初冬の夜の冷たさにコートの襟を合わせながら見上げると、いつのまにか霧雨が降っていて、人々の歩みが速くなっていた。
空は充分暗いのに、都心の街は明るさと賑わいを無くすこともなく、まだ何かを始めるのに遅くない時間だった。
傘を斜めに差し、携帯電話を耳にくっつけて、しゃべりながら歩いている女の子は、今からどこかで遊ぶのだろう。
全身ではしゃいでいる。わたしの携帯は、ここしばらくバッグの底で忘れられている。
傘がないので、一番近い地下鉄の入口を捜した。慣れた街角、慣れた舗道なのに雨の降り始めは様子が違う。
人の隙間を縫うようにして階段を下りていくと、むっと雨の匂い。一瞬季節を忘れそうになる。
そういえばこの季節、もう何年前になるだろう。
「紅葉狩り」という言葉に惹かれて行ったのに、山はすっかり冬景色だった。おまけに車がエンジントラブルを起こした。
必死で修理する男友達の額にはうっすらと汗がにじんでいたが、わたしはコートのポケットに両手を突っ込んで、イライラしながら寒さを堪えていた。
車が動いたのは、一時間も経ってからだった。不機嫌をぶつけ合いながら、ドライブウェイを背に引き返して、国道に出たころから雨になった。
赤信号で停まったとき、わたしは傘もないのに、
「ここで下りる」
と言って、私鉄の駅に走り込んだ。苦い思いだけが残っていた。
暖房の効いた地下鉄は、人の息と雨の匂いで快適さからは程遠い。古びたマンションのわたしの部屋も、こんな日は部屋中に湿気が漂っていて、カビ臭いに違いない。
今年、あの山はもう紅葉が終わっているのだろうか。冬景色のなかを一人でドライブするのも悪くはない。電車に揺られながら、わたしはバッグの底から携帯電話を取り出して、週末の行楽情報を探り出した。
1999年作