わたしの家の向かいには、道路を挟んでマンションがある。
賃貸マンションなので、年に何度か住人が入れ替わる。
今日も肌寒い中、入居してきた人がいた。春は引越しの季節でもある。
わたしの父は、国家公務員だった。それで、2、3年に1度は転勤があり、
そのたびに引越しをした。
わたしが小学校低学年のころの引越しの話。
荷物を全部まとめ、たんす類などは運送屋さんが古布団で包んで、
トラックに載せ、少し離れた場所まで移動する。
その後、わたしたち家族はよそ行きの服に着替えた。
当時は父の職場の人が見送りに来るのが 慣例だったので。
靴は、昨日から玄関の土間の隅にまとめて……。
アラ! あるはずの靴がない!
父と母は、もしかしたら下駄箱に入れたまま古布団で包んでしまったのではと、
トラックを追って、近くの駐車場まで走った。
まず、最初に古布団を解いたら、整理ダンス、次は本棚で、3つ目にようやく
下駄箱が現れた。当時は、あまり作りつけのものがなく、
ちょっとしたタンスくらいの大きさの下駄箱を、みな持っていた。
実は、家族の靴を下駄箱に入れたのは、わたしだった。
末っ子のわたしは、みなが忙しいときも役立たずで、それでいて、
遊び相手になってもらえるわけでもないし、することもなく……。
玄関の隅に並んでいる靴を見て、ホコリだらけになるわ、
しまっといてあげよう、わたしだって役に立つもん。そんな、得意な気持ちだった
あとあと、引越しをするたびに、その話が出た。
「あの時はホンマにあわてたねえ、運送屋さんが次ちがったら、
もう開けませんよって言うし」
父は、おそらく真相を知らないまま他界した。
母はもう、そのこと自体忘れているかも。
年のせいか、このごろ昔の出来事をチラチラと思い出すようになった。