献血ができなくなる満七十歳の誕生日を目前に、那覇市首里久場川町の玉城幸輝さん(69)が三日、那覇市のパレットくもじ献血ルームで通算二百六回目の献血をした。県赤十字血液センターの屋良勲所長から感謝状を手渡された玉城さん。「これまでたくさんの卒業式をやってきたけど、今日は特に感無量」と献血の「定年」を喜んだ。
団体職員だった玉城さんは、五十二歳の時、町内会が呼んだ献血車で初めて献血を経験。当時、職場の先輩が病気で輸血したこともあり、「自分のできることが身近にあったのに気付かなかった」と話す。
血液の全成分を献血する「全血献血」から始めたが、六十歳の定年をきっかけに「成分献血」に切り替えた。男性は年三回と決められている全血献血に比べ、成分献血は年に二十四回までできる。 「健康管理にもなるし、一石二鳥」と、二週間に一度は同ルームに通い続けた。
三年前には食事制限とウオーキングで十五キロのダイエットに成功。献血後は自宅のある首里まで歩くという。玉城さんは「献血前の検査で一度も戻されたことがない。今でも薬は全然飲んでない」と健康そのもの。八日で七十歳になるが「これからは別の形で献血に協力する。若い人にも気楽に足を運んでもらいたい」と呼び掛けていた。