し声が聞こえたか、と思うと 扉に手がかかる音が聞こえた・・・。

「ガチャン・・・・ガチャーーン!・・・ギィーーーー・・・・・」

静寂の暗闇に一斉に光が差し込む。眩しい!一体いつ振りの太陽の光だろう・・・?

ふとそんなどうでもいい事が頭をよぎる。すると、急に今まで無いほどの、圧倒的な

感情が、やせ細った体のどこに潜んでいたのか?と不思議な位、強く、確かに湧き上がった。


生きたい。


死にたくない!生まれて初めて本気で願った。まだ死にたくない!

客観的に見れば、私の命になんか値打ちらしきものはないのであろう。それは認める。

しかし、だからと言って命を奪う権利が何処の誰にあるのだろうか??

教えてくれ。一体何故私は今こんな恐怖を感じなければいけないのか・・・。


トラックの扉が完全に開いた。

2日ぶりに見る外の世界は、虚しいほど美しかった。

モスグリーン色の作業着を着た男が、出ろ、と促す。社会に捨てられた男どもは

恐る恐るトラックから出た。推進員らしき男は、この子犬のように怯えている男たちにこう言った。

「ご協力ありがとうございます。それでは植物人間法に則って、皆様をご案内いたします。

どうか変な考えを起こさず、私どもの後をついてきてください。それでは、センターまで

移動します。」といい歩き始めた。

推進員の数は、4、5人ほどだった・・・・。相対する対象者の数はざっと見ても、20人ほど。

特に拘束はなかった。しかし、反乱を試みる「つわもの」は誰ひとりいなかった。

皆黙りこくっている。2日ほどトラックに押し込まれ歩くのがやっとの者がほとんどだった。

生ける屍。それが私たちにふさわしい言葉だった。


5分ほど歩くと、何やら建物が見えてきた。場所は、わからない。

そこは、荒野のような場所だった。周りには例の建物が、ぽつんとあるだけであとは

文字通りの荒れ地だった。建物はシンプルな造りのようだが、わりと大きい。

まるで巨大な体育館のような外観だった。その巨大な体育館の周りを見渡すと・・・・

何やらポール?杭のようなものが、立っていた。よく見ると、向こう側にも何本か立っている。

妙な光景だった。荒れ地に立つ、いくつもの杭。

あの杭は一体何なんだ?


・・・・

第8回に続く・・・。




【北神トール】 SFホラー小説に奮闘中!!


・・・・・

・・「ズキン」とした後頭部をの痛みで目が覚めた・・・。

次の瞬間、ハッとした。後頭部は、まるで自分のものではないような感覚で、異様に

痺れている。首がうまくまわらない・・・。じょじょに混濁した意識から、覚醒へ向かう・・・。

まだ、自分の身に何が起きたか、理解できない・・・・。

ここは、どこだ??俺は確かいつも地下に居て・・・・。それから・・・。

頭が痛い。後頭部が痛い。喉が焼けついている。声が出ない。あたりは真っ暗だ・・・・。

夜か?音がする・・・・。エンジンの音のようだ。地面が小刻みに揺れている・・・・。

車か?トラックの中・・・?どうやらトラックの中のようだ。

目も少しずつ慣れてきた、周りを観察してみると、私一人ではないようだ。

例の地下で見た連中が乗っている。後頭部は相変わらず、痺れていたが、少しづつ

記憶が戻ってきた・・・・。


私は推進員の奇襲を喰らったのだった。

捕獲され、やつらの輸送用と思われるトラックに乗せられているのであろう。

痛む後頭部をさすりながら、鈍った頭をフル回転させ、状況を理解しようとしていた。

そこに・・・「おい!あんた気が付いたのか?ずっと気絶していたんだぞ!」

私は、焼けついた喉を震わせながら、暗闇の中の問いかけに掠れた声で答えた・・。

「私はどの位気を失っていたか、わかりますか・・・・?」

「あんた、丸2日ほどずっと眠ったままだったよ」

何と言う事だ・・・・。丸2日??一体どんな攻撃を・・・?後頭部の痛みと共に

気絶のわけを思い出した。あの馬鹿でかいスタンガンだ・・・・・。

・・・・・・それと同時に、得体の知れない恐怖を感じた・・・。


あの「目」を思い出した。あの目だ。

怒号が飛び交う暗闇で、人々は我先にと逃げまどい、叫びながら許しを乞っていた・・・・。

狂ったような笑い声も聞こえていた。「お前らなんて人間以下だよ!さっさとクタバレ!

ひっひー・・・どこにも逃げられねーぞ!!」・・・・・

必死に許しを乞う人間に数人で飛びかかり、手足を押さえつけ、泣いて「やめろ!やめてくれ!」と叫ぶ人間の後頭部に笑いながら、「ショットガン」のようなサイズのスタンガンを

押しつけ、「バジューーーーン!!!!」と喰らわせた。

スタンガンが撃ち込まれ、あたりは一瞬明るくなった・・・。そして、私は地獄を見た。

獣のように血走った「目」があたりに溢れていた。断末魔のような悲鳴と、高笑いにも

似た悪魔の笑い声の光景。

寝込みを襲われた「対象者」達は次々に毒牙にかかっていった。人間らしさなんて微塵も

感じさせない、動物の世界。

必死に隠れた私もついに見つかり引きずりだされた。すべてを理解し抵抗をやめた私に

推進員は、目を血走らせた二ヤケ顔で口から泡らしきものを吹き、後頭部にスタンガンを撃ち込んだ。


・・・・・

すべて思いだした私の体はガタガタと地震のように震えだした。わざと震えるかのような

震え方。もちろんふざけてなんていない。震えが本当に止まらないのだ。

トラックの中では、異臭とともに泣き声が響いていた。子供の泣き声ではない。

かつては社会の歯車として賢明に自分を役割を全うしたであろう大人の泣き声だ。

全身の痛みが「現実」を物語っていた・・・。

もう終わったんだな・・・・。これで俺は植物人間か。


・・・・

第7回に続く。







【北神トール】 SFホラー小説に奮闘中!!


街では「植物人間法推進員」なるものが徘徊し始めた。私は身をひっそりと潜め、やつらの

行動を監視していた。


モスグリーンの作業着、同じくモスグリーンのヘルメット、腕には「植物人間法推進員」の

腕章をご丁寧につけている。3人一組で行動し、無線で他の推進員と連絡を取り合っている。

腰には「手錠」と「スタンガン」らしきものまであった。抵抗するものには、スタンガンをお見舞い

するのか?どこまで腐っているんだ。


聞いた話によると推進員どもは、どうやら「ボランティア」を募って一般市民にやらせている

組織らしい。おどろいた事に、推進員として植物人間法に賛同すると、一人救えると言うのだ。

75歳以上の親がいる人間のほとんどは、推進員に名乗りを上げるらしい。しかし、只賛同して

推進員になれば自分を身内を救えるわけではない。救うには、植物人間法の対象者を

捕獲しなければいけない。決められた期日までに対象者を捕獲できなければ、身内は

対象者として、連行される。捕獲できなければ、自分の親や親せき、または重病の家族が

対象者として連行され二度と会う事はできなくなってしまう。よって推進員は血眼になって

対象者を探し回る。容赦なんて存在しない。そして・・・1人捕獲できた推進は表彰される。

手当もでる。最初は戸惑っていた推進員も徐々に人を捕獲することに慣れ、初めは1人だけ捕獲しょうと心に決めていた人間も「植物人間法は社会の為の法律だ!私は今の世の中を

少しでもよくするべく戦う!」と大義を掲げ息巻いている。本音は美味しい手当が狙いのようだ。

1人捕獲した推進員は、風船が弾けたように、すっきりした顔で2人目3人目を捕獲するのに

躍起になるようだ・・・。


なんて恐ろしい事を考えるのだろうか・・・。もはや人間の所業とは到底思えない。

まるでナチスのユダヤ人迫害やインディアンの大虐殺だ・・・・。まてよ・・・それらも人間の

仕業だ。人間本来の姿と言う訳か?自分が助かるために人を蹴落とす、それが俺たち人間の

正しい姿なのか?だとしたら、一体何のために生きているんだ?


私は、自分の小屋を引き払い、地下に潜った。そこは地下鉄計画があった場所で、今は

工事がストップしているらしく、推進員にもまだ見つかっていない聖域だった。

同じように、推進員から逃げてきた「対象者」が数人、肩を抱き寄せていた。対象者どうしは

身を寄せ合い、涙を流しながら自分を身を案じていた。中には、連れ合いが推進員にスタンガンで襲撃され目の前で気絶し、捕獲されて行くのを見たものまでいた。その時の推進員は

まるで、ゴキブリを追い詰めたかのような形相で興奮し、口汚く罵って、取り囲み襲撃

したそうだ。目撃した人はその時のやつらの「目」が忘れられなく今も残像が残っているらしい。

連れ合いが取り囲まれている隙に、命からがら逃げ伸びた彼は今も小刻みに震えている。

小さな物音がするたびに皆は、びくっとなる。いつここが推進員に見つかっても不思議ではない。もはや、この日本に私たちが休まる場所はどこにもなかった。


・・・・・

第6回に続く。




【北神トール】 SFホラー小説に奮闘中!!


最近、あちらこちらで「植物人間法」に対する熱烈な抗議デモが盛んなようだ。


「人権無視の植物人間法を許すな!!」「高齢者を何だと思っている!!」

この街は怒号に包まれていた。


この光景を誰が想像したであろう。10年前の日本であれば、こんな馬鹿な話は、まず

まかり通らない。あの頃の国はまだ正常だった。わずか10年で・・・・、国は化ける。

魔物に。一体この国をここまで駄目にしたのは、誰なのか?私ではないだろう・・・。

勘弁してくれよ。私は被害者だ。この国に裏切られた被害者なんだよ。

・・・・そんな事を思いながら、いつもの小屋で身を潜めていた。

公園を占拠していたホームレス達の数は3分の1に減った。残っているのは仙人みたいな

じじい連中だ。仙人連中はもう他に行く場所もなければ、移動する概念すらない。


体が動く連中は「植物人間法」が具体的に動き出すのを恐れ、逃げ出した者がほとんどだった。しかし、私は動かなかった。

ホームレスが右往左往した所で、結果は変わらない。この糞植物人間法は日本全国

どこに行っても付きまとってくる。所詮今さらどう足掻いても、結局は見つかるのがオチ。

中には仕事にありついて「植物人間法」から逃れようと本気で考えてる大馬鹿者もいた。

ホームレスをやっていた人間を雇う者は、この腐った国には絶対いない。それだけは

断言できる。ホームレスが今から「かけこみ就活」した所でなんになる?

笑い者にもならないさ。滑稽を通り越している。

と・・・言っているが、正直な心情は、私には他に行く場所も動く気力もない。まだ、

「なんとかなるんじゃないか?」と淡い期待すら持ってしまっている。まぁ、どうしようもない

屑なのかな。


連日、行われているデモ行進だが・・・・この所、どうやら様子が変だ。

参加者の数が減っている。代わりに、高齢者や生活保護を受けていると思われる人々をたっぷり満載した警察の「護送トラック」の往来が目に付くようになってきた。


いよいよ、「植物人間法」が本格的に始動し、逃げる事のできない弱い者から、手に

かかっていっているようだ。


植物人間法が制定された当初、異を唱えていた連中も、すっかり大人しくなった。

植物人間法に反対すると目を付けられるせいもあると思うが・・・それだけではなさそうだ。

やつらは、邪魔なんだ。ホームレス、生活保護者、高齢者、その他、「弱者」が社会の

邪魔だと思っている。まともな国だった頃は「弱者」を守るのは立派なことだった。しかし、

残念ながら今はまともな社会ではない。自分の暮らしをギリギリ守るのがやっとだ。

弱者に手を差し伸べる風習はもう過去を話だ。今では、只の「お荷物」ってのが大多数の

思いさ。口には出さないが、ほとんどやつらがそう思っている。・・・でもそれって、今に始まった

ことではないのかも、きっかけがないだけで昔から、「弱者」は「邪魔者」って心の中では

疎ましかったのか??きっとそうなんだろうな。


どいつもこいつも自分さえよければいい。自分の家族が守れればそれでいい。

植物人間法なんて、自分に関係がなければ、どうでもいい。むしろそのほうが社会の

為になる。植物人間法で弱者が役に立つならそれもいいんじゃないか??


こんな狂った考えが、「常識」になり始めていた。


・・・・・

第5回に続く。






【北神トール】 SFホラー小説に奮闘中!!


「冗談だろ・・・?」


自分の小屋に戻って、思わず漏れた言葉である。

植物人間法・・・・・。悪い夢でも見ているのか、信じられない。そんなことあるはずない、

誰がそんな事言いだしたんだ。というか、そんなのあり得ない、絶対におかしい。


私は、とてもじゃないが信じられなかった。そんな馬鹿みたいなことが通る世の中に

一体いつなったというのだ? そんなに憎いのか?そんなにいらない人間か?

とても、まともな精神状態ではいられなかった。


その日は、早めに就寝についた。しかし、寝つけるわけもない。常に頭にあるのは

「植物人間法」その事だけである。こんなに真剣に考えるのはいつ振りだろうか。

頭から離れない。・・・・もしかしたら、実は違っていた。なんて事も当然あり得るだろう。

そうだ、きっとそうだ、こんな馬鹿な話が通ってしまうほどこの国は終わってしまったわけでは

なかろう。きっと、なかった事になるはず。まぁ・・・そのうちわかるさ。きっと、世の中を

動かしている人間にも、少しはまともな人間もいるはずだ。

そいつらがなんとかしてくれる。大丈夫、大丈夫・・・・。

・・・と、私が考えても何にもならないな、誰かがなんとかしてくれるだろうさ。

この国だってそこまで腐っていないだろう。はやく誰かなんとかしてくれよ・・・・。


それから、またいつもの「毎日」の繰り返しが続いた。

冷たい視線を浴びながらのゴミ箱漁り、空き缶拾い、そんなものが私の日課だ。

「植物人間法」の事なんか、半信半疑だったんで、もうすでに頭の片隅にしかなかった。

区役所の前であのビラを見る前までは・・・・・。


その日私は、いつ通り縄張り内のごみ箱を漁っていた。区役所の前のゴミ箱を漁って

いた時だった。


「植物人間法、制定のお知らせ」


私は、見た。


「植物人間法」制定により、区内にお住まいの皆さんにお知らせいたします。


1・区内に住みついている「住所不定無職」の方

2.区内にお住まいで現在「生活保護」を受けている方

3.区内にお住まいの75歳以上の方

4.区内にお住まいで、現在、回復見込みのない「重病患者」の方

5.区内にお住まいの自殺希望者の方

6.区内にお住まいで、過去に性犯罪、凶悪犯罪の前科がある方

7.その他「植物人間法」と照らし合わせて「適切」と判断された方


上記の方々は「植物人間法」の適用者となります。

詳しくは、区役所内の担当窓口までお問い合わせください。


●●区役所長



どうやら悪い夢ではなさそうだ・・・・。



第4回に続く。