尭蓮上人に会いたいな。
悲田院は弱者、下層民の救いの場である。中世の都市の下層民であれば、貴族には馬鹿にされ、従者の武士には手荒に扱われ、いじけて、縮こまった人間も多かったと思う。
上人は、難しいことは言わず、弱者の友となり、盾になり、励ましを与えていたのではないかと。
上人の関東人の気さくさが、また、「剛毅木訥仁に近し」が、彼らに安寧を与えていたと想像する。
先ず、強くなければ、弱き者は守れない。その上で、教養も慈悲も求められる。
「この聖、声うち歪み、荒々しくて」というのは、この人間が出来上がってきた証明である。
大河ドラマなるもので、浪人集団を率いる後藤又兵衛の声が、余りにみすぼらしくて、ガッカリしたことがある。というよりも腹が立った。
この頃の研究では、兼好法師は元は侍だったそうだ。
徒然草 第百四十一段 「悲田院の尭蓮上人は」
京都の神主の家系の人間が、関東を嗤うという解釈は、どうも面白くない。
関東を馬鹿にしてはいけない。