「オレンジ計画」ってご存知ですか?

アメリカは、太平洋制覇を狙って、 日露戦争の7年前、つまり太平洋戦争の44年も前に、軍事作戦として「オレンジ計画」を策定し、日本占領を狙っていたという事です。

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「オレンジ計画」に消極的になったアメリカ海軍を叱咤し、「対日戦争=太平洋戦争」を積極的に推進したのは、 第32代大統領フランクリン・ルーズベルトである。

太平洋戦争終結後、合衆国艦隊司令長官リチャードソンは、自伝『パール・ハーバーへの道』において、 「フランクリン・ルーズベルト大統領こそ、アメリカを太平洋戦争に誘い込んだ張本人である」 と厳しく告発している。

参考書籍
『オレンジ計画―アメリカの対日侵攻50年戦略』   エドワード ミラー著

 
目を背けないで読んでほしい! もう一つの8月9日!
http://79516147.at.webry.info/201708/article_102.html
2017/08/08 23:11 半歩前へⅡ

▼目を背けないで読んでほしい! もう一つの8月9日!

 8月9日は長崎に原爆が落とされた日である。この日、ソ連軍が日ソ不可侵条約を破って、満州(現在の中国東北部)に侵攻した。

 満州に移住した日本人開拓団を守ってくれるはずの関東軍(日本軍)は既に撤退した後だった。彼らは東南アジアや太平洋戦線に送り込まれていた。

 そこへソ連軍が無差別攻撃をかけてきた。逃げ惑う日本人入植者に情け容赦なく砲弾や銃弾を浴びせ、戦車でひき殺した。沖縄戦と同じ殺戮が満州各地で繰り広げられた。

 必死で逃げる日本人入植者たちの敵はソビエト軍だけではなかった。日本に土地を奪われた中国人が集団で怒涛のように押し寄せ、金品や食料などすべてを略奪した。ツルハシや斧(おの)で殺害された日本人もいた。

 大混乱に陥った日本人開拓団の集団自決が相次いだ。新京(現長春市)の近くにいた熊本県出身の来民開拓と広島県出身の高田開拓団は、ほぼ全員が自決した。

 互いの頭を銃で撃ち、のどを刃物で突いた。毒を飲み、母親はわが子の首を絞め、自分は首を吊り、爆薬を爆発させて自害した。沖縄戦の集団自決が満州でも再現された。
 
 戦争は弱い者に犠牲を強いる。戦争は絶対してはならない。こんな悲しいことは繰り返してはならない。 8月9日が明けた。

爺の実体験です。
終戦直後の昭和20年10月、朝鮮からの第一回引き上げ船「こうあん丸」の甲板上での出来事。

一歳くらいの乳飲み子を抱えた疲れた顔をした母親が、お腹が空いて泣き止まないその子にお乳を飲まそうとするけど、おっぱいが全然出ない。周りの人たちもどうしようもなかった。

そのうち、半狂乱状態になったその母親は、抱えていたその子を、
なんと! 甲板上から海に放り投げてしまった!

7歳だった私は、その時のショックが、今でもトラウマになっている。